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2章 傭兵騒動編

2-4 ノーブルとは――道標よ

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「えー……というわけで、セシリア・フラウ・マグノリアさんです。戦闘科一年の。ムジカに用があるみたいで、仲を取り持ってくれって頼まれたから今日はお連れしたわけですけども……」
「あー……ど、どーも……?」
「…………」

 困り果てたようなアーシャの説明に、気まずそうにムジカは声をかけたが。返答は声もなく、涙目気味の一睨みだった――……
 玄関前から、ところ変わってムジカたちの家のリビング。テーブルに着くムジカの対面には、アーシャの他にもう一人、まなじりを吊り上げている少女がいる。セシリアなる名前らしいが、ムジカは彼女のことをまったく知らなかった。仲を取り持つなどと言われても、どう反応すればいいのかも困るのだが。

 ただ端的に言って、リビングの空気は最悪だった。
 先ほどの騒ぎ以降、セシリアは怒気を放ったまま完全に沈黙。アーシャからは非難と同情を半々に含んだ微妙な目を向けられ、リムはお茶出しを理由に逃亡。ムジカが応対せざるを得ない状況なのだが、かといって何をどうしろというのか。
 そんなこんなでかくしてひたすら睨まれ続ける苦行の時間が到来したわけだが。
 流石に見かねたのだろう。アーシャがため息をつくと、眉根を寄せて愚痴を吐く。

「ムジカさあ……あたしの時も最初揉めたじゃん? 普通にしてれば普通なのに、初対面相手だと全力でケンカ売りに行くのはなんなの?」
「誰彼構わずケンカ売ってるみたいに言うんじゃねえよ。関わりたくねーなーって奴に態度で示してるだけだろが?」
「ちょぉっと聞き捨てならないこと言われた気もするけど……それならせめてもーちょいうまくやってよ。その結果が“こう”なんだから」

 と、アーシャがその“こう”を見やる。つまりはセシリアのほうをだが。

(これ、悪いの本当に俺か?)

 そう呻きたくなる程度には、ムジカ的に少女の見た目は“うわあ”なものだった。
 なにしろその髪型やら改造制服やら、これでもかというくらい自身がノーブルであることをアピールしている。なんでそんなことしてるのかは知らないが、極力そういうのに関わりたくないムジカとしては、存在そのものが“ない”と言わざるを得ない相手bだが。
 視線で察したらしい。あれから初めて(といっても不機嫌なままだが)セシリアが口を開いた。

「……なにか、文句が?」
「…………」

 ことここに及んで、文句がないなどということがあろうか?
 思わず反射で言い返しそうになったところで、ムジカは一旦口をつぐんだ。
 言うのは簡単だ。その服装はさすがにないだろ、と。だが問題はそれをどう伝えれば棘を感じさせずに済むかということだ。相手が太々しい態度をとっていたのならともかく、涙目というのはどうにもやりにくい。
 しばし迷ってムジカは観念すると、極力丁寧な言葉を選んだ。

「凄い、その……個性的な格好をしていらっしゃいますね?」
「……やっぱりアンタ、喧嘩売ってるでしょ」

 これはアーシャのぼやき。呆れた半眼が頬に突き刺さって妙に痛いが。
 だが、それでようやくセシリアが動きを見せた。
 大げさというほどでもないが、こちらの言葉に呆れたようにため息をつく。
 そうして彼女はこちらにその細い指を突き付けると、挑むように問いかけてきた。

「この格好の意味が、あなたには全くわからないの?」
「……意味あるのか? その格好に」
「ありますとも――そもあなた。ノーブルをいったい、なんだと思って?」
「なにって、そりゃあんた……」

 いきなり妙な方向に話が飛んで、思わずたじろぐ。
 アーシャも似たような反応をしていたが、ひとまずムジカは返答した。

「……単純に考えるなら、ノブリス使いのことだろ?」

 より正確には浮島の貴族という面もあるが。というより本来の意味はその二つだ。浮島とそこに住む人々を守ることを責務とした、ノブリス使い。
 ノブリス使いという点では傭兵も一緒だし、現に彼らのことも一緒くたにノーブルと呼ぶこともある。だが厳密に言えば傭兵は"ノーブル"ではない。この辺りは少々紛らわしいが、人によってはその点を間違えただけで怒る者もいる。
 セシリアは違った。ただし肯定もしなかった。
 彼女はまた呆れたように嘆息すると、バッサリと言い切った。

「いいえ、違うわ」
「……あ?」
「ノーブルとは――道標よ」
「…………みちしるべ?」

 あまり聞き慣れない単語だったので、きょとんと繰り返す。
 だがそれで調子を取り戻したのか、セシリアは立ち上がると大げさな身振りで口上を叫んだ。

「そう、我々ノーブルは、戦えぬ人々の暮らしを守る先駆けの道標! メタルや空賊のごとき脅威から人々を遠ざけ、導く――護りのランタン! それこそがノーブルの本懐! それこそがノブリス・オブリージュの魂!!」
「……いや、まあ。思うところは好きにすりゃいいと思うが……服装の話をしてたんだよな? 今の話、なんか関係あるのか?」
「あるわ。ノーブルは人々の道標――ならば私たちは人々から頼られやすいよう、わかりやすい姿で自らをノーブルだと主張するべきなのよ!!」
「…………」

