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32. 祭りのあと

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 テラスのテーブルを三人で囲んでいると、「あれ、君たちここへ来ていたのか」とマルクス先生が声を掛けてきた。
 ジュリアを心配して庭園広場へ行ったけれど姿が見えず探していたらしい。

 そんな話を聞いていると、今度はアネットとエミリアがやってきた。
「やっぱりここにいた。あなたたちの姿が見えないからもしかしてと思ってきたけれど」
「先生、私達もここにいてもいいですか?」

 二人がそう尋ねるとマルクス先生は少し困った顔をして笑う。
「まあしかたがないね。あまり良くはないけれど、もともとこれは学園側の不手際でもあるから」

 学園のジュリアへの対応を良く思っていないマルクス先生ははっきりと『不手際』と言った。学園長からそれなりの理由は聞いたにしろ、先生も納得していないのだろう。

「では他の人も呼んできましょうよ。皆ジュリアのことを心配していたわ」
 善は急げとばかりにアネットが踵を返すと、先生が慌ててそれを止めた。

「ちょっと待って、さすがにクラス全員がここに来ることは承諾出来ないな。もし呼ぶなら三、四人ずつの入れ替わりだったら構わないよ」

 先生のその言葉を受けて、私はアネットたちを座らせた。そして私が他の生徒に声を掛けに行くことを伝える。

「二人も是非このグルメを食べてみて! 私が皆に声をかけてくるから」
「え、ライラが行くの?」

 驚いた顔をしている二人をよそに、私とマリーはテラスを後にして食堂にいるクラスメイト達に先生の言葉を伝えた。
 皆乗り気になって、じゃあこっちの食べ物もこっそり持って行ってあげようという話になり、入れ替わり立ち替わりテラスへ足を運ぶことになった。

 ディノやエイデンそしてルーク様はもちろん、二年クラスの様子を察したユウリとカトルも途中で参加して随分賑やかになったんじゃないかと思う。
 ゲーム通りならジュリアの恋愛イベントになるはずだったこのパーティ、なぜか私とマリーを選んでくれて、先生の計らいで全員が彼女と一緒に過ごすことが出来た。

 少し前まではクラスの異端であったジュリアが、今ではこうしてクラスメイトに受け入れられている。それは彼女自身が腐らずに、信頼関係を作り上げてきた結果なのだと思う。



「じゃあ、またね!」
「お茶会を開くときは招待状を送るわね」

 精霊祭が終わると長い夏休みが始まる。教室に戻った私たちはそれぞれ別れの挨拶を送りあった。そして前年と同じように、ルーク様とディノから離宮に誘われていた私達はその話をしていた。



「ではディノとエイデンは一週間後に。女子達とはその翌週だな。その時はよろしく」
 ルーク様が確認を取るようにそう言った。

「今回は大所帯だよねー。去年のメンバーに加えてユウリとカトルも参加するし、ジュリアも初参加だから賑やかになるなぁ」
 エイデンは想像を膨らませているのか楽し気に話す。

 去年の私は、ヒロインが登場する今年の夏を心配していた。私は呼ばれるのだろうかとか、ルーク様とヒロインの関係に怯えて、一人で勝手に怖がっていた。
 
 でも今はとても気持ちが落ち着いている。というより純粋に楽しみでしかなかった。
 だって今は対立するはずのヒロインは存在せず、一緒に行くのはジュリアなのだ。

 それに……彼女は今のところクラスの男子達に異性として興味を抱いていないように見える。特に攻略キャラ三人を前にしても最初から動じる様子はなかったし、今も男性として意識しているようにも見えない。
 そんな安心感もあって、恋愛面は気楽に構えていた。

「そういえばジュリアの家は馬車の用意は出来るか? 結構な距離があるし厳しいならうちが出すが」
 招待するディノがそう提案する。しかしジュリアは首を横に振って断った。

「ディノ様ありがとう、でも大丈夫です。オジサマに話をしたら喜んで用意してくれるって」

 その様子が私の脳裏にありありと浮かんで、ひとりほっこりとする。

 ジュリアの今住んでいる家は親戚のオジサマ宅なのだけれど、服飾店を経営していて結構な金持ちでもある。
 その一室を借りてお世話になるオジサマは、見た目はイケメン中身はオネエという、ハイブリット属性の隠れ人気キャラだった。
 いつもヒロインをポジティブに励まし、一緒に喜び悲しみ大切にしてくれる彼を攻略したかったとの声も多くあったほどだ。

