とある最強盗賊の苦悩

水色の山葵

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第一章 記憶

10話 迷宮主(後編)

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 黒騎士に吹き飛ばされた俺の頭に撤退の二文字が浮かぶ。

「ねえ、逃げようだなんて考えて無いわよね?」

 いつの間にか隣にシアが居た。
 いや、奴の背中から殴りかかった俺の背中を黒騎士が攻撃したんだから、当然の状態か。

「いや実際、勝てそうにないって」

「貴方の本気ってその程度なの?」

「あん? なんだって?」

「貴方、自分の力に酔い知れていない? 何の苦労も無く得た力を自分の才能だと思い込んで、自分は最強になったって燥いで、子供みたいに振り回す。そんな貴方は嫌いよ」

「急になんだよ……」

「そこで見てなさい。貴方がやらないなら私1人でアイツを倒すわ」

 シアは前にでる。
 その身に風を纏う。
 どこからか出現した刺突剣を構え、彼女は更に進む。
 徐々に加速する。
 俺にすら及ばない速度、そんな能力値でアイツに勝てるはずがない。

 両方の武器が届く一歩手前まで近づいたシアは、剣を自分の身体よりももっと後ろに引き絞る。
 それを一気に解放、超加速に加えて風の加護を受けた刺突攻撃は一瞬だが、俺の攻撃速度を超えた。

「さっきの男よりは出来るようだが……生ぬるい!」

 俺の速度を一瞬超えた。
 つまりは移動速度その物が俺の速度よりも上な奴に敵う道理にはなりえない。
 それにシアのクラスは『魔術学者』、接近戦闘を出来るようなクラスではない。
 それでも、奴の剣と打ち合っている。
 通常、デュランダルと打ち合えば一方的に破壊されるはずのシアの剣には、うっすらと風がまとわりつき、剣と剣は接触する事無く打ち合っている。

 もう一度、確認する。
 シアのクラスは接近戦闘用のクラスでは無い。
 なのに、何故彼女は剣技で奴を抑え込む事が出来ているのか……
 答えなんてとっくに出ている。
 彼女は、自分の能力がこの程度だと諦めずに努力したのだろう。
 前提として魔法の才能がある事は見ていれば解る、仮に剣に風を纏わす技術が無ければ彼女は即座に敗北している。
 だが、魔法使いは剣で戦おうなんて思わないだろう。
 もしもこの世界がゲームだったら、俺は絶対にそうする。
 魔法使いなのだから魔法だけを極めるだろう。
 だが、彼女はそれで良しとはしなかったのだ。
 努力をしたのだ。
 俺とは違う。唯、一直線に前を向いて。

 俺は何をしているんだ?
 手に触れる地面のひんやりとした感覚がある。
 俺は地に手を付いたまま、こんな所で何をやっているんだ!!
 頑張れよ! 立ち上がれよ! 手を伸ばせ!
 この世界はあの世界とは違う、手を伸ばせば届く世界だ!
 それを体現した奴が目の前に居るんだ。
 だったら、何時だって諦めて来た俺なんかが、まだ諦め続けられる訳ねえだろうが!!

「しゃらくせええ!!!」

 一瞬で跳躍する。
 目の前には、既に敵がいる。
 横には仲間もいる。
 力いっぱい黒騎士を殴りつける。
 不意打ちだったのだろう。黒騎士は剣で受ける事に成功するが、力を逃がしきる事は出来ず、吹き飛んでいく。

「ああ、確かに俺の力は努力して手に入れた物じゃない。だけど、これから手に入れる物は俺が自分でつかみ取る物だ」

「その力で貴方は何を手に入れるの?」

「仲間の笑顔で、文句あるか!?」

「いいえ。それは好きよ」

 答えは出た、目的は決まった。
 なら後はそれをするだけだ。

「ごちゃごちゃと喚くな! 言いたい事が有るのなら拳で語れ。
 まずはこの俺を打倒してみろ!」

 俺は1人じゃない。
 それだけで、お前に勝つ道理には十分だ。

「『シルバーバレット』」

「『魔力増幅』」

 銀色に輝く光が極大化されて放たれる。

「こんな物!!」

 デュランダルは伊達では無い。
 光線を切り裂いた。
 物質全ての大して一方的に破壊できる。
 この能力は分子サイズの物体に対しても有効だ。
 風の刃が打ち合えていたの、収束速度が破壊速度を上回っていたに過ぎない。

 だが、別にそれが弾かれた処で問題ない。
 それは開戦の合図に過ぎないのだから。

 俺とシアは加速する。
 左右から飛んでくる拳と刺突。
 ただ、その速度は黒騎士の防御能力に及ばない。
 技量も速度もパワーも何もかもが奴に届いていない。
 だから、俺はまた頼らざるを得ない。

「来い。二枚目のカード『窃盗刀』!!」

 腰のケースが輝いた気がした。
 即座に二枚目のカードを取り出し発動する。
 これはデュランダルと同じ様に対象のステータスを強化する魔法扱いの武器だ。

「その小刀は!?」

「知っているのか?」

 だが、関係ないぜ。
 お前だって俺達の攻撃を捌くのが精一杯なんだろ。
 ならこの刀の能力にまで気を配る溶融はないよな?

