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2章 傭兵騒動編

1-1 ……なんだかアニキ、今ちょっと不機嫌みたいです

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 晴れ渡った、セイリオスの空を――

『くっ、この……っ! よ、よし、このまま――きゃああああっ!?』

 そんな悲鳴を上げながら、鋼鉄の巨躯が縦横無尽に飛んでいく。
 それは末端肥大の、全身甲冑のような巨躯だ。羽ばたくための翼もなく、飛べるはずもない2.5メートルほどの鉄の塊。それが敵を撃ち落とすための魔砲、ガン・ロッドを片手に、重力を無視して空戦機動を取り続けている。

 魔導式強化外骨格エクゾスケルトン――ノブリス・フレーム。
 それがその鉄の塊の名前だ。それは身にまとう者、つまり“ノーブル”の魔力――人によっては“蒼き血”と呼ぶ――を動力源とする、対メタル用空戦機動兵器の総称である。
 古代魔術師が妄執の果てに生み出した究極の魔道具にして、人類の天敵たるメタルに立ち向かうに生み出された。この空にしか居場所のない人類を守る、“貴族”のための鎧だ。

 その量産モデル、俗に<ナイト>級と呼ばれるノブリスが空を飛び回る――いや。
 飛んでいるのではない。逃げ惑っているのだ。
“敵”の容赦ない攻撃にさらされて、右往左往している。遮二無二飛ぶ<ナイト>の頭部、ヘルム型バイザーの内部マイクが搭乗者の声を拾ったのだろう。聞こえてきたのは、こんな悲鳴だった。

『――タンマ! ストップ、ちょっと待って!? 一息! せめて一息入れさせてー!?』

 息も絶え絶え、というほどではないが。声には切迫した気配がある。必死に懇願しているようだが――
 答えるのは、その悲鳴を上げた少女――アーシャ・エステバンの<ナイト>を見下ろすように滞空する、もう一機の<ナイト>だ。

『ああ? タンマだあ?』

 あんまりにも露骨な呆れ声と同時に、その<ナイト>が動きを止める。
 アーシャ機とまったく同一仕様の機体で、突きつけているガン・ロッドも同じ形状。両機に差などなく、性能だけ見れば完全に同じはずなのだが……
 そのもう一機を操る少年――ムジカが、噛みつくように言う。

『なになまっちょろいこと言ってんだ。それじゃ訓練にならねえし、メタルが待ってくれるはずねえだろ。苦しい時に苦しい時の飛び方学ばないで、いつ学ぶんだよ』
『そ、それはそうだけどー……だ、段階! そう、段階ってものが――』
『ねえよ。いつだって訓練は実戦形式に決まってんだろが……よし、一息入れたな。んじゃ行くぞー』
『え? あ、ちょっ――ああーもおおぉぉぉぉぉぉっ!?』

 そして容赦なく、ムジカ機がガン・ロッドを乱射した。
 アーシャが悲鳴を上げつつ回避機動を再開する。一応隙があればアーシャもムジカに撃ち返していいのだが、そんな余裕はなさそうだ。遮二無二、がむしゃら、破れかぶれ。まあ何でもいいが、必死になって逃げまわっている。

(なんだかなあ……)

 そしてそんな様子を、リム・リマーセナルはノート型マギコンと一緒に観戦しているのだった。
 セイリオス外縁部にある、第七演習場。名前こそ立派だが、実態は何もない空っぽのグラウンドだ。そこでリムは組み立て椅子に腰かけて、空を見上げている。視線の先で行われているのは、(名目上は)模擬試合だった。
 いわゆる自主練の類だ。アーシャが頼み込み、ムジカがリハビリ気分で承諾し、アルマ班名義で演習場を借りた。そしてその試合を開始しての、今だ。
 ただし試合っぽかったのは最初の開幕直後までで、そこからはずっとあんな調子だ。ムジカが容赦なく(リミッター付きの)ガン・ロッドを撃ちまくり、アーシャの未熟な機動を咎め続けている。

 そして、リムの仕事といえば、その試合の監督だ。といって何かを口に出したりはしない。データの収集はノブリスのシステムが自動で行い、ノート型マギコンに勝手に送ってくれるので、リムはぼんやりとその光景を眺めているだけだ。
 そんなこんなで、そろそろ訓練を始めて三十分。何度か休憩を挟んだとはいえ、本来ならそこそこデータが取れていてもおかしくない頃なのだが……

「……ダメですね、これは」

 どうしようもない気分でバッサリと、リムはため息交じりに呟いた。
 視線の先はマギコンだ。<ナイト>二機から取得した、解析データを見ての反応である。
 もちろん、呟いたのは独り言のためではない。リムの傍で同じようにマギコンを覗き込んでいた、もう一人――アーシャのお目付け役兼彼女のノブリス整備担当の少年、サジがその言葉に苦笑していた。

「アハハ……やっぱり、いいデータは集まってない?」
「ですね。アーシャさんのデータはたくさん取れてますけど。アニキ、ほとんど動いてないですし」
『にゃあああああっ!?』

 と、またやかましい悲鳴。ちらと視線だけそちらに向ければ、またアーシャが魔弾にぶつかっている。どうもムジカは、アーシャが甘えた軌道を取るたびに直撃するよう魔弾の乱射を調整しているらしい。威力も抑えて、その分弾数を増やしている。
 変に器用なことやってるなあ、と微妙な顔をしていると、苦笑と呼ぶには苦みが強い顔をしたサジがため息をついた。

