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26. お弁当
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翌日。
ジュリアが心配で少し早めに登校すると彼女はすでに教室へ来ていた。
「ごきげんよう、ジュリアさん。ずいぶん早いのね」
「おはようございます。まだ学校に慣れていないから早めに来ちゃいました。大きすぎて校内を歩くだけでも時間が掛かかっちゃいますね」
えへへと人懐っこい笑みを浮かべる。
昨日はヒロインの初登場と気構えていたことと、ゲームとの照らし合わせに忙しく、しっかりとジュリアと向き合うことが出来なかった。
改めてこうして声を掛けてみると、クセもなく朗らかな雰囲気のためかとても話がしやすい。
外見の可愛らしさだけではない、こうした影を感じさせない振る舞いがヒロインとして輝かせているオーラのひとつなんだろうなと思った。
『あなた、平民のくせに聖女候補なんですって? まさかルーク様の婚約者候補筆頭である私に勝とうなんて思っていないわよね。恥ずかしい思いをしないうちに田舎に帰った方がよろしいんじゃないかしら』
これはゲームのライラの初登場シーンだ。二日目の朝にヒロインに絡みにきて、宣戦布告と同時に敵役として自己紹介を始める。
意地悪な笑みを浮かべるライラの両脇にはアネットとエミリアらしき二人を従え、さすがライラ様と崇められながら退場していく流れだった。
ジュリアに反感を抱いているアネットやエミリアは、ここまで酷い見下しをすることはないだろうと思うものの、少し心配でもあった。
ジュリアと話しながらそんな回想をしていると、そのアネットが教室に入ってきた。
「ごきげんよう、ライラ」
挨拶をされて私もそれに返すと、続けてジュリアもおはようございますと話しかけた。しかしアネットはそれには応えず、自分の席へ向かった。
その場にひんやりとした空気が漂う。
うん、今日はまだ二日目だし仕方がない。基本的にクラスメイトには根が悪い子はいないと思っているし、いずれは馴染んでくることを期待しよう。
時間はお昼となり、それを知らせる鐘が鳴って皆が食堂へ移動を始めた。
私も机の片付けをしていると、マリーが私に声を掛ける。
「ねぇ、ジュリアさんも一緒に食事に誘わない?」
見ると他のクラスメイトがそれぞれ教室を後にしていくなかで、ジュリアだけがまだポツンと席に座っている。
そうだった。
私はマリーの提案に頭を悩ませた。彼女を誘っても、おそらく貴族棟の食堂には入れない。
そのことはゲームで知っていたのに、それを単なる『お昼のターン』という認識でスルーしてしまっていた。
ゲームのヒロインは、毎日お弁当を持参し中庭のテラスで昼食をとっていた。
それは「お弁当の差し入れ」という一つのミニイベントになっていて、ゲーム攻略の一つの要素にもなっていたものだ。中庭のテラスに狙った攻略キャラを呼び出し、好物のお弁当を作って差し入れをするという、日常の小さなイベント。
なぜお弁当なのかというと、彼女は平民のため貴族棟で食事が出来ないからだ。
それをすっかり失念していた。しかし私の口から語ることが出来ないため、仕方なく彼女から説明をしてもらうことにした。
マリーの提案に同意して、私達はジュリアの席に向かう。
「ジュリアさん、もしよかったら私達と一緒に食堂に行かない?」
席に近寄ってそう声を掛けた。わかっていたことだけれど、ジュリアはふるふると首を横に振る。
「誘ってくれてありがとう。でもごめんなさい、私は皆さんと同じ食堂を利用出来ないんです。私はテラスに向かうので、お二人は気にせず行ってきてください」
そう言ってニコリと笑って送り出してくれたけれど、扉を閉める間際、寂しそうにうつむいているジュリアが目に入って心苦しくなった。
