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ナイフ

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『はい、こちら警視庁特別けいしちょうとくべつ捜査課特別そうさかとくべつ異能班いのうはん山田やまだが承る』
「あのー、すいません。保持者の方が未来を不必要に信じて、殺してくれと懇願するのを断ったら、自殺して罪をなすりつけてやると言った供述をしてまして…」
『保持者と今一緒にいるんですか』
「え、あ、はい。目の前に。今は座りこんで…笑ってます」
『今すぐその場から離れろ!』
「えっ」
「あはっ!あはは!これで柊くんとのフラグが立った!柊くんは主人公、里見愛のものなんかじゃない!私、天杉結利のものだ!!!!」
「ちょ、ちょっと…!」

 然るべき機関へ電話した所、今すぐ離れろと警察官の怒声が携帯電話から響く。
 天杉さんは意味不明な供述と共にナイフの先端を両手で挟み込み、勢いよく自身の腹に向けて突き刺した。
 柄が向けられた方向にはあたしがいるので、冤罪をふっかけようとした努力だけは認めるが…。
 そのナイフにあたしの指紋がついていなければ、リアルタイムで警察に実況中継している形だ。
 自ら通報したあたしが罪に問われることはないと思いたい。

『状況は!?』
「え、あの…天杉さん…保持者が、自分でお腹を刺して…」
『現場の住所はわかるか!?』
「正確な住所までは…歌舞伎町の、入口あたり…」
『わかった。すぐに急行する』
「よろしくお願いします…?」

 なんだか大変な騒ぎになっている。ナイフが突き刺さったまま倒れている彼女をこのままにもしておけないのだが、下手に指紋がついて犯人扱いされても困るのだ。
 天杉さんはあたしに刺されたと証言するだろうし。
 天杉さんはあたしが見てみぬふりをできないと見越して、あえて指紋のついていないナイフで自らの腹を突き刺したのか。そこまで頭が回るのならもう少し別の角度から物事を見てもらいたいものだがーー

 悪役なら、ここで天杉さんの腹部に刺さっているナイフの柄を足で踏みつけて致命傷を与える。あしは悪役じゃまいからしないけど。
 ひとまずナイフには触れず、天杉さんを放置したまま救急車を呼び、その場にしゃがみ込む。
 警察ーー特能班がくれば、きっとあたしの無実を証明してくれることだろう。

 大丈夫だ。恐れることも、怖がる必要もない。

「らしくねえなあ?駒込聖さんよ。止血もせずに放置かよ。さすがはまともな教育を受けてねえだけはある。駒込の面汚しが」
「柊…」

 天杉さんは「早くしないと柊くんが来ちゃう」と言っていた。
 あたしに関連することはすべて天杉さんの見た未来通りにはいかないと考えていたのだが。弟がこの場に居合わせたならば、100%当たらないわけではないのかもしれない。偶然かもしれないが。それに関してはあたしには判断のつかないことだ。気にしたら負けだと思った。


「お前、おもしれえ女だな。普通殺して貰えなかったからって、自分の腹刺してお前のせいだとかなんとか言って冤罪吹っ掛けるか?」
「引き下がるか殺してやるって逆にそいつを刺すだろ。特能者と保持者は頭おかしいって言うけどよ、ほんとにそうだな!狂人でさえ理解できねえんだ。カタギなんかには理解なぞできっこねーよ」
「しゅ…しゅー…く…!こ…で、しゅーくん……は…っ!私の、もの…だ…よね…?」
「いいぜ。生き残ったら遊んでやるよ」
「…ふ、ふ…!あ…っ、あはは…っ!か…賭け……勝った………!これ、で…!!!」

 これで柊くんは私のもの。

 満足そうに微笑んだ天杉さんの狂った笑いが聞こえなくなり、傍らで止血をする柊がいつ急所を抉るのかと心配になりつつ。救急隊員と警察の到着を待つ。

 ーー指定暴力団の駒込組の子どもが2人揃いも揃って、こんな所にいたら。
 共謀して天杉さんを刺殺しようとしたなんて。誘導されたりしない…よね?

 柊が出てきたせいで雲行きが怪しくなってきた。
 天杉さんの助かる確率は上がったが、あたしが警察に捕まる確率もまた上がってるのでは。
 逃げた方がいいのかな…でも、通報したのはあたしだし…。

「通報したのは君か」
「はい、あたしです」
「警視庁特別捜査課特別異能班の山田だ。隣は桐生きりゅう
「どーも、桐生でーす」
「保持者は…」
「あそこで倒れている子がそうです」
「近くにいる少年も保持者なのか?」
「保持者では…ないんじゃないかな」
「ないねえ。ボク、見たことないけど。有名人だから知ってるよ!駒込組の若頭候補でしょ?一回やりあって見たかったんだよねえ。どーも!駒込クン!おっひさ~」
「げっ。うざってえな…」

 弟は桐生と名乗った警察官と知り合いであるらしく和気あいあいとのんきに会話をしている。
 通報を行った際電話で応対してくれた山田さんが何点かあたしに天杉さんのことを話しているうちに、救急車と所轄の刑事さんたちがやってきた。
 刑事さん達は山田さんたち特能を見て迷惑そうな顔をしていたが、言葉を交わすことなく淡々と事情聴取を行う。

「駒込柊はあなたが刺したと証言しているんですよ。被害者である天杉結利もそう証言すると。あなたが刺したのではないですか」
「違います。天杉さんが自分でお腹にナイフを突き刺したんです。特能に通報している最中の出来事だったので、そちらの刑事さんには聞こえていたと思いますが」
「ああ、間違いない」
「ちっ…特能の犬が…余計な証言しやがって…。電話で聞いてただけなんだろ?嘘をついている可能性だって、」
「ーーわたし、見た」
「…君は?」
「ただの通りすがり。これからお家に帰るところ。おにいちゃんと一緒に、見た。ね、おにいちゃん」
「おー、そーだなあ。見たぜ。つーか、映像もバッチリだ。どーよ、刑事さん。疑う必要のない若い子虐めて楽しいか?」

 押し問答になりかけた所に割って入って来たのは、恐ろしく身長差のある一組の若い男女だった。
 少なく見積もっても30cmほどの身長差がある2人には見覚えがある。

 夕映ルナティックで店員として働くトーマと呼ばれていた男性と、客として訪れていた幼い少女だ。
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