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1章 強制入学編

6-5 あのメタルどもの狙いは、セイリオスだ

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「――きゃあああああっ!?」
「……っ!!」

 突然の轟音と衝撃――そして悲鳴。
 敵襲を悟ったその瞬間に、ムジカは行動を開始していた。状況に追いつけていないレティシアを抱き寄せ、肩に担ぐ。そのまま一目散にハッチへ飛び込む。
 一瞬だけ振り返った視線の先で、頭部に銃口をはやした虫型メタルの姿を見た――一メートルを超える虫だ。
 それが怪光線を吐き出した。

「――――っ!!」

 今度は悲鳴も上げられない。ハッチの先へ落ちていく刹那、光と熱とが頭上をかすめて飛んでいった。
 魔弾ではない。マギカル・レイ、光熱波、コンバッションバースト――種類や呼び方は多々あるが、要は触れれば標的を焼き尽くす熱閃光だ。魔弾と並んでポピュラーな攻性魔術。当然、当たれば人体などひとたまりもなく蒸発する。
 間一髪の九死一生。廊下に落下して、だがまだ終わりではない。足から頭に抜ける衝撃に涙目になりながら、ムジカは担いでいたレティシアを放り捨てて駆け出した。

「あいたっ――ムジカさん、どちらへ!?」
「ブリッジ行ってろ!!」

 問いには答えず叫び返して、そのまま振り返らずに格納庫に飛び込んだ。
 奥のハンガーには、いつもと変わらずズタボロの<ナイト>が懸架されている。飛び乗って即座に身に纏い、起動を命じる。
 用意してあった新品のガン・ロッドを片手に、バイザー越しにラウルにがなり立てた。

「ラウル!! ハッチ開けろ、打って出る!!」
『すまん、頼む――ぐっ!?』

 更に激震。おそらくはまた攻撃された。フライトシップの装甲ではそう何度も耐えられまい。
 ハッチが開ききるまで待つ時間も惜しい。開きかけた隙間から、這い出るように空に飛び出す。出会い頭に見かけた虫型に、即座にガン・ロッドをぶっ放した。
 突然の遭遇に、メタルはなすすべなく爆散したが――

(数が、多い……!?)

 交戦距離にいるだけでも、片手の指では余るほど。だがそれ以上に――ここから見えるはるか遠くに、蚊柱のごとく無数のメタル。
 あれだけの数をラウルが見逃すとは思えない。おそらく、最初に接敵したのは“斥候”だ。雲の偽装を取っ払って、本隊が姿を現そうとしている。
 だが、そんな風にメタルが組織的な行動を取っているということは――

「おい、ラウル。あれ……」

 交戦中だというのに、一瞬ムジカは呆然とした。
 無数のメタルの、更に背後。控えているのは……山のごとき巨躯の銀塊。

『おいおい、マジか……本当にいやがった!』
「何が!?」
『レティシア嬢の探し物だ! ここ最近のメタルの襲撃頻度が増えてる原因! “巣”だ!!』

 その言葉にゾッと、背筋に悪寒が走った。
 目で見たものを、その時になってようやく認めた――考え得る中で最悪のパターンだった。
 地上から人間を追ってやってきたメタルが、空に留まる術を身に着けた。雲に隠れ、学習を続けたメタルは、時に唐突にその能力を開花させる――個体の複製・増殖能力を。
 あの山のごとき超大型メタルは、メタルの母体であり巣でもあり、人類を滅ぼすためのメタルの前線基地だった。
 その斥候たるメタルの突撃をかわして撃ち落としながら、ムジカは叫ぶ。

「なんだってそんなものを、浮島のトップが探しに出てんだよ!? あるってわかってんならノーブルもっと連れてこいよ!?」
『警護隊が見つけられなかったんだとよ! あるって言っても現場は見てないからねえって押し問答になって、だったら証拠取ってきてやるって息巻いた結果が今回の依頼だ!!』
「そのバカ後でぶん殴らせろ!! あんなデカ物見逃しやがって!!」

 罵声を返しながら、機動しつつ魔弾をばらまく。敵はそこまで強くない――が、数が多すぎた。群れがこちらに迫ってきている。接敵したメタルはあの群体の触角のようなものだ。急いで逃げなければならないが。
 それこそ虫らしく無秩序に飛び回るメタルを撃ち落としながら、ムジカは声を荒らげた。

「ラウル、撤退準備急げ!! このままじゃマジで飲まれるぞ!!」

 フライトシップに武装はない――そして<ナイト>一機でメタルの巣と大群を討伐できるほど甘くもない。逃げる以外の選択肢がない。
 それがわかっているから、ラウルも既に行動を開始していた。

『わかってる! 船首はもうセイリオスに向けた!! お前も早く戻って――』
『――ムジカさんっ!!』

 咄嗟の悲鳴で命を拾った。
 悪寒を信じて、何に脅威を感じたのかもわからないまま背後へ飛び退く。
 ――その眼前を、真下から抜けていく魔弾。

(雲海の、中から――!)

