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2章 傭兵騒動編

1-6 ご武運を。"私の小さな騎士様"

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 ――Beep! Beep! Beeeeeeeep!!

 耳をつんざくエマージェンシーコール。エアフロントに緊張が走る――緊急事態を知らせる警報に、反応したのは周辺空域警護隊だ。待機中、訓練中だったノーブルたちが即座に愛機へと飛び乗り、広い空へと出撃する。
 迫り来るのは、もうもうと煙を吐きながら飛ぶ大型フライトシップ――そしてその周りで戦闘を繰り広げる、十機ほどのノブリスだ。大型のフライトシップを守るようにして飛ぶ<ナイト>級と、空賊だろう襲撃を仕掛けた<ナイト>級がほぼ同数。
 更に遠方に、小型のフライトシップが三つ。それが空賊の総戦力だろう。見ようによっては獰猛な肉食魚が、大型シップにまとわりついているようにも見えるが。
 その彼らめがけ、警護隊が飛び込んでいくのをムジカは他人事のように見ていたが――

「……あん?」

 ふと周囲に指示を飛ばす、指揮官らしき<ナイト>級ノブリスを見つけて、ムジカは思わずきょとんとした。
 顔はヘルム型バイザーに隠されていて、当然見えないのだが。なんとなく動きの癖というか、雰囲気に引っかかるものを感じる――……

「あれ、もしかしてラウルか?」
「……ああ、ですねえ。よくおわかりで。最近は余裕がある時に、警護隊の叩き直しをお願いしております」

 合いの手を打つのはこちらと似たような様子で周囲を見ていたレティシアだ。空賊の襲撃を前に、欠片も動じていないようだが。
 ラウルはムジカの上司でリムの父親だ。たった三人しかいないラウル傭兵団の団長でもあり、今はレティシアに雇われて戦闘科の講師を担当している。
 最近も忙しそうにしているのは知っていたが、何をしているのかまでは把握していなかった。こんなとこで仕事してたのか――と思うのと同時に、安堵もする。
 ラウルが戦場に出るのなら、任せておけばいい。彼ほど頼れるノーブルもいない……のだが。
 
「……にしても、あいつが警護隊の教官ねえ?」

 ふと引っかかって、指示を出す彼と空に飛び始める警護隊を見ながらムジカは訊いた。

「実際のところ、どうなんだ? 俺たちは外様の新参もいいところだろ? ラウルのやつ、空域警護隊の連中に受け入れられてんのか?」
「そうですねえ……半々といったところですかね?」
「半々?」
「ほら、やっぱりラウルおじさまは傭兵ですから」

 困ったように――というよりは半ば呆れたように、眉根を寄せてからレティシアが先を続ける。

「実力があることは認められています。ただ、だから“ノーブル”として受け入れるかはまた別の問題ですから……といっても人柄が悪いわけではありませんから、なので人次第と言ったところです。まあ、歯向かわれても学生相手なら余裕で捻じ伏せられる実力はお持ちなので、表立ってどうこう言う人がいるわけでもないですけど」
「……つまり、随分と乱暴にやったのな」

 実力があることは知られていて、だがそれでも反感を抱く者はいて、なのに歯向かう者はいない……となると、何をしたのかは想像に難くない。
 大方、訓練試合か何かで完膚なきまでに叩きのめしたのだろう。ひどいことになったはずだ。ラウルは傍目には気のいいただのオッサンだが、あれで凄腕のノブリス乗りではある。
 と。

『…………』
「……ラウルのやつ、なんかこっち見てないか?」
「見てますねえ」

 何か嫌な予感がする――などと、思う間もなく。
 腕時計型携帯端末にコール。呼び出し主は……見るまでもなく、やはりラウルだ。
 一度だけレティシアと目を合わせた後、ムジカは渋々コールを受理した。
 通話システムが機動し、即座に通話相手のだみ声が響く。当然だが、ラウルの声だ。焦りの中にはしゃぐような響きを乗せて、前置きもなく言ってくる。

『ムジカ! ちょうどいいとこにいやがった! <ナイト>一機貸してやる! お前も出ろ!!』
「……俺、今生徒会長の護衛してんだけど?」
『余計にちょうどいい! エアフロントの守り役が欲しかったんだよ! 俺は前出るから、後ろよろしく! <ナイト>のトレーラーがそっち行くから! じゃあ任せたぞ!!』
「あ、おい!!」

 受けるとまだ言ってもいないのに通話が切断される。
 そしてそのままの勢いで、ラウルの<ナイト>は空に飛び立った。先を行く警護隊に檄を飛ばしながら追いつく――
 それを見やって一度ため息をついてから。
 ムジカは隣のレティシアに訊いた。

