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1章 強制入学編
2-2 初めまして、皆さん
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――学園都市という浮島は、各浮島の教育機能を一手に引き受けるという、ある種の隔離機関として生まれた。
居住者のほとんどが学生という身分の子供たちであり、大人は教育者や浮島の管理者、ないしその関係者としてわずかに存在する程度。生活のほぼすべてが学生たち自身の手で運営されるその島は、社会組織としてはひどくいびつと言わざるを得ない。
であるにも関わらずこの“ほぼ子供だけの集団”の形成が望まれたのは、ひとえにこれによって各島が得られるメリットが、ない場合と比較して明らかに大きかったからだ。
教育施設の一点集中による、先進的・画一的な次世代養成の効率化。
並びに普遍的な価値観の植え付けによる人類間の共通認識の共有。
若年層が各浮島の文化交流を担当することによる、文化や思考形態への柔軟性の確保。
政治的邪念の希薄さによる安易で革新的な技術交流。
表に出すべきではない理由も含めれば、他にもたくさん。
そうした俯瞰した人類の共存利益を獲得するために、学園都市は今年も新入生を受け入れる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学園都市セイリオスの中央部。そのまさしく中枢ともいえる校舎群は、今日も学ぶべきことを抱えた学徒たちの喧騒に包まれていた。
だが今日の喧騒は普段の喧騒とは少し違う。学園はいつもの喧騒とは違う趣きで、どこか浮ついた空気を漂わせていた。それは今、校庭へと集められた子供たちの様子からもわかる。
入学式。それが今日の催しであり、集められた子供たち、新入生が今日の主役だった。
そしてそんな校庭の片隅にも主役が一人――いや、二人。
「こ、こんなに……子供だけで、こんなに人がいるっすか……?」
「ふあぁ……あ? ああ、そだな」
服の裾を掴んで不安そうに言うリムに、欠伸しながらムジカは答える。
右を見ても、左を見ても学生だらけ。ムジカたちがセイリオスに入港して今日でもう三日だが、まだ慣れない光景ではある。特に校庭には新入生だけしかおらず、リムのように不安がる者や、不思議そうに辺りを見ている者をちらほら見かける。
そんな中でムジカはと言えば、待ち時間が暇すぎて眠くなってきていた。
既に制服も気崩しており、他の子供たちと比べて太々しいほうに浮いている。寝ぼけ眼をこすってまたあくびする様は、新入生らしさとはどこか無縁だ。
「……なんでそんな、どっしり構えてられるっすか?」
「やる気ないからだろ」
「そんな他人事みたいに……ああもう。ほら、そろそろ式典始まるっすよ。服早く直すっす」
めんどくさい、とは思うが口にはしない。リムが唇を尖らせ始めたらまず一つ目の分水嶺だ。この辺りで気づけたならまだ怒られずに済む。
ひとまず首元は緩めたまま、それ以外の身だしなみをムジカは直した。ムジカも一応は新入生ということで学生服を着ているが、これが窮屈でどうにもたまらない。
服などはもともと用意していなかったムジカたちに代わり、あの生徒会長(レティシアだったか?)が用意してくれたようだが……
(サイズがピッタリってのが、逆に嫌なんだよな……なんつーか、首輪みたいでよ)
別に首輪や手かせをつけられたことなどないのだが。自由を奪われたような、奇妙な感触がある。配給された腕時計型の情報端末と合わせてひどく落ち着かない。
身だしなみを整え終えると、リムは満足したらしい。したり顔のリムに、退屈紛らわせに呟いた。
「お前は俺とは逆に、やる気ありそうだよな。そんな楽しみか?」
