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1章 強制入学編

6章幕間

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「メタルの巣、ですって……!?」

 愕然とした声を上げたのは、誰だったのか――
 レティシアは見ていなかったが、気持ちはここに集められたすべての者が同じだったに違いない。
 メタルの巣を確認し、セイリオスに帰還を果たして既に数時間。第一校舎の生徒階会議室には、この学園の代表とも言える各科の長たちが集められていた。レティシアが撮影してきたメタルの巣――超大型メタルとその子機たる小型メタルの群れが映る映像を前に、顔を青ざめさせている。
 この学園を運営する、学生たちのトップ……と言えば聞こえはいい。だがひっそりとレティシアはため息をつく。代表とはいえ年長者ですら二十歳をわずかに超えたばかりでしかない――し、自分に至ってはまだ十八歳。いかにも経験不足な若造たちの集まりでしかない。
 事態の重さは理解できる。数百、あるいは数千のメタルとの戦いになるのだから。だがそれを目前に控えた会議は、もはや議論ではなく狼狽え声の集合でしかなかった。

「なぜこれだけ大きいものを見逃した? 空域警護隊は何をやっていた?」
「我々は真っ当に任務をこなしてきた! 北東にあんなものはこれまでいなかった、ログだってある! 我々を誹るのはやめていただきたい――」
「ですが、現に――」
「責任問題なら後でやってくれ。それより、問題なのはこの後だろう!?」
「先行する浮島は何をやっていた? 救援は望めるのか?」
「そんなことより先に、現状把握だ。あのメタルたちはいつセイリオスに来る? それまでに迎撃態勢を――」
「先に非戦闘員の非難が先だ! ノーブルたちの支援体制も整えなえれば――」
「そもそもなぜセイリオスが狙われている? 元はと言えば、あの傭兵共が見つかったのが原因ではないか! 逃げ帰ってくるくらいなら――」

「――?」

 最後の一つに、ぴしゃりとレティシアが怒りを差し込んだ。
 発言者は、空域警護隊の副長だ。黙り込んでいたレティシアにいきなり睨まれて、頬を引きつらせている。
 わかっている。彼にそんな意図はなかっただろうことは。だが、どうにも面白くなかった。ついでに言えば余裕もない。普段ならどんな時でも微笑みを絶やさぬよう心掛けているが、今はそんな気分にすらなれない。
 半ば八つ当たりのように、だが本気の怒りを込めてレティシアは冷たく告げた。

「私は言った。北東側のメタルの襲撃頻度が高すぎる、何かおかしいと。お前は言った。何もない、現場を知らない私の意見は間違っていると。私はお前を信じなかった。彼らに依頼して調べさせたら、たった一度でメタルの巣を発見してみせた……この場合、マヌケは誰だ?」

 視線に人を殺すほどの力などない。当たり前だ。だが己の瞳に殺意を乗せて、レティシアは副長を睨んだ。
 突きつけられた怒りの密度に、副長は身震いして狼狽えた――

「なっ……わ、私は、じ、事実に基づいて――」
「――一つ、言わせていただけるのであれば」

 と、不意に挟まれた言葉に注意が逸れた。その瞬間に、警護隊副長は緊張の糸を切れたように椅子にもたれかかるが。
 空気を読まずに口を挟んできた錬金科長は、この場ではのんきと思えるほど冷静に指摘してきた。

「この超大型……言いにくいな。マザーメタルとでも呼びましょうか? マザーメタルが背後に背負うようにしている、この雲。これ、おそらくジャミングクラウドでしょう。浮島が地上のメタルから逃れたり、フライトシップやバスの類が積んでる逃走用の煙幕ですが……おそらくメタルはこれを学習した後、メタルではなくノブリスの目を欺くように改変したのでしょう」

 メタルの認識を狂わせる、妨害用の煙幕だ。ガン・ロッドの魔弾――マギブラストと同様、古くから対メタル用として知られる魔術の一つだ。どのような機序で、どのようにしてメタルの認知を狂わせているのかはわからないが、効果と実績だけは今も知られている。
 それが、対人類に使われている?
 同じことを考えたのかもしれない。ちらと戦闘科副長のほうを一瞥してから、彼は先を続けた。

「警護隊副長の言っていることが正しいとするなら、ですが。北東を調査してこのマザーメタルが見つからなかったなら、これは今までずっと隠れていたのではないですか?」
「我々は、嘘など言っていない……」