「だってさ。いいのかよ?」
「ええ、もちろん。守ってくださいましね?」
「……へいへい」

 うんざりとため息をつく。
 とはいえ、状況的にどうしようもないのも確かだ。警護隊のノブリスはそこそこの数がいるが、学生というだけあって練度に不安あり。ラウルが前線に出張ってフォローしなければならないが、万一抜かれたら大惨事だ。
 エアフロントには警護隊の詰め所の他、セイリオス所有のフライトシップの停留所やドックがある。ついでに付け加えるなら、この浮島の管理者、レティシア・セイリオスその人も。エアフロント自体や詰め所についてはどうでもいいが、それ以外への被害は正直看過できない――

 と、遠くからトレーラーの機関駆動音。視線を空からそちらにやれば、ラウルの遣いだろう、ノブリス運搬用の小型トレーラーが向かってくる。
 トレーラーはムジカとレティシアの前で停車すると、荷台のハッチを解放した。
 同時に運転席の男が不愉快そうに荷台を指さす。覘くのは、整備された戦闘用量産型ノブリス。一般的な<ナイト>の標準機だが。

「なんで、俺の整備したノブリスが傭兵なんかに使われなきゃいけないんだ」

 独り言のつもりだったのだろうが、男の呟きを耳が拾った。
 気にせず荷台に飛び乗りハンガーに懸架された<ナイト>を確認していると、その背中から聞こえてくる声。

「嫌われてしまってますねえ……この島を救ってくださった、英雄さんですのに」
「英雄なんてガラかよ。第一、傭兵なんざそういう仕事だ。慣れてる」

 特に感情も交えずに告げると、ムジカは<ナイト>の開かれたバイタルガードの中にその身を滑らせた。
 バイザーを引きずり降ろして被り、起動シークエンスを実行する。

 ――サリア内燃魔導機関、イグニション。M・G・B・S(マクスウェル・グラビティ・ブレイク・システム)始動。各種システム並びに駆動系チェック実行。バイタルガード、感応装甲ウェイクアップ。ライフサポートシステム、レディ――
 と。

「――もう、体の調子は良いのですか?」
「……?」

 ふと聞こえた声に、起動シークエンスから目を離した。
 カメラ・アイは既に起動している。バイザーに投影された外界の情報の中から見つけたのは、トレーラーの荷台の下からこちらを見上げるレティシアの姿だ。
 顔には変わらず微笑みがあるが。案じる色があるのも不思議とわかる、そんな笑顔だ。
 ムジカは思わず苦笑しながら、動かない機体の中で肩をすくめた。

「流石にな。高度魔術医療も受けたし。ノブリス乗り回して問題ないのは確認済みだよ」
「それはよかったです……といって、だからすぐ仕事をさせてしまうのも、大変心苦しいのですけれど」
「それを言うと、なら最初から呼ぶなって話になるぞ?」

 一応ムジカは彼女の護衛ということで呼び出されてるのだから、
 案の定、レティシアは一瞬否定のために語気を強めた――が、すぐに鎮火した。

「それは! ……ええ、まあ。それを言われると、弱いのですけれど。でも、こんな大ごとになるとは思ってなかったんですよ? どうせ大した被害はないと思ってますし、これにかこつけてお話ししたかっただけですし……そこは信じてくださいます?」
「それはそれでどうなんだって気もするが。まあ傭兵が空賊に襲われながら入港してくるなんて、想像できるやつがいるとは思えんし。前半部分は信じてもいいか」
「……むう。ムジカさんの評価、からいですね……」

 無駄話はそこで終わりだ。起動シークエンスが終わり、前進が自由を取り戻す。
 機体と同じく懸架されていたガン・ロッドを手に取ると、ムジカはトレーラーの荷台から飛び出して敵の待つ空を見やった。

「……数だけ見れば、戦力過多もいいとこだな。相手が<ナイト>級しかいないなら、大番狂わせもない……普通なら、そろそろ見切りをつけて撤退しそうなもんだが」
「何か、あるのかもしれませんね?」
「それを確かめるのはさすがに別料金だぜ。やるのはあくまでエアフロントの防衛だけだ――行ってくる。あんたは詰め所に避難しとけ」
「ええ、承知しました――ご武運を。“私の小さな騎士様マイ・リトル・ナイト”」

 返事はせずに空へ飛び立つ。
 敵はまだ遠く、防衛ポジションにつくまでの猶予はある。だから機体の調子を確かめるように、低速で飛んだが――

(……“マイ・リトル・ナイト”?)

 何か記憶に引っかかったような気もしたが、ムジカはすぐにそれを忘れた。
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