「そっすねー、まあ楽しみではあるっすね。ノブリスの整備方法とか、たぶんあーしの知識って実技に偏ってるっすし。どこかでしっかり勉強出来たらなーとは思ってたんで、ちょうどよかったとは思ってるっす」
「そーかい。んじゃ頑張ってくれ」
「アニキも頑張るっすよ! アニキも錬金科で一緒なんだから、おサボりは許さないっすからね? それで、ガン・ロッドを鈍器扱いするのがどれだけ大罪か知るといいっす」
「……お前、意外に根に持つよな……」
げんなりと呻く。既に三日前のことだというのに、リムは未だにぷりぷり怒る。この様子だと何かのたびに掘り返されそうだ。今のうちに諦観の準備でもしておこう――
と。
「あ、ムジカにリムちゃん見っけ!」
「……あん?」
「っす?」
不意にそんな大声が聞こえ、きょとんと背後を見やる。
ここにきてまだ三日なのだから、ムジカたちの知り合いは多くない。そこにいたのは案の定というべきか、アーシャたち三人だった。
手を上げやってくるアーシャを先頭に、まだこちらを警戒しているらしいクロエ、控えめな笑みを浮かべているサジがついてくる。どうもアーシャが率先して行動し、その後ろを二人がついてフォローするというのが彼女ら一行のいつもの流れらしいが。
「ふっふっふ……久しぶりね我がライバル! リムちゃんも! 元気してた?」
「アーシャさん、おはようございます。三日ぶりですね」
「……ライバルじゃねえって言わなかったか?」
律義に挨拶を返すリムの後に、うんざりと半眼を向けて言う。快活を人の姿にしたようなこの少女は、てんで取りあわなかったが。
ひとまず“対他人モード”に入ったリムがひっそりとムジカの背後に下がるのを尻目に、ムジカはアーシャの背後の保護者たちに訊いた。
「なあ。おたくの駄犬、ここに来る前からこんなんか?」
「あー、また悪口!? 駄犬ってなに!? こんなんってどういうことよ!?」
思わずといった体で、アーシャが叫ぶ。ちなみにだが駄犬というのは、アーシャのポニーテールが馬鹿犬の尻尾みたいによく揺れることからの発想だが。
裏切りは、即座にため息の形で示された。
「ごめんなさい、前からこんなんです……」
「今日はむしろ、いつもより駄犬度高いかも。入学式だからかテンション高いし」
「ちょっと!? 二人もどういうこと!?」
クロエが呆れたように、サジは苦笑交じりに呟いて、アーシャが悲鳴を上げる。わーきゃー言い合い始めた三人に、やかましいなとムジカは呆れるしかない。
と、小声で背後からリムが言ってくる。
「いい人そう……っすよね? 楽しそうな人たちっすし」
「友達になりたいなら俺のいないとこでやってくれ。悪い奴らじゃなさそうなのは認めるが、俺は関わりなくない。面倒な匂いしかしないし」
「えー? アニキも友達作らなきゃダメっすよ。学園生活楽しむべきっす」
「楽しむ、ねえ……」
これ以上何か言うと小言の気配を感じたので、一旦は口を閉じる。
どうやらリムはもうその気らしい。というより、思えば煮え切らないのはムジカだけで、リムは最初から学園生活を楽しみにしていたか。
だがムジカはリムほどには、学園生活に意義を見出してはいなかった。
(モチベーションが違うんだよな。リムやこいつらと、俺とじゃ)
リムはムジカたちの整備担当なこともあってか、今回の就学に前向きだ。学びたいことに目星をつけている。
それは他の学生たちも同じだろう。学園都市に入学するなら、相応の審査やテストがある、と聞いたことがある。彼らはそれを乗り越えて自分で学科――進路を選んだのだ。学びたいことを学びに来ている。
ムジカは違う。流されてここにいるだけだ。傭兵を続けたのは生きるために仕方なく。それがどうにも雲行きが怪しくなって、ラウルがレティシアに泣きついた。その結果が今だ。
(死ぬまで傭兵を続けられるとは思っちゃいなかったが、それでもたぶん、性には合ってた。気が滅入ってるように感じるのは……合ってないってことなんかね?)