 弱々しく、副長が抗弁の声を上げる。
 今度は、レティシアが息をつく番だった。敵が上手で、誰も悪いものがいないのならば、怒りなどそうは続けられない。
 少なくとも表面上は平静を取り戻すのを待っていたかのように、改まって錬金科長は言ってきた。

「さて。では、状況を整理しましょうか。何故、警護隊はマザーメタルを見逃したのでしょうか?」
「……? 先ほど自分で言っただろう。隠れていたと」

 答えたのは、空域警護隊の長だ。部下の失態のフォローというわけでもないだろうが、厳しい顔で言ってくる。
 錬金科長は、その答えに鷹揚に頷いてみせた。

「ええ、その通りです。が、では、傭兵がマザーメタルを見つけられたのは何故でしょう? 隠れていたのをやめたというのなら……?」
「……何のために?」

 警護隊長が繰り返して――すぐに、顔色を青ざめさせる。
 錬金科長は伝わったことに気づいただろう。鷹揚に頷いて、微笑んでみせたが……その顔色は警護隊長と同じか、あるいはそれよりも悪かった。
 そうして恐怖は伝播する。
 言葉にしたのは、レティシアだった。

「――準備を終えた、ということでしょう」

 何の準備かなど、言わなくともわかる。
 地上からやってきたメタルが、誰にも見つからずに空で学習を続けた。隠れること、増えることまで学んだメタルが、その隠形を解いたというのなら――殺す準備が整ったということだ。
 人類を。この近くにいる人間を――セイリオスの人々を。
 変わらず言葉だけは静かに、錬金科長が呟く。

「そういう意味では、傭兵があのメタルを引き連れて逃げてきたというのも間違いでしょうね。彼らがアレの情報を持ち帰ってきてくれたおかげで、我々はアレがセイリオスに襲ってくるまでの数時間を悩むことに使えるわけです。これはむしろ、良いタイミングだったと言わざるを得ないでしょう」
「…………」

 露骨に先の発言を否定されて、だが副長は何も言わなかった。ただ居心地悪そうに身じろぎはした。
 そうして、数秒。沈黙に包まれた会議室に、小さくため息の音を漏らした。

「……やるしかない。そういうことでしょうね」

 勝てるかどうかは口にしなかった。
 自分はノーブルだ。この浮島、学園都市セイリオスの管理者でもある。勝てるかどうかは自分が考えることではない――勝たなければならないのだから。
 でなければこの空にすら、人類の居場所はない。

「改めて状況を整理しましょう。メタル襲来がいつになるか、予想はできる?」
「島沿岸で、警護隊がマザーメタルを観測しています。襲撃予想時間は、メタル群体の飛行速度からして、だいたい三時間ほど」
「夕暮れ時か。夜でないのは幸運かしら……島全体に緊急警報の準備を。まず戦闘科はエアフロントに全員集めて。錬金科はそのバックアップ。戦闘科・錬金科は研究班単位でノブリスの用意を。ノーブルを抱えていない錬金科と医療科はそのバックアップをお願いするから、こちらは一度学園に集合。メタルがセイリオスに来るまでに、迎撃態勢を整えます」
「他の生徒たちは?」
「非戦闘員は全員校庭に集合。その後はシェルターを開放するから、まとまり次第移動してもらいます。他の浮島にはこれから救援をお願いしますが……おそらくは、間に合いません。もしもの場合には、シェルターの受け入れをお願いします」
「……セイリオスが、墜ちる可能性が?」

 シェルターの言葉に、数名がぎょっと目を剥いた。
 どこかで楽観視していたのだろう。今がどんな状況か、言葉では認識できても正しく理解できるかは難しい。一大事だとわかってはいても、心のどこかでは侮ってしまう。どうせどうにかなるだろう、と。
 だがそんな甘えは許されない。それだけの危機だと突きつけて、レティシアは頷く。
 管理者の血族を代表して、冷たく告げた。

「私たちが負ければ、そうなるでしょう」

 それをレティシアが認めたということが、皆の息を呑ませる。あまりにも深刻な事態なのだと。
 シェルターはあくまで“離脱艇”だ。搭乗者を載せて逃げるための船。セイリオスが墜ちれば次にメタルが狙うのはその船だ。そして防備のないシェルターをメタルはたやすく落とすだろう――この空は人に優しくない。
 だから、戦わなければならない。
 できるか? その問いに、決断を迷うほどのものはない。できるかどうかなどどうでもいい。問題はやるかどうかであり、そして“ノーブル”に“やらない”はない。
 それが“高貴なる者”の務めだ。
 だから、告げた。

「――ナンバーズに召集を。超大型の撃墜は、私たちがやります」
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