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1章 強制入学編

1-5 絶対に謝るまでぶん殴ってやるんだから!!

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 それから二、三ほど話をした後で。

「それでは、また後で。良いお返事をお待ちしてますね?」

 それはもういい笑顔で送り出されて、ムジカたちは隊長室とやらを後にした。扉が閉まればその笑顔も見えなくなる――が、敗北感とでも言えばいいのか、してやられた感はぬぐえない。
 心底うんざりするものを胸の内に抱えて、ムジカは隣の大男を睨んだ。ラウルは頭の後ろで手を組んで、気楽な様子を見せている。今回の交渉結果に満足している様子だが。

「あんた、何考えてんだ……?」
「いやあ。ほら、俺も歳だから。そろそろ安定した生活をだな? 地に足つけて生きたくなったというか」
「だからって俺まで売るんじゃねえよ」

 毒づくが、ラウルは取り合わない。「生意気は俺の歳超えてから言いやがれ」などと肩をすくめてみせるだけだ。
 ひとまず隊長室を離れながら、振り返る。今回の交渉――というかラウル傭兵団と浮島セイリオスとの雇用契約は、極めて単純なものだ。
 契約相手はラウルのみ。傭兵としての緊急時の招集のほか、ラウルは戦闘科の外部講師として学生に講義を行うこと。対価としてラウルはセイリオスの居住権を認められる。
 ただし条件は、ムジカとリムのセイリオスへの入学だ。これはラウルへの報酬の一部だが、一方でラウルにとっての枷――つまりは人質でもある。要するに、うまい汁吸わせてやるからその分働けというわけだ。

 ちなみに戦闘科というのはセイリオスの学科の一つだ。他にも錬金科や医学科、農学科などがあるが、戦闘科だけは特色が違う。そこはノブリスを扱う者たち――つまりはノーブルたちの学科だった。
 まあそれ自体はいい。良いとは言い難いが、まあ仕方ない。
 だがそれ以外の部分については納得できるものではなく、ムジカは非難を続けた。

「こっちに一つも相談なく、勝手に話を進めないでもらいたいんだがな。事後承諾なんて最悪の類だろ。なんで俺まで学生やらされることになってんだよ。こんなん身売りじゃねえか。人質ならリムだけで充分だったろ?」
「それが先方の要望だったんだから、仕方ないだろ? 傭兵に居住権なんぞ、親切でくれる奴はいない。俺が傭兵兼講師、お前とリムが、俺が裏切らないよう人質兼学生扱いでワンセットの契約だ。悪い取引じゃねえだろ?」
「ふざけろ。なんで俺が、今更学生やらされにゃならねえんだよ」

 不機嫌に不満を表明するムジカに、「とは言うけどな?」とラウルがぼやいてくる。
 彼は言いながら、親指で背後を示した。首だけでその先を追えば、そこにいるのはリムだ。背後をとてとてとついて来ている――が。

「学校……学校かぁ……」

 どこか焦点の合わない瞳で、普段より少し上を見つめている。というより、実際何も見ていないだろう。そういう目のことを何と呼ぶか、ムジカは知っていた。“夢見心地”だ。
 こちらの様子にも気づかぬ娘を指さして、ラウルが言う。

「ガキの時分からお空暮らしのこの可哀想な少女が、こんなに学校生活に夢見てるのを見て、お前は何も思わないのか?」
「……その空暮らしは八割がた、あんたのせいじゃないか?」
「残りの二割はお前持ちでいいんだな?」

 つまり、ムジカにも責任があると言っている。
 これもまたちなみにだが、本来学園都市への入学は十五歳からだ。リムはまだ十二歳であり、本来なら入学できる歳ではない――のだが、特例的にOKらしい。
 まあ、なくはないことなのだそうだ。とっても偉い貴族の子が、箔付けのために、という感じでたまにあるらしい。
 と、不意に見つめられていることに気づいて、リムがハッと顔を上げた。

「んえ? な、なに? なにか話してた?」
「ほれ見ろこの緩みよう。夢見る乙女モード全開だぞ。危なっかしくて見てられん。こんな状況でこいつだけ学生やってこいって言えるか? おじさんお前をそんな風に育てた覚えはないぞ?」
「うっわぶん殴りてえ」