 打ち合う、打ち合う。
 不滅属性を能力制御・極で完全制御する事によって窃盗刀にも不滅を付与する。
 これで一方的に破壊される事も無い。

 窃盗刀の能力はステータスの吸収。
 一度の接触で50%の確率で万全の状態の1%の攻撃力か速度を奪い取る。
 これで、殴ってりゃいずれ俺と奴の力量は逆転する。

「おのれ……。だが、それならば本気で押しつぶすまでの話!」

 そう言うと黒騎士は飛びのく。
 魔法詠唱に入った。

 奴の身体が変化する。
 黒い翼が出現し、堕天使を思わせる風貌に変わる。

「聖属性の魔力なのに魔法の属性が闇になってる? 効果は超加速と怪力」

 シアの『魔法分析』で魔法の内容を聞く。
 まだ強くなるのか……

「ねえ、負けそう?」

「いいや、アイツを見て確信するよ。俺はまだまだ強くなれる!」

「それでこそ……」


 さあ、小手先で戦おうぜ。
 ケースの重みが一気に増した。

『インビジブル』『ミリオンアイ』『シルバーバレット』『窃盗刀』それが全て三枚になる様にケースに収まっている。
 俺のデッキの全ての魔法が揃ったわけだ。

「来い小僧! これが俺の全力だ!」

「何言ってやがる、試すのは俺だ。お前の全力、俺がぶっ壊してやるよ!」

「よく言った。これが俺の全力だ!!」

 手を近づけた奴の掌の間に黒い球が収束する。
 そこから感じるエネルギーは絶対的な何かを感じる。

「属性は神聖。効果は対象の破壊」

 うっは。解り易く凶悪で単純な魔法だ。
 さあ、俺の小手先がどれだけ通用するかだな。

 取り出したカードはシルバーバレット3枚。
 一枚目のリキャストは既に完了している。

「その程度の魔法で俺に勝てると思っているのか!?」

 三枚のカードを相手に向ける。

「思ってやいないさ。俺が1人だったらな!!」

「『傲慢の堕天ルシファ―』!」

「『シルバーバレット』!!」

「『魔力増幅』!!」

 銀色の光と赤黒い光が衝突する。
 三枚の魔法が合体していても、その全てにシアのスキルが乗っていたとしても。
 それでも天使の名を冠する魔法は伊達では無い。
 シルバーバレットごと破壊しつくす勢いで放ってくる。

「所詮、人が昇る事が出来る最高点など、この程度なのだ!!」

 エネルギーの衝突は圧倒的な黒騎士の魔法が破壊の波動をまき散らす結果となった。
 その場所には勝ち誇る堕天使と俯く少女しかいない。

「奴は死んだぞ? 貴様はどうする」

 黒い球が手から浮かび上がる
 あの一発でシアを殺すには十分なエネルギーが込められた魔法だ。

 返事は無いと思ったのか、堕天使はそのエネルギーを投げる動作に入る。

「ねえ、吐き気がするからその口を閉じてくれないかしら? 人間の最高点? そんな物を言い訳にして光を手放す理由にした貴方があいつを、メイフォンを語らないで! でも一つだけ聞きたい事があるの、奴は死んだって……誰の事を言っているの?」

「お前は何を言っている……?」

「随分辛口だなお嬢様?」

「な、何処だ!? どこから響いている!?」

 魔法『インビジブル』その効果は言葉通り透明化だ。
 シアのスキルは最初からシルバーバレットには掛けられていなかった。
 透明化が強化された俺は視覚だけではなく、聴覚、嗅覚、感覚によっ感知、いや、干渉自体ができなくなっていた。

「これでちょうど100回だ」

 透明化した俺は『窃盗刀』を新たに召喚し、高速で合計100回、奴を斬りつけた。
 だが、俺から発生する光景、音、香り、接触判定は消失している。
 だが、その状態でも攻撃時の能力は発動する。
 これが今考えだした相手に気が付かれる事無く100回攻撃する手段だ。

「これで、お前の速度とパワーの50%以上を奪った事になる」

「解るわよね? 貴方にもう勝ち目は無いわ」

 堕天使は膝を折り、手を地に付けた。
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