もやもやした気持を抱えながら食堂前まで来てしまったけれど、やはりこのまま放っておけないと思い足を止めた。
「マリーごめんね。今日はちょっとお昼をパスするわ」
「もしかしてジュリアさんの所へ?」
「そう。明日はちゃんと食堂に来るつもりだけど、今日はさすがに一緒にいてあげたいの。マリーは皆と一緒にしっかりランチを頂いてね」
じゃあ私も、というマリーを止めて私はテラスへ一人で向かった。
ジュリアの事は私個人の問題でもある。さすがにマリーまで付き合わせるのは申し訳なかった。
私はテラス近くの購買所に向かい、サンドイッチと紅茶を注文した。
ここには軽食や菓子類、お茶などが用意されていて、お昼には平民生徒が利用しているのを見かけることがある。
席までお持ちしますという職員の言葉を断り、私はトレイを持って辺りを見渡した。
ちらほらといる人の中にジュリアの姿を探すと、奥の方に一人でランチボックスを開けているジュリアを見つけた。
「ジュリアさん、ご一緒していいかしら?」
そう声を掛けると、彼女は目を丸くしてこちらを見上げた。
「ライラさん? どうしてここに」
「転校してきたばかりで、まだわからないことだらけで不安なんじゃないかと思って」
そうして返事を待たずに私は同じテーブルに着いた。
「一緒にランチを頂きましょう。学園の事でも王都のことでも、知りたいことや分からないことあったらなんでも聞いてね。あ、でも王都の事は私も出歩かないからあまり答えられないかも」
「そうなんですか?」
ジュリアの笑う姿を見て、私もほっとする。
そしてこの環境を彼女に強いている学園側に疑問と苛立ちを感じた。
ゲームプレイ中は何とも思わなかったお昼のイベント。
リアルで起きるとこれほど残酷な時間になるなんて思わなかった。平民として一人貴族クラスに放り込まれて、勝手に貴族の中から締め出される。
いくら平民とはいえ、生徒に対してこんな扱いをして許されるのだろうか。
ゲームだったらボタン一つで一瞬にして飛ばされる時間が、現実では逃れようのないものとしてこうして重くのしかかる。
学園側は何を考えているのだろう。ジュリアの置かれる状況なんて全く考えられてもいない。
彼女が平民だから軽んじられているのか、それともそこには何か理由があるのか。
確かに私はジュリアの存在に怯え、自分の優勢を保とうと努力をしてきた。でも何の罪もない、落ち度もない彼女をそのまま不遇な状態に置いておくことには納得がいかなかった。
ジュリアと昼食を終えて二人で教室に戻ると、ディノが一人で教室にいた。彼はいつもコース料理を頂いているとは思えない早さで食べ終わり、大抵いつも一人で帰ってしまう。
「ディノっていつも食堂から早くいなくなるけど、教室で本を読んでいたのね」
椅子に深く腰掛け足を組んで読書をしていたディノは一旦本を下ろした。
「今日は食堂に来なかったんだな。飯は食べたのか?」
私の投げた言葉には答えずに質問を返される。
「ええ、購買所で買ってね。ジュリアが貴族棟の食堂に入れないというから、今日は一緒にいようと思って」
「ふーん……」
気の抜けたような返事をして、下げていた本を持ち直し視線をそっちに戻した。
あまりジュリアに関心がないのだろうか。彼女と席の近い男子生徒はなんだかんだソワソワしながら話しかけたりしているけれど。ここまでの間に、ディノやエイデンそしてルーク様も、彼女に興味を示す様子を感じたことがない。
「わかった。俺も今度テラスに行ってみる」
「え?」
本を読んでいるように見えたディノが、一番後ろに座るジュリアに目をやりそう口を開いた。
「あいつが心配なんだろ? たまには俺も顔を出すから」
思いがけない言葉に、なんだか心がほっとして気持ちが軽くなるのがわかった。
女子生徒から冷たい態度を取られているジュリアを、どこか自分のせいだと責任を感じていたのかもしれない。そんな気持ちが、少しだけ和らいだ気がした。
