上 下
2 / 27
1章

1-1 俺には関係ねえことだし

しおりを挟む
「――ねえテンマくん。今、時間ある?」
「……?」

 どこか甘ったるさを含んだ声に、きょとんとヤナギはそちらを見やった。
 授業も終わり、昼休憩を迎えた直後の教室。視線の先では他クラスの女の子が、どこかへ行こうとしていた“学園の王子様”に声をかけていた。
 少しウェーブがかった猫っ毛のショートヘアー。綺麗なアーモンド形の瞳にスッとした鼻梁。形のいい小ぶりな唇に、血色のいい綺麗な肌――整った顔立ちに、スラっとスレンダーに伸びる体型。アマツマ テンマの特徴を羅列するとこうなる。つまり、美形だ。
 初めてアマツマを見た時――そしてアマツマが“王子様”などと呼ばれていると知った時、なるほどと感心したほどだ。そう呼ばれても名前負けしないほど無駄に顔が整っている。見目麗しいとはこのことかと感心したほどだ。
 その王子様だが。
 名を呼ばれて一瞬きょとんとした後、声をかけてきた少女に微笑みを返す。

「君は……タカクラさん? 何か用かな?」
「あ、うん。お昼ご飯、一緒にどうかなって思ったんだけど……だめ、かな?」

 瞬間。
 ピリッと教室が微妙な緊張感を孕んだのを、ヤナギは他人事のように感じていた。
 ちらと室内を見やれば、アマツマたちを気にするように見ている影がちらほらとある。友達と話しながら、お弁当を食べながら、あるいは何もせずじっと――と違いはあるが。男子女子の区別なく数人ほどがアマツマを気にしていた。
 視線をアマツマのほうに戻すと、アマツマは申し訳なさそうにこう言っていた。

「お昼ご飯か……ごめんね。誘ってくれたのは嬉しいんだけど、この後用事があって」
「用事?」
「うん。ちょっと、外せない用事――だからまた今度、ご一緒させてもらえたら嬉しいな」

 そう笑うと、アマツマは撫でるように彼女の頬に触れた。
 たったそれだけのことだが、少女が「あっ」と吐息を漏らす。
 そんな様子にクスと笑うと、アマツマは彼女の耳元で何事か囁いて、そのまま駆け出していった。用事というのは本当なのだろう。
 残された少女は、しばしほぅっと呆けた後、「あー、ダメだったー」と嘆く。教室の外に友人がいたらしい。その子らと談笑しながら去っていく。
 それをぼんやり見ていると、どこか羨むような声。

「相変わらず人気だなー、王子様は」

 視線を戻せばヤナギの机の上に、悪友タカトが所狭しと弁当箱を並べていた。
 勝手に人の机に並べやがって、と思わないでもないが。ヤナギは机の横にかけてあるビニール袋から、おにぎりを取り出しつつ呻いた。

「なんていうか、半年も経つと見慣れたな。というか、毎日飽きないもんかね?」
「飽きないんだろ、昔からあんなんだったし。要はアイドル遊びみたいなもんなんだろ」
「アイドル遊び?」
「きゃーかっこいいテンマくーん! ってさ。はしゃいでる側は楽しいらしいよ。要は疑似恋愛みたいなもんさ」

 わかるようなわからないようなことを、タカトは苦笑交じりに言う。彼はアマツマと同じ中学だったそうで、あんな光景は慣れっこなのだろう。
 ようやく慣れてきたヤナギとしては、首を傾げるしかない光景なのだが。
 首を傾げていると、タカトはこちらの不理解を察して、

「ごっこ遊びだよ、ごっこ遊び。アマツマもノリがいいっていうか、ファンサ精神がご立派というかだからな。甘い言葉を囁きゃ女子も喜ぶってわかってやってんのさ。で、女子も美形に口説かれたら嬉しいだろ? そういう遊びなんだよアレ」
「……ふうん?」
「お前、こういう話は本当に興味ねえな」

 興味がないわけではないが、確かにそこまで関心はない。変な遊びをしているなあという以上の感想はなかった。
 疑似恋愛。人を好きになるということ。アイドルに憧れるということ。同級生をアイドル視すること。どれをとってもヤナギには理解できそうにない。
 だから肩をすくめることを返答とすると、呆れたようにタカトはため息をついてみせた。
 そうしてもそもそと茶色い弁当をつつき始めるのを尻目に、ふと教室の入り口を見やる。既にそこには誰もいないが。

(アマツマがアイドル、ね……)

