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61. エンディング
しおりを挟む九月も終わりに近付いた晴れた日の放課後。
「ライラ、緊張してうっかり倒れちゃ駄目だからね!」
「式の最後までしっかり意識を保って!」
なんだか酷い言われような気もするけれど、皆はいたって真面目に私の心配をしてくれていた。
一週間後に行われる、ルーク様の立太子式と私の聖女戴冠式を前に、クラスメイトが私を取り囲み送り出そうとしてくれていた。
私はこれから式への準備に入るため、しばらく休学することになっている。
そしてルーク様もまた、あの事件以来学園には姿を現していなかった。今は王宮の立て直しを優先し、王宮内を奔走しているらしい。
無理もない。この国の王妃であり聖女でもあった彼女が表舞台から消えたのだ。国王と共に連日王宮内の調整を行っているという。
そして私もまた、王妃に会いに行ったその日を最後にルーク様とお会いすることが出来ずにいた。
「ライラ、どうしよう。私すごく緊張してきた」
マリーが少し青ざめた顔をして震えている。
「とうとうライラがルーク様と結ばれる日が来るなんて。一年生の頃から皆で見守ってきたライラの恋が実るところを目にしてしまったら……私、嬉しすぎてどうにかなりそう」
「大丈夫だよ、マリー。そういう時は俺がこうして手を握っていてあげるから」
どさくさに紛れて、エイデンがマリーの両手を包んで優しく語っている。
「そんな、皆で見守るとか大袈裟な……」
聖女を目指していたことは公言していたけれど、ルーク様を好きだなんてことは明言していない。マリーやアネット達にはバレていたけれど、まさか全員が知っていたというわけではないよね?
「何その顔。クラス全員がずーっとライラの恋の行方を心配していたでしょうが。まさか知らないなんて言わないわよね?」
まるで私の思考を読んだかのように、アネットがそう答える。
「えっと、いやあの……好きとかじゃなくて、聖女になることを応援してくれていたのかな……と」
アネットの怖い顔に思わずたじろぐ。
すると、ディノも呆れたように口を開いた。
「ライラは分かりやすいからな。きっとルークもそれなりに気付いていたんじゃないか?」
今更知った衝撃の事実。ルーク様も私の気持ちを知っていたなんて嘘でしょ?
「だからあいつも大変だったと思うぞ。応えたくても立場上それが出来ないわけだから、気持ちを抑えるのも苦しかっただろうしな。同じ男として同情していた」
そう言って難しい顔をするディノ。
「……ルーク様は、私と行動を共にされていた時ずっと苦しそうな表情をされていたの」
ジュリアがおずおずと会話に入ってきた。
私が倒れた事件の後、そのまま田舎へ帰ってしまったジュリア。
ユウリとカトルが迎えに行ったという話をディノから聞いた後、彼女は子爵令嬢の養子となって王都に戻ってきた。
一体何がどうなったのかと思っていたら、ユウリとカトルが手を尽くして彼女の遠い親戚を探し出し、ローグリー子爵という貴族に養子縁組をお願いしたらしい。
そこからどういった経緯で手続きを行ったのか私には知ることは出来ないけれど、彼女はその家の養子となり、ジュリア=ノースという名前からジュリア=ローグリーと変わった。
これは彼らの、彼女を王都に連れ戻すという強い意思に加えて、きっと彼女との将来を見据えてのことではないかと思っている。
彼らもまた、自らの恋を実らせようと頑張っているのかもしれない。
それからもう一つ特別なことがあった。
聖女がいなくなってしまった今、しばらくの間は先代王妃と私達三人が仕事を引き継ぐことになったのだ。
本来は聖女からゆっくりと教わりながら新たな聖女へと引き継がれるものが、その役割を担うものがいなくなってしまったために、私のサポートとして聖女候補生であったジュリアとマリーが配属されることになった。
そして今もまだ、私に対して申し訳なさそうに話すジュリアを見て、優しく話しかけた。
「ジュリア、私達は何が正解かもかわからず色々な選択をしてきたけれど、悩みながらでもしっかり歩いてたからこそ今があるのかもしれないわ。それはきっとルーク様もジュリアも同じだったのではないかしら。……そしてこれからも、また悩みながら進んで行くんだわ」
私は様々なことを振り返りながら、そんなことを口にした。
「ということでマリー、ジュリア。これからもよろしくね」
そして改めて皆の顔を見渡した。
一年生の時からずっと私と一緒に成長し、見守ってくれていたクラスメイト。
そして、転入してくることに怯えていた、ヒロインのジュリア。彼女は想像以上に純粋で、強い女性だった。
皆がいたから頑張ってこれたし、自分を信じて突き進むことが出来た。
この結末を迎えられたのは、たくさんの優しい想いがあったおかげだと思っている。
「みんな、ありがとう。頑張って式に挑んできます」
・
・
・
光の精霊殿の扉が開かれ、多くの参列者が並ぶなか、私は名前を呼ばれて登壇する。
「ライラ=コンスティ。長い選定期間を経て貴女が次期聖女に選ばれた。今回の度重なる困難をはねのけ、見事打ち勝つことが出来た貴女は聖女と呼ぶに相応しいであろう」
国王の叔父であり、光の副守護司であるカリオス公爵の声が響き渡る。
私はその言葉を感慨深く聞いていた。
私は国王の前に一歩踏み出し、膝を折り頭を下げる。
「そなたに『約束のティアラ』を授ける。王妃から聖女を引き継ぐまで大事になされよ」
頭上にそっと置かれ、ずっしりとした重みを感じる。
国への責任、国民の期待……それらがすべて詰っているような重さだった。
「ここに新たなる聖女が誕生した。この国の全てのものに祝福があらんことを!」
そう高らかに国王が宣言された。
本来ならば、両陛下が揃うはずの大式典。次期聖女の戴冠式は国王ではなく王妃が行うものだった。しかし彼女は今も優雅な牢獄に幽閉され、長い時を過ごしている。
そして先程立太子式を終えられ、正式に王太子となられたルーク様が登壇された。
多くの人に見守られるなか、国王によって婚約の儀へと移る。
国王からの誓約を受け、私達は歩み寄りルーク様が私の左手を優しく持ち上げる。
私はルーク様の声に導かれてこの世界に辿り着いた。
十二歳で記憶を呼び覚まし、ルーク様の生きる道を探して、私がその側に居られることを夢見てきた。
「ルーク様、私はもう、全身全霊をかけてあなたを好きになってもいいのですね」
その願いが叶えられようとする瞬間、思わずそんな言葉がこぼれた。
ルーク様は目を見開いて私を見つめ、その瞳は私をまっすぐに捉えて離さなかった。
「それは私の言葉だ。……やっと君に触れて、心のままに愛することができる。どうかあなたの側に寄り添う事をお許しください……ライラ」
目が離せなかった。他の何も目に入らず、ただ彼の深く真剣な眼差しに瞳が吸い寄せられる。
その彼の目が一度ゆっくりと伏せられると、ルーク様は王太子として厳かに宣誓をし、私の前に跪いた。
「新たなる聖女よ、この国の繁栄のため私に力をお与えください」
そうして私の左手の甲に、ルーク様の誓いのキスが落とされた。
二人への祝福の鐘の音が、大きく王宮中に鳴り響いた。
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