 断言されて、思わず口を閉ざす。というより、黙り込んだのはそれを主張する彼女の圧が強かったからだが。
 ふと思い至って、こう訊いた。

「消火器はわかりやすい場所に設置しとこうとか、そういう話か?」
「……道標とは離れてしまうけれど、トラブルバスターという点では確かに消火器と似ていなくもないわね。でもそのとおり。いざという時に頼るべきものは、わかりやすいほうがいいでしょう?」
「ふむ」

 言われてしばし考えこむ。
 そうしてすぐに思索を終えると、ムジカはアーシャを手招きした。
 きょとんと近寄ってきた彼女に顔を近づけて、内緒話を囁く。

「困った。予想以上に考え自体はマトモだぞあいつ」
「考え方は立派なのよねー。格好の圧がスゴいけど」
「というか台無しだろ。せめてもうちょいマイルドに抑えねえと、逆に近寄りがたいだろあれ――」
「聞・こ・え・て・る・わ・よ?」

 と、セシリアが怒気を――とりわけこちらに味方したアーシャに向けて――吐く。反応からしてアーシャも彼女の“趣味”には付き合いきれないようだが。
 とはいえ口上を垂れ流して満足したらしい。涙も引っ込んだようで、そのままの勢いでセシリアが名乗ってきた。

「では改めて……戦闘科一年、浮島アールヴヘイム出身。セシリア・フラウ・マグノリアよ。以後よしなに」
「この流れでよしなにもクソも――……って」

 文句を言いかけて、だがふとムジカは口をつぐんだ。
 人の顔をじろじろ見るのは不作法だとわかってはいたが、彼女の顔を見ながら訊く。

「あんた、どっかで会ったことあるか?」
「……あなた、顔見知りを容赦なく門前払いするの?」
「ホントに知り合いならンなことしねえよ。そうじゃなくて……あっ」

 そこでようやく思い出した。顔見知りでもないし、話したことも確かにないが。見た記憶なら一度だけあった。ちょうど、一週間前のことだ。
 あの襲撃事件の日。<ダンゼル>で出撃する直前に――

「あんた、この前の襲撃で撤退してきた<ナイト>のやつか? 片足へし折れた状態で仲間抱えて戻ってきて、『アーシャが死んじゃう』って叫んでた――」
「へっ?」
「――――っ!?」

 間延びした声を上げたのは、当然と言うべきかアーシャだが。
 セシリアの反応は、なんと言うべきか機敏だった。
 一瞬で――本当にまばたきするほどの一瞬で――立ち上がると、飛びかかるようにムジカの前までやってきて、両肩をがっしりと掴む。
 いきなりの行動にムジカが思わず硬直していると、彼女はそのままアーシャから遠ざかるほうにムジカを押し続けた。
 そしてちらと、アーシャから聞こえない距離を確保したことを確認してから……片手でこちらの首を撫でるようにして、囁いてくる。

「……あなた、見てたの?」
「そりゃ、まあ……あの現場にいたし……」
「あの件、私の中ではなかったことになってるの……おわかりいただけるかしら……?」
「なあ、それは別にいいんだが……頸動脈を指で抓もうとするの、やめてくれねえかな。身の危険を感じるんだが……」
「なら……わかりますわよね?」

 状況が状況なら見惚れてもいいくらいの綺麗な笑顔で――ただし鬼気迫るものを感じさせながら、セシリアが迫る。
 と、遠くから間延びした横やりの声。

「ねーえー。あたしが死んじゃうって何のこと――」
「お黙り! あなたには関係ないわ!」
「あたしが死んじゃうかもなのに……?」

 明らかに不可解そうにアーシャが首を傾げるが、セシリアは“シャーっ!”と威嚇する。その隙にムジカはさっと彼女から離れた。
 微妙にまだ残る爪の感触を消すように首をかきながら、ふと呟く。

「ああ、つまりアレか。照れ隠しとかの類か」
「……あなた、デリカシーって言葉をご存じ?」

 ジト目で睨まれるが、肩をすくめてテーブルに戻る。セシリアはしてやられて悔しげだったが、こちらが先ほどの件に言及しなくなったのを見て、ひとまずは怒りを納めたらしい。
 全員が席に戻ったのを待って、聞き直す。

「それで? 話が逸れまくったが、結局俺に何の用だ? こっちに心当たりはねえぞ?」
「それはそうでしょうね。私たち、初対面ですもの」
「……あたしが死んじゃう件は?」
「関係ないから黙ってなさい」

 ぴしゃりと言われて、アーシャは『むぐう』と黙り込む。どちらにしたところでそれは終わった話なので、確かに関係はない。
 なんにしても、そこでセシリアは空気を正すように一つ、咳ばらいをすると。
 では率直に、と短く前置きして、得意満面な顔でこう言ってきた。

「――セイリオス周辺空域警護隊の隊員募集、あなたにもお声がけがあったのではなくて?」
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