 まあ確かに、と思わないでもない。少なくとも、アマツマの周囲はアマツマをそんな風に扱っている節がある。
 だが高校に入学してから半年経ったこれまで、ヤナギにとってアマツマは“アイドル”や“王子様”ではなく、“変な同級生”だった。

 ――なにしろ、アマツマは女子なのだ。

 女顔の(女子にふさわしい言葉ではないが)甘い顔立ちに、耳をくすぐるハスキーボイス。そんじょそこらの男顔負けの高身長に、人助けや面倒事を率先して行う優しい性格。ルックスも性格も非の打ちどころのない王子様――ついでに言えば合気道だかの有段者らしく、文武両道。勉強の成績もよく、頭の回転も速い。
 完全無欠のパーフェクトヒューマン。それが傍から見たアマツマだ。
 だからこそ、ヤナギは彼女を変な同級生だなと思って見ている。そこら辺の男子より紳士的で、誰に対しても親身で気さくで、ついでに言うと女の子をよく口説いている。望んでというよりは望まれてやっている様子だが、それが周囲にとっての“王子様”っぽいスキンシップなのだろう。

(本人は楽しんでやってるのかね、アレ)

 そんなことがふと気になった。どうでもいい疑問ではあるのだが。
 と、お調子者の友人が、ふと思いついたようにこんなことを言ってくる。

「そーいやアマツマ、女の子口説くわりに彼女の噂は聞かないよな」
「内緒にしてるだけじゃねえの?」

 高校というお年頃が集まる環境ともなれば、恋愛話は日常の華だ。誰が誰と付き合った、誰々が誰々にこっぴどく振られた、誰かが誰かと二股してる――そんなゴシップがありふれている。
 だが確かに、あれだけ派手に遊んで? おきながら、アマツマが誰かと付き合っているという話は一度も聞いたことがなかった。

「まあ、だから“王子様”でいられるのかもしれんけど……にしても恋人、“彼氏”じゃなくて“彼女”でいいのか?」
「いーんだよ、あんだけ女の子に愛想振りまいてんだから。男嫌いってわけじゃないだろうけど、男子への愛想は女子と比べたらそこそこだろ? もしこれで男と付き合ってるなんて言ってみろ、過激派が知ったら刺されるぞ?」
「アマツマが?」
「いや、男が」
「……逆恨みにしても刺され損じゃねーかなー」
「刺されても損じゃない状況があるみたいな言い方だなそれ」

 どちらにしても、と、タカトは深々とため息をついた。

「あいつがいる限り、うちの男子は死に体だよ。勉強も運動もなんでもできちまうもんだから、女の子の視線はぜーんぶあいつが持ってっちまうし」
「アマツマに黄色い声が飛ぶたびに男どもがピリッとしてんの、それが原因か。アレに勝てなきゃ恋愛できないってなると、まあ確かに悲惨か」
「……他人事だな?」
「俺には関係ねえことだし」

 枯れてるねえ、などとタカトが呟くが、ヤナギは何の反応も返さなかった。
 “変な同級生”に対しても、そもそも恋愛そのものに対しても興味はない。アマツマとはクラスメイト以上の接点はないし、だからどうでもいい。
 今がそうなのだから、きっとこれからもそのままだろう。

 ――この時には、確かにそう思っていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おっぱい揉む?と聞かれたので揉んでみたらよくわからない関係になりました

星宮 嶺
青春
週間、24hジャンル別ランキング最高1位! ボカロカップ9位ありがとうございました! 高校2年生の太郎の青春が、突然加速する! 片想いの美咲、仲の良い女友達の花子、そして謎めいた生徒会長・東雲。 3人の魅力的な女の子たちに囲まれ、太郎の心は翻弄される! 「おっぱい揉む?」という衝撃的な誘いから始まる、 ドキドキの学園生活。 果たして太郎は、運命の相手を見つけ出せるのか? 笑いあり?涙あり?胸キュン必至?の青春ラブコメ、開幕!

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

恐喝されている女の子を助けたら学校で有名な学園三大姫の一人でした

恋狸
青春
 特殊な家系にある俺、こと狭山渚《さやまなぎさ》はある日、黒服の男に恐喝されていた白海花《しらみはな》を助ける。 しかし、白海は学園三大姫と呼ばれる有名美少女だった!?  さらには他の学園三大姫とも仲良くなり……?  主人公とヒロイン達が織り成すラブコメディ!  小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。  カクヨムにて、月間3位

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

処理中です...