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2章 傭兵騒動編

プロローグ

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 浮島、学園都市セイリオス。その中枢機能たる学園の、戦闘科棟会議室にて――

「――個人撃墜スコア38。うち一体は大型メタル……か」

 集められた生徒の、誰がそれを呟いたのか。その声には畏怖があった。あるいは、純粋な力への恐怖か、はたまた羨望か。呟いた本人にさえわからなかったに違いない。その声は静まり返った空間に響いて、誰からの否定もなく消えていった……
 彼もまた、何も言わずにその言葉だけを噛みしめた。
 個人撃墜スコア38。それは数日前の大規模メタル襲撃の中で、たった一人が成し遂げたメタル撃破の数字である。異様な数字と言わざるを得ない――ほぼ単騎で、それだけの数のメタルを墜とすなど。

 生徒たちが囲う円卓の中央で、投影されたホロスクリーンが明滅する。映し出されているのは漆黒色の、異形のノブリス――<ダンゼル>級と呼称される技術試験用ノブリスと、メタル群の戦闘だ。
 空を埋めるほど、というと大げさだが。それでもおびただしい数のメタルを相手に、<ダンゼル>はほとんど単騎で撃墜していく。敵からの攻撃をすり抜けるようにかわし続け、すれ違いざまに真っ二つ。そんな光景が延々と続く。
 その、何が恐ろしいか。同じ“ノーブル”だからこそ、彼はそれを、握り締めた拳を震わせながら認めた。



 そう、あり得ない――よもや絶滅危惧種たる“格闘機”で、これだけの戦果を挙げるなど。一度でも被弾すれば大破しかねないような機体で、それでも敵と肉薄し、一度の被弾もなく全ての敵を墜としきるほどの腕前など――

「――“彼”については、この際どうでもいいことでしょう」

 不意の一言が、その映像を終わらせた。集められた全員が、ハッとその声のほうを見やる。
 戦闘科の重鎮たち――空域警護隊所属の者や高学年生、ハイランクのノーブルたち。彼らが見つめた先にいるのは、一人の女だ。円卓の上座に座る、この浮島で最も偉い女。
 この中で誰よりも強大なノーブル――レティシア・セイリオスが、無感動な声で先を続ける。

「問題とされるべきは“彼”ではありません。彼ら傭兵に頼らざるを得なかった、我々の力不足。それこそが、我々の解決すべき懸案事項でしょう」

 告げられた言葉を、生徒たちはどう受け止めたか。もっともだと頷く者もいれば、歯噛みする者もいる。不愉快そうに鼻を鳴らした者も。
 反論の声を上げたのは、その中の誰かだ。一人を皮切りに、次々と声が上がる。

「力不足の問題かな? 今回のような、大規模なメタル襲撃なんてほとんど例がない。戦闘科の戦訓にもなかったはずだ。であれば、問題なのは力量よりも理解不足のほうでは?」
「集団戦の経験不足も議題に上げたい。我々のカリキュラムでは、多対一、多対小数戦闘に重きが置かれすぎている。一対多戦闘までいくと大げさだが、多対多戦闘の研究は――」
「そもそもこの“学園都市”が、メタル群の襲撃に遭うこと自体がおかしいはずでは? 先を行く他の浮島が、アレを見逃したのはどういうことだ。我々は学生に過ぎない。本来なら我々が対処すべき案件ではなかった――」

 と、別のノーブルが声を上げた。

「喫緊の問題は、それよりも立て直しのほうでは? 今回の戦闘で、多くのノブリスが破壊されました。ノーブル側の被害もゼロではない――空域警護隊だけでも先に充足させなければ、また今回のような被害が――」
「――そもそもその空域警護隊が役立たずだったから、今回の騒動になったんだがね」

 不意の刺すような一言に、空気が凍りついた。
 明確な攻撃だ。直截な嫌味に、さっと誰かが立ち上がる。横目で見やって、それが空域警護隊の隊長だと悟ったが。
 その彼よりも、相手の声のほうが速かった。

「だってそうだろう? 迎撃態勢がおざなりになったのだって、元はといえばあの超大型の発見が遅れたからだ。キミらがもう少し早くアレを見つけていたのなら、わざわざセイリオス上空なんて瀬戸際で戦う必要もなかったんだよ」
「我々のせいだと言うのか!? 我々は果たすべき職務は全うした! それを悪し様に言われるのはやめていただきたい!」
「その結果がこれじゃあね。セイリオスを危険にさらしておいて、開き直られたんじゃあ笑うしかないじゃないか」
「なんだと、貴様っ。言わせておけば――」
「――おやめなさい!!」

 と、そこでレティシアが仲裁を叫んだ。
 声は鋭く、まなじりも険しい。見苦しい争いに発展する前に、不承不承二人は引き下がった。とはいえ、空域警護隊側はまだ怒り心頭だ。即座に発火しかねないほどに鼻息が荒い。
 空気は最悪だ。その中に、苛立ち混じりのため息を吐き出して、レティシアが呟く。

「どちらにしたところで、戦力の立て直しは必要です。ただし、それは錬金科の領分でもあります。我々はノブリスを扱えますが、直すための知識はありませんから。その件はまた別日に調整します」

 それよりも、とレティシアは本題へと話を戻した。

「我々が今議論すべきは、戦力の拡充を図るにあたって、何ができるかだと考えています。戦訓の見直し、対多戦闘を見据えた講義カリキュラムの変更、まことに結構。我々に何ができるか、あるいは何をしなければならないのか。それを考えるために皆さんに集まってもらったのです」
「…………」
「忘れないでください。今回、我々は一般市民を危険にさらした――それは“ノーブル”として恥ずべきことなのです。もう二度と、そのようなことを許してはならない」

 そこで小さく、レティシアは嘆息した。

「今から時間を十分取ります。まずは近くの者たちで、自由に話し合ってください。どんな案でも構いません。まずは、アイデアを出していきましょう」

 そうしてにわかに、会議室は騒がしくなる。
 喧騒の中で、彼はかわされる会話に聞き耳を立てていた。実現不可能なアイデア、荒唐無稽な案、何の効果も見込めない愚策。なんだって出てくる。
 中でも唾棄すべきはこれだった――他の浮島のノーブルとの協力体制の構築、戦闘科以外の生徒の転科ないし兼科、傭兵を雇う――戦力を他から確保してくるという案。
 それを彼は、内心で冷淡に唾棄する。

(わかっているのか? 我々は、“ノーブル”なんだぞ?)

 浮島を守る立場なのだ。自身は学生であり、いつかはこの島を去るとしても――今は、“セイリオス”のノーブルなのだという自負がある。自分こそが、この島を守る戦士なのだという自負だ。
 それこそがノーブルの務めなのだ。
 そのノーブルが、誰かの手を借りる? 守るべき平民たちの、あるいは傭兵の手を?

(到底、認められるものではない――)

 ちらと、彼は虚空を見上げた。
 そこには何もない――だが、先ほどまではそこにあった。ホロスクリーンに投影された、忌むべき“傭兵”の姿が。
 戦闘能力は高く見積もらざるを得ない。あるいは、この学園のトップナイン――ランカーノーブルにすら届きうる。それはこのセイリオスの戦力として見れば、心強いことに変わりはないが。
 
(だが、ノーブルではない)

 使命を捨てて旅立った。それは“裏切り者”の証だ。与えられた責務から逃げ出した、背教者であることの証だ。
 口の中に広がる苦みは、自然と囁きへと化けた。

「危険だな、アレは……」

 ――どうやれば、排除できる?

 議論の声にかき消されて、その声は誰にも届かなかった。
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