まだ始まってすらいないのだが。そんなことを考える程度には、ノレていない――
「……――っ!!」
瞬間、ハッと。異変に気付いて顔を上げた。
「――えっ?」
生徒たちの中にも何人か、ムジカと同様に反応する者がいる。
感じたのは、なんと言うべきか――腹に来る種類の振動だ。明確な言葉にはできない、音ではない震え。ただ“それ”を体で感じる。“それ”がなにかも知っている――
間違いない。ノブリス・フレームの駆動振動。
それも、<サーヴァント>級のようなまがい物でも、量産型である<ナイト>級のようなか細い駆動振動でもない。
未だ再現に成功していない、太古の遺産。“爵位持ち”と呼ばれる本物のノブリス――音ではなく魔力の共振によって、それを感じる。
その振動を追うように、見上げた空に。
「あれは……っ」
九つの、光が見えた。
太陽を背にして飛ぶ、人型のシルエット。翼を広げた天使のような魔導外骨格――ノブリス・フレーム。
機体が閃光となって空を舞う。九機のノブリスの編隊飛行。全ての機体がワンオフのカスタム機であり、同じ仕様のものなど何一つないのに……飛行に一切の乱れはない。
踊るように、舞うように、結ぶように九機が翔ける。
鮮やかに飛ぶノブリスたちを見上げて、叫んだにはサジだ。
「あれは……ナンバーズ! ランカーノブリスだ!」
「ランカーノブリス?」
「ランク戦だよ! 戦闘科で行われてる! セイリオスのトップナイン! 戦闘力で序列が決まってるんだ! 凄いな……セイリオスの最大戦力だよ!!」
「じゃあ、あれが……?」
この島に来てから、噂には聞いていた。この島を守護するノブリスの頂点たちだ。
ランク戦とは戦闘科で行われる序列争いのことで、技術向上を目的として創設された制度らしい。ただ意義は他にもあり、出身島の喧伝や己の力の証明とのため、戦闘科の生徒は率先して参加する。その順位は成績にも反映され、ノーブルと呼ぶに値しない者は落第の可能性すらある、という。
視線をランカーノブリスたちへと向け直した。最大速度からの急旋回、ジグザグに編み物めいた複雑な機動を織り交ぜて舞い――最後には一列に整列、校庭へと降りてくる。
彼らはただ空を飛んだだけだ。それでもわかる者にはその練度がわかる。
つまり……見せつけてきたということだ。
これがセイリオスのノブリスだという強烈な示威。これがお前たちの先達だという鮮烈なメッセージ。
着地した九機の中央先頭。薄桃色の、女性らしさを感じさせるノブリスが待機モードへと移行。搭乗者を守るバイタルガードが開口し、中から女性が下りてくる。
新入生全ての視線を一心に集めたその女性は、被っていたバイザーを外すと、自らに絡みつく長い金髪を払うように振りほどき――
たおやかに微笑むと、静かに下々の者を睥睨して、言った。
「――初めまして、皆さん。セイリオスへようこそ。私は当学園の生徒会長を務めます、レティシア・セイリオスです」
居住者のほとんどが学生という身分の子供たちであり、大人は教育者や浮島の管理者、ないしその関係者としてわずかに存在する程度。生活のほぼすべてが学生たち自身の手で運営されるその島は、社会組織としてはひどくいびつと言わざるを得ない。
であるにも関わらずこの“ほぼ子供だけの集団”の形成が望まれたのは、ひとえにこれによって各島が得られるメリットが、ない場合と比較して明らかに大きかったからだ。
教育施設の一点集中による、先進的・画一的な次世代養成の効率化。
並びに普遍的な価値観の植え付けによる人類間の共通認識の共有。
若年層が各浮島の文化交流を担当することによる、文化や思考形態への柔軟性の確保。
政治的邪念の希薄さによる安易で革新的な技術交流。
表に出すべきではない理由も含めれば、他にもたくさん。
そうした俯瞰した人類の共存利益を獲得するために、学園都市は今年も新入生を受け入れる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学園都市セイリオスの中央部。そのまさしく中枢ともいえる校舎群は、今日も学ぶべきことを抱えた学徒たちの喧騒に包まれていた。
だが今日の喧騒は普段の喧騒とは少し違う。学園はいつもの喧騒とは違う趣きで、どこか浮ついた空気を漂わせていた。それは今、校庭へと集められた子供たちの様子からもわかる。
入学式。それが今日の催しであり、集められた子供たち、新入生が今日の主役だった。
そしてそんな校庭の片隅にも主役が一人――いや、二人。
「こ、こんなに……子供だけで、こんなに人がいるっすか……?」
「ふあぁ……あ? ああ、そだな」
服の裾を掴んで不安そうに言うリムに、欠伸しながらムジカは答える。
右を見ても、左を見ても学生だらけ。ムジカたちがセイリオスに入港して今日でもう三日だが、まだ慣れない光景ではある。特に校庭には新入生だけしかおらず、リムのように不安がる者や、不思議そうに辺りを見ている者をちらほら見かける。
そんな中でムジカはと言えば、待ち時間が暇すぎて眠くなってきていた。
既に制服も気崩しており、他の子供たちと比べて太々しいほうに浮いている。寝ぼけ眼をこすってまたあくびする様は、新入生らしさとはどこか無縁だ。
