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45. 学園舞踏会 本番
しおりを挟む昨年の今頃は、女子達の間でどんなドレスにしたとか華やいだ話題で溢れていたなぁ、なんて考えていた。
本当ならジュリアも交えてそんな話をしてみたかったけれど、今のこのクラスにそんな賑やかさはない。
今日が二学期の最終日、明後日には学園舞踏会が開かれるというのに誰もその話題を上げることもなく、クラス全体で触れてはいけない話題のようになっていた。
そんなどんよりとした空気の中、迎えた当日。
家を出る頃には茜色だった空が群青色へと変わり、貴族の馬車が続々と集まってきていた。
朝の登校時と同じ光景なのに、夜というだけでどこか大人の世界へ紛れ込んだような不思議な感覚がある。もちろん降りてきた生徒達が従者を連れドレスアップしているせいもある。
侍女と共に賑やかな校舎内に足を踏み入れ、二年生の控え室へと向かった。
エントランスでは一年生がおろおろしていたり、教師に指導されていたりと相変わらず人であふれている。
私達はその間を縫うように正面の螺旋階段を上がると、そこでばったりとカトルと遭遇した。
「あら、ごきげんよう」
たまに食堂で見かけるものの、学園内でこうして直接言葉を交わすのは久しぶりだ。夏休み前までは、テラスでジュリアと食事をした時など一緒に会話を楽しんだりしていたのだけれど。
ルーク様がジュリアを独占状態にしてからは私がテラスに通うこともなくなり、自然と話す機会が減っていた。月に一度の精霊殿巡拝で顔を合わせて以来だろうか。
「もうジュリアと会った?」
私よりも高い目線からそう尋ねられた。出会った頃は私とそれほど変わらないくらいの身長だと思っていたのに、半年の間にいつの間にか追い抜かれていたらしい。大人っぽいダークブラウンのコートに身を包み、美男子に磨きがかかってきたけれど、その表情にはまだ少し子供っぽさが残っている。
「ううん、これから。彼女のオジサマがデザインされたというドレスを見るのが楽しみだわ」
今日は自分の気持ちに鞭を打って舞踏会に臨むけれど、彼女の衣装だけはとても気になっていた。
「ライラはそんなに暢気にしていていいわけ? ジュリアに負けてルーク様を取られているのに」
若干イライラした様にカトルの声が強くなる。おそらく彼は彼で、ジュリアの置かれている状況にやきもきしているのだろう。
「しーっ、声を小さくして。今日は生徒ではなく紳士淑女として振る舞えと言われているでしょう。先生がこっちを見ているわ」
小声でカトルに忠告すると、彼は溜息をついて「もういい」と去っていってしまった。
特にこれといった会話もなく別れてしまったけれど、カトルが言いたかったことはわかる。ジュリアを好きな彼としても、私に頑張ってもらわないと困るのだろう。
二年女子の控室に入ると、先日までの教室の大人しさとは打って変わって華やいだ雰囲気に包まれていた。
アネットが中心となって場を盛り上げているようで、全員部屋の真ん中に集まってドレスの鑑賞会をしていたらしい。
「皆さま、ごきげんよう。今日は楽しみましょうね」
すでに集まっていた女子全員にそう挨拶をした。
「ライラ、ごきげんよう。わぁ、今年のドレスもとても素敵ね!」
マリーを始め、皆の目が私へと注ぐ。その中でジュリアだけが表情を曇らせ、そっと視線を外した。
「ジュリア……そのドレスを選んだの?」
私はそんな彼女から目を離せず、そう呟いた。
薄い水色の、ゆるいドレープの入った清楚なドレス。
それはゲームの中ではユウリを指名する選択肢だった。
「ね、ジュリアに似合ってとても素敵なの。なのに本人は浮かない顔しちゃって」
アネットは空気を明るくしようと頑張っている。ダンスのペアの発表からぎこちなさがあったクラスだったけれど、それを終わりにしたいと考えているのは私も同じだ。
「ねぇジュリア。今日は頑張って練習してきたダンスを披露する日よ。努力した成果を出し切って、今日は目いっぱい楽しみましょう」
私がそう発破をかけると、マリーも同様に後押ししてくれた。
「そうね。ジュリアのダンス、初めのころから比べるととても上達したじゃない。自信を持って今日は楽しく踊りましょうよ」
そう言って笑いかけるマリーに、皆もうんうんと頷いた。
「……ありがとう」
小さな声でジュリアがそう言うと、俯きがちだった顔を上げてやっといつもの明るい表情を見せてくれた。