ジュリアが心配で少し早めに登校すると彼女はすでに教室へ来ていた。
「ごきげんよう、ジュリアさん。ずいぶん早いのね」
「おはようございます。まだ学校に慣れていないから早めに来ちゃいました。大きすぎて校内を歩くだけでも時間が掛かかっちゃいますね」
えへへと人懐っこい笑みを浮かべる。
昨日はヒロインの初登場と気構えていたことと、ゲームとの照らし合わせに忙しく、しっかりとジュリアと向き合うことが出来なかった。
改めてこうして声を掛けてみると、クセもなく朗らかな雰囲気のためかとても話がしやすい。
外見の可愛らしさだけではない、こうした影を感じさせない振る舞いがヒロインとして輝かせているオーラのひとつなんだろうなと思った。
『あなた、平民のくせに聖女候補なんですって? まさかルーク様の婚約者候補筆頭である私に勝とうなんて思っていないわよね。恥ずかしい思いをしないうちに田舎に帰った方がよろしいんじゃないかしら』
これはゲームのライラの初登場シーンだ。二日目の朝にヒロインに絡みにきて、宣戦布告と同時に敵役として自己紹介を始める。
意地悪な笑みを浮かべるライラの両脇にはアネットとエミリアらしき二人を従え、さすがライラ様と崇められながら退場していく流れだった。
ジュリアに反感を抱いているアネットやエミリアは、ここまで酷い見下しをすることはないだろうと思うものの、少し心配でもあった。
ジュリアと話しながらそんな回想をしていると、そのアネットが教室に入ってきた。
「ごきげんよう、ライラ」
挨拶をされて私もそれに返すと、続けてジュリアもおはようございますと話しかけた。しかしアネットはそれには応えず、自分の席へ向かった。
その場にひんやりとした空気が漂う。
うん、今日はまだ二日目だし仕方がない。基本的にクラスメイトには根が悪い子はいないと思っているし、いずれは馴染んでくることを期待しよう。
時間はお昼となり、それを知らせる鐘が鳴って皆が食堂へ移動を始めた。
私も机の片付けをしていると、マリーが私に声を掛ける。
「ねぇ、ジュリアさんも一緒に食事に誘わない?」
見ると他のクラスメイトがそれぞれ教室を後にしていくなかで、ジュリアだけがまだポツンと席に座っている。
そうだった。
私はマリーの提案に頭を悩ませた。彼女を誘っても、おそらく貴族棟の食堂には入れない。
そのことはゲームで知っていたのに、それを単なる『お昼のターン』という認識でスルーしてしまっていた。
ゲームのヒロインは、毎日お弁当を持参し中庭のテラスで昼食をとっていた。
それは「お弁当の差し入れ」という一つのミニイベントになっていて、ゲーム攻略の一つの要素にもなっていたものだ。中庭のテラスに狙った攻略キャラを呼び出し、好物のお弁当を作って差し入れをするという、日常の小さなイベント。
なぜお弁当なのかというと、彼女は平民のため貴族棟で食事が出来ないからだ。
それをすっかり失念していた。しかし私の口から語ることが出来ないため、仕方なく彼女から説明をしてもらうことにした。
マリーの提案に同意して、私達はジュリアの席に向かう。
「ジュリアさん、もしよかったら私達と一緒に食堂に行かない?」
席に近寄ってそう声を掛けた。わかっていたことだけれど、ジュリアはふるふると首を横に振る。
「誘ってくれてありがとう。でもごめんなさい、私は皆さんと同じ食堂を利用出来ないんです。私はテラスに向かうので、お二人は気にせず行ってきてください」
そう言ってニコリと笑って送り出してくれたけれど、扉を閉める間際、寂しそうにうつむいているジュリアが目に入って心苦しくなった。
もやもやした気持を抱えながら食堂前まで来てしまったけれど、やはりこのまま放っておけないと思い足を止めた。
「マリーごめんね。今日はちょっとお昼をパスするわ」