 奇襲だ。避けたが姿勢と呼吸が崩れた。飛び出してきたメタルは撃ち落としたが、視線を散らされた。
 真下に意識を奪われたのだから、次手は視界の外からだ。左方でメタルがこちらを狙っているのに気づいていたが、反応が遅れた。

「ちぃっ――!」

 放たれた魔弾は左ガントレットで受ける。衝撃はそのままに、わざとその場を吹き飛ばされた。装甲が砕ける異音と激痛。咄嗟に歯を食いしばって痛みを堪え、その一瞬でガン・ロッドを撃ち返した。
 魔弾に食いちぎられ、虫型メタルは容赦なく銀砂に変えるが――
 ――それを隠れ蓑にして、飛び込んでくる銀色の獣。

「……っ!?」

 頭だけが異様に大きい歪な獣が、ムジカを砕かんとそのアギトを開く――
 刹那の判断で、ムジカはガン・ロッドごとその口に右腕を突っ込んだ。奥底まで、銃身を飲み込んだメタルが、そのアギトを閉じ装甲を食い破る。

『ムジカさんっ!?』
「ぐ、ぎぃ……!!」

 激痛に息を引きつらせながら、ガン・ロッドの引き金を絞った。
 腹の中に直接魔弾をぶち込まれて、メタルが腹部から風船のように爆散する。
 腕にかじりつく頭はそのままに、ムジカは涙で歪む視界で辺りを見回した。
 メタルの群れが迫っているが、至近距離の敵は全て墜とした。千載一遇の隙だ――ここを逃せば後続に追いつかれる。
 全力でフライトシップに戻りながら、叫び声をあげた。

「ラウル、煙幕ジャミング・クラウド!!」
『よし来た!!』

 フライトシップに武装はない――だが、メタルから逃げるための機能ならある。ジャミングクラウドはその一つだ。メタルの認識を狂わせる雲をばらまいて視界を奪う。
 ばらまかれた煙幕弾が破裂し、ムジカたちと後続のメタルとを隔てた。それだけでは煙幕が晴れた時、メタルに追撃されるが……
 ムジカが甲板に飛び乗ると、フライトシップは煙幕を隠れ蓑にして、雲海へと飛び込んだ。雲の中に身を隠して、メタルの視界から完全に消える。煙幕が晴れた時、メタルはこちらを見失っているという寸法だ。
 だが、それにしたって確実ではない。警戒は解かず、ムジカは雲海の中から後方を睨み続ける――

『ムジカ、損傷は! お前、最後にメタルに噛まれてただろ!? 無事なのか?』

 と、焦燥をにじませたラウルの声に、自分の状態を確認した。
 まず左ガントレットに軽微損傷。装甲板を一部失ったが、機能に影響はない――問題はそちらよりも右ガントレットだ。
 見やれば、まだ原形を残したメタルの頭がかじりついている。とはいえもう動くこともない。左手で払えば、頭部はすぐに銀の砂となって消えていった。
 だが、メタルが残した傷跡までは消えない……
 隠したところで仕方がない。ムジカは素直に告げた。

「噛み千切られちゃいないが、右ガントレットはほぼ大破。失敗したな……フレームまでひしゃげてるし、たぶん生身の腕にもダメージ入った。後で見てくれ、クソ痛え」

 素人判断だが、おそらく折れている。だけならまだしも、鋭い牙が突き刺さったのだろう。破壊痕からは赤い液体が漏れ出てきていた。
 <ナイト>が血など流すはずがない――ならばこれは、ムジカの血だ。
 喉の先まで突っ込んだガン・ロッドよりも、ガントレットのほうが重症というのは何とも皮肉だが。

『そんな……!?』

 と、これはレティシアの声。
 短く悲鳴のように声を引きつらせた後、何かを堪えるような間と吐息の音を挟んで、言ってくる。

『……ごめんなさい。私の軽率さが、ムジカさんに怪我を――』
「んなこたどうでもいいよ。大したことじゃない」

 謝罪が聞きたいわけではない。そんなものに価値はないし、傭兵の仕事などそんなものだ。申し訳ないと思ってくれるのなら、後で報酬に色でも付けてくれればいい。
 だからそんな些事よりも、とムジカは告げた。

「それより、わかってんのか? 問題はこの後だぞ」
『…………』
「メタルの“巣”がいたってことは、今まで襲ってきてたのは斥候だ。あいつらがこれまで見つからなかったのは、雲の中に姿を隠してたから――それが姿をさらしたってことは、目的のものを見つけたってことだ」

 それがどういう意味か。負傷した右腕がじくじくと痛みを訴えているのに、ムジカが感じていたのは寒気だ。
 今回は、逃げ切れた。だがもう逃げ場などない。動き出した敵の、本当の目的は――……

「……あのメタルどもの狙いは、セイリオスだ」
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