「実力に差がありすぎるなあ……名目は一応“試合”だったはずなんだけど。これじゃ、本当にただのアーシャの訓練だね」
「ノーブル一年生って見方をするなら、悪くはないんですけどね、アーシャさんも」

 一応のフォローはしておいたが、内心ではリムも同意した。実際、実力に差がありすぎる。これではデータ取りの意味がない。
 今回、ムジカがアーシャの依頼を引き受けたのは、何もアーシャへの善意が理由ではなかった。ノーブル――ノブリス乗りとしての、ムジカの操縦特性をデータ化したかったからだ。これはアルマ――つまりはムジカとリムの先輩からのお願いである。
 傭兵時代はパーソナルデータなど使い道がなかったために、ほとんど集めていなかった。だがノブリスを個人に合わせて設計・カスタムするのなら、操縦特性は明確にしておいたほうが良い。だからムジカのスペックシートを改めて作ろうと言う話になったのだが……

「これじゃあデータも集まらないし……仕方ないですか」

 ため息を一つつくと、リムは被っていたヘッドセットを叩いて、ムジカに通信を繋げた。

「アニキー。聞こえてるっすかー?」

 気安い手下口調で訊く。こんな話し方をするのは彼にだけだが。
 と、空でアーシャを滅多打ちにしていたムジカが、気づいて動きを止めた。

『リム? 聞こえてるけど、何かトラブルか? 今いいとこだったんだが』
「こっちは全然いいところじゃないっすよ。アニキはアーシャさんで遊んで楽しいかもっすけど、データ全然取れてないっす」
『ねえちょっとリムちゃん。“あたしで遊ぶ”って言い方、ちょっといかがわしい匂いが――』

 うるさいので割り込んできた通信音声はカット。遠くでアーシャの悲鳴(『無視されたー!?』)が聞こえた気もしたが、無視した。

「とにかく、このままじゃいつまで経っても終わらないっす。仕方ないんで、アニキの<ナイト>、リミッター起動するっすよ?」
『ハンデ戦かよ。今日はそういう気分じゃねえんだけどな……』
「んなこと言ってる場合っすか? 今日中にデータ取れないと、後でアルマ先輩に何言われるかわからないっすよ?」
『……しゃーねーな。機動関係は加速度はそのままで速度上限制限、ガン・ロッドは弾速とリロード時間半減でどうだ?』
「一旦はそれでやってみるっす。アーシャさん、今は攻撃禁止でお願いします」

 誤射されたらたまったものではないので、一声かけてからムジカ機のパラメータを遠隔で補正する。調整パラメータを受け取るとムジカは自身の<ナイト>を確かめるように飛び回る。
 が、傍から見ても動きはすこぶる遅い。ここからでは遠いし見えるはずもないのだが、リムには何となくムジカの表情が予想できる気がした。たぶん、とんでもないしかめ面だ。あまりにもあんまりな鈍さに悶絶でもしているかもしれない。
 が、少なくともムジカはそれを表には出さなかった。

『まあこんなもんか……アーシャ、再開するぞー』
『……!!』

 アーシャが何か言い返したらしいが、何も聞こえなかった。そういえば通信音声をカットしてたんだったか、と後で思い出した。
 まあいいか、と嘆息した頃に戦闘が再開する。
 鈍いくせに妙に機敏と言うか、小刻みにブースターを吹かして機動するムジカ機と、性能こそ普通だがどこかおおざっぱで危なげなアーシャ機。戦いはそこそこいい勝負になりそうだった。ムジカの動きからも先ほどまでの余裕はなくなった。
 が、戦いを見つめながらサジが呟く。

「性能半減させても、全然当たってないね、ムジカ」
「もう少しハンデつけてもよかったかもしれませんね。ただ、どうも……うーん……」
「? 何かトラブル?」

 こちらの微妙な反応に、きょとんとサジがまばたきする。
 リムもサジと同じように、ムジカとアーシャ、二人の戦いっぷりを観察していたのだが。本当に微妙な違いなのだが、長年一緒だったのだからこそわかることもある。

「……なんだかアニキ、今ちょっと不機嫌みたいです」

 なにがどうというわけでもないのだが、動きが少々乱暴というか、オーバーというか。機動の取り方、ガン・ロッドの撃ち方、攻撃の避け方、どれをとっても常より八つ当たりのような、微妙な動きのロスがある。
 別にこの訓練試合に思うところがあるわけでも、アーシャに対して怒ってるわけでもないはずだとは思うのだが。
 サジは気づいていなかったらしい。これまたきょとんと呟いた。

「不機嫌? 特にいつもと変わってないように見えたけど……」
「アニキ、ああ見えて素直に感情を表に出すタイプじゃないですから。人とか物に当たるタイプでもないので、フラストレーション貯めこんでてもわかりにくいんですよね……」

 そのせいで、とでも言えばいいのか。限界が来るとかなり鬱屈とした爆発の仕方をするのだが。
 暗澹と、リムはため息をついた。心当たりがないわけではない。

「……やっぱり、朝のアレのせいかなあ……?」

 時間は数時間前――つまりはアルマ班の研究室にいた頃にまで遡る――……
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