 思わず険悪に呻くと。
 逃げる前に、ラウルががっしと肩を組んで、内緒話の距離で言ってくる。
 
「割と本気で頼んでるんだぞ? 死ぬまで傭兵なんか続けてられないし、リムにもいい将来は選ばせてやりたいし。ベストとは言えないかもしれないが、これはベターな選択だろ?」
「……まあ、それは否定しねえけど」
「だろ? なら、頼むよ。リムのためだと思ってな? アイツを守ってくれよ、我が家の騎士様。お前がいないと不安なんだよ俺も。な?」
「……騎士様言うな。そんなガラじゃねえよ」

 半眼で睨んで、ラウルを突き飛ばすが。
 流石にムジカも観念した。リムのことを思えば、確かに言う通りではある。それに事後承諾とはいえ、これは仮にも恩人からのお願いだ。ムジカの譲れない一線も超えていない――

「わかったよ。だが、配属先くらいは自分で決めさせてもらうぞ。戦闘科だけは死んでもごめんだ。それでいいなら諦めてやる」
「わかってるさ。リムを戦闘科に入れるわけにもいかんし。お前たちはセットで錬金科に入れるよう話しておくさ」

 それならお前も納得だろ? とラウルは言う。
 錬金科は戦闘科と同様、ノブリスのことを扱う学科だ。ただしこちらは戦闘のためではなく、開発や設計、整備のための学科である。つまりはエンジニア・メカニック養成のための学科だ。他にもフライトバスなどのインフラや生活に用いられる魔道具の勉強もするので、幅広く“錬金科”と名乗っている。
 メカニックとしては実践の経験に偏っているリムにとっても、今後必要になるだろうムジカにとっても、錬金科の選択は悪くはない。
 こちらが不承不承納得したのを見て取ると、ラウルが唐突に足を止めた。

「んじゃ、お前らは先にフライトシップに戻っててくれ」
「え? 父さんは?」
「レティシア嬢に話し忘れたことがあってな。それが終わったら合流して、都市に入ろう。これから住む場所も決めたいしな」

 んじゃ、後はよろしく、などとムジカに言い置いて、そそくさとラウルは後に戻る。
 しばし取り残されたのち、きょとんとムジカはリムと顔を見合わせた。

「……だそうだから、先戻ってるか」
「……っすねえ。やることも別にないっすし」

 元に戻った手下口調に苦笑しながら、また歩き出す。
 警護隊の学生たちに胡乱な視線を向けられながらも、ムジカたちはのんびりと詰め所を出た。時刻的にはまだ昼下がり。高い所から降り注ぐ日差しが目を眩ませる。
 そのまぶしさに目を細めていると。

「……アニキはイヤっすか? その……あーしと一緒の学生生活」

 唐突にぽつりと、リムがそう訊いてきた。伏し目がちで、答えを聞くのを怖がっているような、そんな様子だ。
 気の利いたことが言えそうかどうか。妹分の質問に少しだけ考えてから、ムジカは素直に心境を吐露した。

「別に、イヤってわけじゃあない。単に想像もしてなかったから、戸惑ってるだけだ」
「戸惑ってる?」
「グレンデルを追放されて、お前らと一緒に傭兵暮らしを続けて三年。この生活がずっと続くとも思っちゃいなかったが、かといって“今日からお前は学生です!”なんて言われても困るだろ。お前は楽しみなのか?」
「……そう言われると、ちょっとわかんないっす。楽しそうかなって思ってたけど、不安も……冷静になってみると、あーし、同年代の子と話したこともほとんどないっすし……」

 まさしくそれが理由で、ラウルはリムを学生にしたのだと思う。
“リムとムジカの入学”はあちらから提示された条件だと言うが、ムジカは半分は嘘だと察していた。おそらくは、ラウルの側もそれを要求したに違いない。
 子供に“子供らしく”させてやること。それがこの少女には足りていない。多少歳の差があるとはいえ、学生なら子供らしくさせてやれる。ラウルが考えたのはその辺りだろう。

(ま、親心ってやつか。仕方ない、満足するまで付き合ってやるか。苦労させちまってるのは事実だしな……)

 その日暮らしの不健全な生活よりはよほどいい。少なくとも、この少女にとっては。
 フライトシップを目指す道すがら、ムジカは周囲を観察した。いくらか数は減っていたが、エアフロントにいる子供たちは、自分たちを除けば全員が学生だ。同じ制服を着て、仲間を探している。
 制服を着ていないムジカとリムは、その中では異分子だが。彼ら彼女らを見つめて、ムジカは微妙にリムを突き放した。