「もしかしてジュリアさんの所へ?」
「そう。明日はちゃんと食堂に来るつもりだけど、今日はさすがに一緒にいてあげたいの。マリーは皆と一緒にしっかりランチを頂いてね」
じゃあ私も、というマリーを止めて私はテラスへ一人で向かった。
ジュリアの事は私個人の問題でもある。さすがにマリーまで付き合わせるのは申し訳なかった。
私はテラス近くの購買所に向かい、サンドイッチと紅茶を注文した。
ここには軽食や菓子類、お茶などが用意されていて、お昼には平民生徒が利用しているのを見かけることがある。
席までお持ちしますという職員の言葉を断り、私はトレイを持って辺りを見渡した。
ちらほらといる人の中にジュリアの姿を探すと、奥の方に一人でランチボックスを開けているジュリアを見つけた。
「ジュリアさん、ご一緒していいかしら?」
そう声を掛けると、彼女は目を丸くしてこちらを見上げた。
「ライラさん? どうしてここに」
「転校してきたばかりで、まだわからないことだらけで不安なんじゃないかと思って」
そうして返事を待たずに私は同じテーブルに着いた。
「一緒にランチを頂きましょう。学園の事でも王都のことでも、知りたいことや分からないことあったらなんでも聞いてね。あ、でも王都の事は私も出歩かないからあまり答えられないかも」
「そうなんですか?」
ジュリアの笑う姿を見て、私もほっとする。
そしてこの環境を彼女に強いている学園側に疑問と苛立ちを感じた。
ゲームプレイ中は何とも思わなかったお昼のイベント。
リアルで起きるとこれほど残酷な時間になるなんて思わなかった。平民として一人貴族クラスに放り込まれて、勝手に貴族の中から締め出される。
いくら平民とはいえ、生徒に対してこんな扱いをして許されるのだろうか。
ゲームだったらボタン一つで一瞬にして飛ばされる時間が、現実では逃れようのないものとしてこうして重くのしかかる。
学園側は何を考えているのだろう。ジュリアの置かれる状況なんて全く考えられてもいない。
彼女が平民だから軽んじられているのか、それともそこには何か理由があるのか。
確かに私はジュリアの存在に怯え、自分の優勢を保とうと努力をしてきた。でも何の罪もない、落ち度もない彼女をそのまま不遇な状態に置いておくことには納得がいかなかった。
ジュリアと昼食を終えて二人で教室に戻ると、ディノが一人で教室にいた。彼はいつもコース料理を頂いているとは思えない早さで食べ終わり、大抵いつも一人で帰ってしまう。
「ディノっていつも食堂から早くいなくなるけど、教室で本を読んでいたのね」
椅子に深く腰掛け足を組んで読書をしていたディノは一旦本を下ろした。
「今日は食堂に来なかったんだな。飯は食べたのか?」
私の投げた言葉には答えずに質問を返される。
「ええ、購買所で買ってね。ジュリアが貴族棟の食堂に入れないというから、今日は一緒にいようと思って」
「ふーん……」
気の抜けたような返事をして、下げていた本を持ち直し視線をそっちに戻した。
あまりジュリアに関心がないのだろうか。彼女と席の近い男子生徒はなんだかんだソワソワしながら話しかけたりしているけれど。ここまでの間に、ディノやエイデンそしてルーク様も、彼女に興味を示す様子を感じたことがない。
「わかった。俺も今度テラスに行ってみる」
「え?」
本を読んでいるように見えたディノが、一番後ろに座るジュリアに目をやりそう口を開いた。
「あいつが心配なんだろ? たまには俺も顔を出すから」
思いがけない言葉に、なんだか心がほっとして気持ちが軽くなるのがわかった。
女子生徒から冷たい態度を取られているジュリアを、どこか自分のせいだと責任を感じていたのかもしれない。そんな気持ちが、少しだけ和らいだ気がした。
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