 離宮に誘われたことを伝えた時の、大喜びしてくれたオジサマの姿を思い出して、彼の事が大好きだった私もつい懐かしさに顔がほころんでしまった。

 そんな和んだ気持ちになりながら、私達はルーク様とディノに「今年もお世話になります」と挨拶をしてお別れとなった。



 こうして、ジュリアを迎えて一学期を無事に終えることができた。
 貴族平民問題もあって長かったように感じたけれど、振り返ると結構あっという間だったような気もする。

 しかし思い返せば、二年生になってから学園で変化があった事と言えばジュリアの転入と精霊殿巡りくらいだ。
 あとは、しいて言えば精霊学の授業に魔法の実技実践が加わった程度で、マルクス先生への放課後訪問も続けていたし、クラスの関係性もジュリアのこと以外には大きな変化はなかった。


 実のところ、運命が決まる三年目に向けて、今自分が何をすべきなのかわからなくなっている。毎日が平穏過ぎて取っ掛かりが無さすぎるのだ。

 以前に王妃から、王宮の精霊殿に来たときは遊びに来てとの誘いを受けたものの、あれから数回巡拝に訪れても一度も誘われることはなかった。
 もちろんこちらから押しかけるわけにもいかず、現状は変わらず。

 それからマルクス先生への放課後の日参は続けてはいるものの、なかなか有益に思える情報を得られていない。
 相談事や雑談の中から古い話を聞きだそうとしても、肝心な部分に触れたくないのか、先生が学生だった頃の話はさりげなくかわされることが多かった。
 両親にも当時の両陛下とマルクス先生のことを聞いてみたりしたけれど、結局は学年が違う事せいか詳しいことを知らず、大した話は得られていない。


 私は就寝の支度をしてもらうと早めに侍女を下がらせ、机の上に自作の攻略ノートと日記用ノートの二冊を置いた。
 攻略ノートには、ゲームの進行やイベント内容を記した隣に、現実に起きた出来事を記録している。そして日記の方には、ゲームと関係のない日々の出来事や思ったことを書き綴ってある。

 こうして今までのことを見返してみると、これまで意識してこなかったあることに気付いた。

 まず、ゲームのストーリーに関わる重要なイベントは必ず起きているという事。
 しかしその内容は、ゲームと大幅に変わっている事。

 それが当たり前だと考えていたけれど。

 ゲームのイベントのほとんどが学園行事と重なるから今まで意識していなかったけれど、ヒロインの転入や離宮イベントなどは、少し歯車が狂えば起こらなかったかもしれない不確定なものだ。だからこそ、私は本当にヒロインが現れるだろうかとドキドキして待ち伏せしたりもした。

 でももしジュリアが地元の精霊祭で舞台に上がらず、精霊力の暴発事件がなかったら?
 そして今でもクラスの皆との溝が開いたままだったら、ジュリアは離宮イベントに参加しただろうか?

 しかし結局のところ、ゲームに沿った進行が続いている。これをどう考えるか。

 つまり、シナリオ進行は不変であり決定されたものであると見ていいのかもしれない。おそらくイベントそのものを消滅させたり回避することは出来ないと仮定しておく。

 それでは内容はというと、振り返るまでもなく大幅にゲームと変わっている。まず私自身がゲームのライラと違う行動をしているため、人間関係も大きく変わり本来なら参加できない離宮イベントにもこうして呼ばれている。

 ここが大きなポイントなのかもしれない。
 運命エンディングを変えるために、それを踏まえて考えるとしたら。

 もし毒殺未遂事件を回避できないと考えた場合、その内容を変えられるのかどうか。

 ………脳みそをこねくり回しても、今の段階では全く想像がつかない。だいたいどういう状況になれば私が毒殺事件を起こすというのだろう。王妃から勅令を受けて断れない状況に追い込まれるとか?
 それとも私という存在を通さずに事件が起きてしまうのか。
 そもそも毒殺というハードな内容を、好転させるすべなんてあるのだろうか。
 

 ジュリアとの関係が良好の今、再び王妃とルーク様の問題が立ちふさがってくる。結局のところ行きつくところはここなのだ。

 
 もし毒殺イベントが強制で起こるとしたら、回避することに頭を使うことは無駄だ。それよりも、その時にどう動くべきかを考えておくことの方が重要になってくる気がする。

 まだそんな気配すら起きていないけれど、その方向性だけでも意識していれば、何かとっかかりができた時に冷静に対応できるかもしれない。
 難易度は高いと思うけれど、それが頭にあるだけでも違うはずだ。
 転入イベントも精霊祭イベントも、内容を大幅に変えることが出来たのだから希望はある。

 それに、もう間もなく離宮へ行く。訪問すれば王妃の元へ挨拶に向かうことになる。その時にまた見えてくることがあるかもしれない。

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