「……なんでそんな、どっしり構えてられるっすか?」
「やる気ないからだろ」
「そんな他人事みたいに……ああもう。ほら、そろそろ式典始まるっすよ。服早く直すっす」
めんどくさい、とは思うが口にはしない。リムが唇を尖らせ始めたらまず一つ目の分水嶺だ。この辺りで気づけたならまだ怒られずに済む。
ひとまず首元は緩めたまま、それ以外の身だしなみをムジカは直した。ムジカも一応は新入生ということで学生服を着ているが、これが窮屈でどうにもたまらない。
服などはもともと用意していなかったムジカたちに代わり、あの生徒会長(レティシアだったか?)が用意してくれたようだが……
(サイズがピッタリってのが、逆に嫌なんだよな……なんつーか、首輪みたいでよ)
別に首輪や手かせをつけられたことなどないのだが。自由を奪われたような、奇妙な感触がある。配給された腕時計型の情報端末と合わせてひどく落ち着かない。
身だしなみを整え終えると、リムは満足したらしい。したり顔のリムに、退屈紛らわせに呟いた。
「お前は俺とは逆に、やる気ありそうだよな。そんな楽しみか?」
「そっすねー、まあ楽しみではあるっすね。ノブリスの整備方法とか、たぶんあーしの知識って実技に偏ってるっすし。どこかでしっかり勉強出来たらなーとは思ってたんで、ちょうどよかったとは思ってるっす」
「そーかい。んじゃ頑張ってくれ」
「アニキも頑張るっすよ! アニキも錬金科で一緒なんだから、おサボりは許さないっすからね? それで、ガン・ロッドを鈍器扱いするのがどれだけ大罪か知るといいっす」
「……お前、意外に根に持つよな……」
げんなりと呻く。既に三日前のことだというのに、リムは未だにぷりぷり怒る。この様子だと何かのたびに掘り返されそうだ。今のうちに諦観の準備でもしておこう――
と。
「あ、ムジカにリムちゃん見っけ!」
「……あん?」
「っす?」
不意にそんな大声が聞こえ、きょとんと背後を見やる。
ここにきてまだ三日なのだから、ムジカたちの知り合いは多くない。そこにいたのは案の定というべきか、アーシャたち三人だった。
手を上げやってくるアーシャを先頭に、まだこちらを警戒しているらしいクロエ、控えめな笑みを浮かべているサジがついてくる。どうもアーシャが率先して行動し、その後ろを二人がついてフォローするというのが彼女ら一行のいつもの流れらしいが。
「ふっふっふ……久しぶりね我がライバル! リムちゃんも! 元気してた?」
「アーシャさん、おはようございます。三日ぶりですね」
「……ライバルじゃねえって言わなかったか?」
律義に挨拶を返すリムの後に、うんざりと半眼を向けて言う。快活を人の姿にしたようなこの少女は、てんで取りあわなかったが。
ひとまず“対他人モード”に入ったリムがひっそりとムジカの背後に下がるのを尻目に、ムジカはアーシャの背後の保護者たちに訊いた。
「なあ。おたくの駄犬、ここに来る前からこんなんか?」
「あー、また悪口!? 駄犬ってなに!? こんなんってどういうことよ!?」
思わずといった体で、アーシャが叫ぶ。ちなみにだが駄犬というのは、アーシャのポニーテールが馬鹿犬の尻尾みたいによく揺れることからの発想だが。
裏切りは、即座にため息の形で示された。
「ごめんなさい、前からこんなんです……」
「今日はむしろ、いつもより駄犬度高いかも。入学式だからかテンション高いし」
「ちょっと!? 二人もどういうこと!?」
クロエが呆れたように、サジは苦笑交じりに呟いて、アーシャが悲鳴を上げる。わーきゃー言い合い始めた三人に、やかましいなとムジカは呆れるしかない。
と、小声で背後からリムが言ってくる。
「いい人そう……っすよね? 楽しそうな人たちっすし」
「友達になりたいなら俺のいないとこでやってくれ。悪い奴らじゃなさそうなのは認めるが、俺は関わりなくない。面倒な匂いしかしないし」
「えー? アニキも友達作らなきゃダメっすよ。学園生活楽しむべきっす」
「楽しむ、ねえ……」
これ以上何か言うと小言の気配を感じたので、一旦は口を閉じる。
どうやらリムはもうその気らしい。というより、思えば煮え切らないのはムジカだけで、リムは最初から学園生活を楽しみにしていたか。
だがムジカはリムほどには、学園生活に意義を見出してはいなかった。
(モチベーションが違うんだよな。リムやこいつらと、俺とじゃ)
リムはムジカたちの整備担当なこともあってか、今回の就学に前向きだ。学びたいことに目星をつけている。
それは他の学生たちも同じだろう。学園都市に入学するなら、相応の審査やテストがある、と聞いたことがある。彼らはそれを乗り越えて自分で学科――進路を選んだのだ。学びたいことを学びに来ている。
ムジカは違う。流されてここにいるだけだ。傭兵を続けたのは生きるために仕方なく。それがどうにも雲行きが怪しくなって、ラウルがレティシアに泣きついた。その結果が今だ。
(死ぬまで傭兵を続けられるとは思っちゃいなかったが、それでもたぶん、性には合ってた。気が滅入ってるように感じるのは……合ってないってことなんかね?)