「まあ、最初くらいは一緒にいてやるけど。友達くらいは自分で作れよ? そこまでは面倒見きれないからな」
「え? アニキが手伝ってくれるんじゃないっすか!?」
「バーカ。俺が友達の作り方なんか知るわけないだろ。人付き合いの仕方なんて、お前と同程度にしか知らねえし」
「……それ、胸張って言えることっすか?」
「しょげかえって言うことでもないだろ」

 呆れ顔にしれっと言い返すと、リムは「むぅ」と不満顔だが。
 そちらに苦笑を返してから、顔を上げて。

「……あ?」
「んん?」

 ふとムジカたちはそんな声を上げた。
 視線の先にはムジカたちのフライトシップ、バルムンクが停められている。操船者であるラウルがこの場にいないのだからそれも当然だが、そうではなく。

 そのフライトシップの前に、三人の学生が立っていた。
 女、女、男。ムッと不機嫌そうに腕を組んだ、赤毛ポニテの女が先頭。その後ろに、どこか不安そうなストレートの茶髪の少女と、諦めきった表情をした童顔の少年。
 こちらに先に気づいたのは、茶髪の少女だ。明後日の方向を見ていた赤毛に声をかけると、赤毛がキッとこちらを睨んでくる――かと思えば、ずんずんと肩を怒らせて向かってくる。
 リムが背後に隠れるのを見やってから視線を戻すと、赤毛の女は仲間二人が引き留めるのも聞かず(「ちょっと、アーシャ!」「喧嘩腰はダメだって!」「うっさい!」という声が聞こえた)、ムジカの前までやってきた。
 そんなに身長は高くない。真下から、視線でかち上げるようにムジカを睨んでくる。
 ぱっちりとした目を精一杯吊り上げるその様は、なんとなく所構わず鳴きわめく小型犬を連想させたが。
 いかにも“怒ってます”と唇を尖らせて主張してくるその女の、第一声がこれだった。

「あなた、あの船の人?」
「……そうだけど」
「<ナイト>級ノブリスを動かしてたのも?」
「……それも、俺だけど」

 反論を許さなさそうな熱の感じる視線に、つい素直に答えてしまう。
 ちらと窺うように女の背後を見やると、お付きの二人は両手を合わせてこちらに視線を送ってきていた。意味はたぶん、これだ――“ごめんなさい”。
 そして、問題の女だが。
 たっぷり十秒を数えた後、急ににっこりと微笑んでみせた。

「――まずは、お礼を言わせてくれる?」
「……うえっ?」

 その急な落差に、つい上ずった声が出た。
 呆然と見つめた先、女はその笑みのまま頭まで下げて、言ってくる。

「さっきは助けてくれて、ありがとうございました。おかげであのバスも、あたしたちも、無事に生き残ることができました――」
「……あ、ああ、そう――」

 内容が内容だけに、思わず拍子抜けする。怒り顔でやってきたものだから、つい喧嘩を売られるのかと身構えていた。
 傭兵稼業を続けていると、時折そういったこともある。今回バスが逃げ出したのと同じように、傭兵に対する人目というのはあまり良いものではない――傭兵もまた、大半が無頼漢なのでお互いさまではあるのだが。
 それを思えば、この女の態度というのは仕方のないことではある――などと。
 穏当に思えたのはそこまでだった。

「――だけど! 邪魔とかバカとか英雄ごっこがどうとか、いきなり罵倒してくるってどういうことよ!?」
「うおっ!?」
「生き残るために仕方なくアレやったのに、褒められるどころか怒鳴られたあたしの気持ちがわかる!? ねえ見て、わかる!? あたし今怒ってるんだよ? 皆を助けるために、あたし、命がけだったんだよ? なのに罵倒されたの。ねえ、あたしの気持ち考えたことある!?」
「い、いや待て。いったい何の話――」
「しらばっくれるの!? この期に及んで!?」

 信じられない、と怒る少女につい狼狽える。状況に置き去りにされて、思わず女の背後に助けを求めるが。二人はそれどころではなく、ついには手を合わせたうえで深々と頭まで下げていた。
 いや、止めてくれよ、とは思うのだが。それよりも女の怒りが沸騰するほうが早い――

「あーもうあったま来た! あんたがそういうつもりならこっちだって考えがあるわ」
「……考え?」
「――決闘よ! あんたに決闘を挑むわ!」

 その辺りで。
 ようやくムジカは、この声が少し前に聞いた覚えのある声だと思い出す――

「覚悟しなさいよ!! 絶対に謝るまでぶん殴ってやるんだから!!」

 あの“バカな<サーヴァント>”の声だった。
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