一年生の時間がそろそろ終わるらしく、私達の所へ準備に入るよう指示が入った。
去年と同じく私はディノの隣へ、マリーはエイデンの隣へと並ぶ。そして私の目の前にはルーク様とジュリアが並んで立っていた。
私から見れば羨ましい位置にいるジュリアだけど、そのジュリアも心を寄せる人とは踊れない。
元々ゲームでも、一年生のカトルと三年生のユウリ、それからマルクス先生とはこの舞踏会で正式なペアにはなれなかった。同学年ではない彼らとのイベントは、舞踏会の後にこっそりと中庭で二人だけの舞踏会を開くシーンがメインイベントとして描かれる。
そしてダンスの相手がどうやって決まるのかといえば、六種類のドレスの色選択だった。必要好感度を満たしたキャラ分だけ、紐付けされたドレスが表示される。
攻略キャラのイメージに合わせ、白のドレスはルーク様、赤ならディノといったように、水色はユウリの色となっていた。
そしてゲームでは、イベントのダブルブッキングはありえない。ユウリかカトルを選択した場合は、ダンスペアとなる人は顔も描かれないモブだった。
今思えば、それは成績下位の男子生徒とのペアということになっていたのだろう。だからルーク様とペアになった時点で、ジュリアとユウリの舞踏会は開かれずに終わってしまう。
だから、ジュリアの望みが叶うことはきっと……。
二年生の登場の時間が来た。
ホールから聞こえるメロディが止み、しばらくして再び音楽が流れ始めた。
大きな扉が開かれ、ルーク様とジュリアを先頭に私達二年生組がホールへ入場する。
練習通りの定位置に付き、すでにダンスを終えた一年生と先生方を前に礼をするとディノと向き合った。緩やかに弦楽器の音色が入り、メロディに合わせて足を運ぶ。ディノとのコンビは慣れたもので息もピッタリ合っている。……けれど、練習の時に比べて体の距離が近い。
でもそのおかげで、視界が遮られて周囲に気が散ることなく踊ることが出来た。
これって、もしかしてルーク様達が目に入らないようにしてくれているのだろうか? とそんなことを考えていたら、痛い言葉が飛んできた。
「おい、何かポカンとした顔をしてるぞ。表情も評価に入るからな」
くるりと回って身体を寄せた時に小声で囁かれた。私は慌てて開いた口を閉じて、雑念を払拭する。
そうだ、とにかく今はディノとのダンスを最高のものにすること。私は彼に身を寄せ、意識を再び集中させた。
私達が中央から捌けた後は三年生の披露となり、先程ルーク様が立っていた場所にユウリが立つ。その姿をじっと見つめていたジュリアがとても印象的だった。
ダンス披露会を終え、立食パーティの時間に移ると、周囲が一斉に賑やかになった。
一年生と三年生の盛り上がりに比べ、どこか賑やかさに欠ける二年生エリアではエイデンが大きな声を出す。
「ルークは何飲むー?」
「エイデンさん、ここは社交の場ですよ。そういうことは給仕係に静かに話しなさい」
すぐ近くにいた女性教師にエイデンは早速注意をされた。
近場にいたクラスメイト達から笑い声が漏れ、静かな空間に少し賑やかさが生まれる。
そのエイデンに呼応するように、マリーがジュリアに声を掛けた。
「ねぇ、学園とは思えないくらい豪華でしょう。 初めてだから驚いたんじゃない?」
ジュリアを促して、ルーク様から少し距離を取るように女子グループの中に入れた。
「そうね、なんだか物語の世界に間違って入ってしまったような気がするわ。豪華でキラキラしていて……本当は私なんかが来るところじゃないのに」
ジュリアはそう言って寂しそうに笑う。
「そんなことない、貴女はここに居るべき人としてここに居るの。そんなに自分を否定するようなことを言わないで」
ジュリアの表情を見ていたら私も悲しくなってしまった。
近頃の不穏な空気の中、きっと彼女にも様々な悩みや葛藤があるのだろう。それが痛いほどわかるからそう伝えた。
「そうそう、ライラの言う通りよ。学園があなたを必要として招待しているのだから、あなたは余計なことを考えなくてもいいのよ」
「初めは私たちも意地悪しちゃったけど、今ではあなたがクラスメイトで良かったと本当に思っているんだからね」
「エミリア、今それを蒸し返さなくても良くない!?」
アネットが焦ってあわあわとしている。そんなやりとりに、ジュリアに笑顔が戻った。
そう、彼女は難しい事なんて考えなくていい。
戦いに挑むのは、王妃の秘密を知る私なのだから。
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