まだ始まってすらいないのだが。そんなことを考える程度には、ノレていない――
「……――っ!!」
瞬間、ハッと。異変に気付いて顔を上げた。
「――えっ?」
生徒たちの中にも何人か、ムジカと同様に反応する者がいる。
感じたのは、なんと言うべきか――腹に来る種類の振動だ。明確な言葉にはできない、音ではない震え。ただ“それ”を体で感じる。“それ”がなにかも知っている――
間違いない。ノブリス・フレームの駆動振動。
それも、<サーヴァント>級のようなまがい物でも、量産型である<ナイト>級のようなか細い駆動振動でもない。
未だ再現に成功していない、太古の遺産。“爵位持ち”と呼ばれる本物のノブリス――音ではなく魔力の共振によって、それを感じる。
その振動を追うように、見上げた空に。
「あれは……っ」
九つの、光が見えた。
太陽を背にして飛ぶ、人型のシルエット。翼を広げた天使のような魔導外骨格――ノブリス・フレーム。
機体が閃光となって空を舞う。九機のノブリスの編隊飛行。全ての機体がワンオフのカスタム機であり、同じ仕様のものなど何一つないのに……飛行に一切の乱れはない。
踊るように、舞うように、結ぶように九機が翔ける。
鮮やかに飛ぶノブリスたちを見上げて、叫んだにはサジだ。
「あれは……ナンバーズ! ランカーノブリスだ!」
「ランカーノブリス?」
「ランク戦だよ! 戦闘科で行われてる! セイリオスのトップナイン! 戦闘力で序列が決まってるんだ! 凄いな……セイリオスの最大戦力だよ!!」
「じゃあ、あれが……?」
この島に来てから、噂には聞いていた。この島を守護するノブリスの頂点たちだ。
ランク戦とは戦闘科で行われる序列争いのことで、技術向上を目的として創設された制度らしい。ただ意義は他にもあり、出身島の喧伝や己の力の証明とのため、戦闘科の生徒は率先して参加する。その順位は成績にも反映され、ノーブルと呼ぶに値しない者は落第の可能性すらある、という。
視線をランカーノブリスたちへと向け直した。最大速度からの急旋回、ジグザグに編み物めいた複雑な機動を織り交ぜて舞い――最後には一列に整列、校庭へと降りてくる。
彼らはただ空を飛んだだけだ。それでもわかる者にはその練度がわかる。
つまり……見せつけてきたということだ。
これがセイリオスのノブリスだという強烈な示威。これがお前たちの先達だという鮮烈なメッセージ。
着地した九機の中央先頭。薄桃色の、女性らしさを感じさせるノブリスが待機モードへと移行。搭乗者を守るバイタルガードが開口し、中から女性が下りてくる。
新入生全ての視線を一心に集めたその女性は、被っていたバイザーを外すと、自らに絡みつく長い金髪を払うように振りほどき――
たおやかに微笑むと、静かに下々の者を睥睨して、言った。
「――初めまして、皆さん。セイリオスへようこそ。私は当学園の生徒会長を務めます、レティシア・セイリオスです」
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