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復讐者
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「お嬢」
正門から堂々と下校するのも憚られ、裏門へ続く道を歩いていれば、見覚えのある私服姿の男性が待ち構えていた。
黒のライダースジャケット、ダメージジーンズに革靴。腰回りにジャラジャラと鎖をつけた男性だ。
この男はあたしが「もういいかな」と感じると何処からともなく現れてあたしを自宅まで送迎してくれる。
いわばあたし専属の、動く足だ。
どこかしらに盗聴器や、監視カメラでも設置してあたしの動向を窺っているのだろうが、監視されてることに関して嫌悪感を抱いたことはない。
彼が丁度いいタイミングで現れることにより、助かったことの方が多いからだ。
「何個か情報を仕入れておいた」
「耳が早いことで。揉めてんの?」
「色恋沙汰でな。天杉結利は保持者認定済みの保持者だ。公表もされているので彼女の話はまず誰も信じない」
「里見愛は魅了持ち。特能判定を受けておらず、本人も無自覚のようだ。好意を抱く男性に対して性的魅力を増大させる力を持っているようだな」
「取り巻きが揃いも揃って美形揃いなのは?」
「さあ。里見愛の趣味じゃないか」
「趣味、ねえ。天杉さん?はうちの弟と相思相愛目指してるみたいだけど、里見なんとかさんの魅了がある限り難しいよね」
「そうだろうな。お嬢が興味あれば調べてはみるが、ないだろ?」
「ないねえ。他人の色恋沙汰とかどうでもいいし。ただ…天杉さん?はちょっと心配かな。あの子、極道の妻がどういうものか理解してなさそうだった」
あたしに犯罪者になるか自殺しろと究極の二択を迫っている時点で、素質はあるのだろうが。
家庭を守るのが妻の役目、など聞こえはいいが、組同士の抗争に巻き込まれて真っ先に危険な目に合うのは女だ。
抵抗するには殺すしかないし、それが嫌なら恥辱も受け入れなくてはならない。
うちの弟が好きで好きで仕方のない少女が、その弟の弱みとして人質に取られた時。
なんの力もなく抵抗できず、奇跡が起こって五体満足で弟と再会できたにしても。よほどのことがない限り、他の男に身体を許した妻など弟は興味をなくすだろう。お前のせいだと大騒ぎして、弟に捨てられるのがオチだ。辞めたほうがいい。
弟と幸せになりたいと夢見た少女。
未来で幸せになる光景を見たのか、幸せになれると本気で信じている所が、現実を見られないお花畑ちゃんというか。なんと言うか。あたしの性格や行動が異なる以上、弟の反応もまた未来で見た通りのものなるとは限らないことを早めに理解できればいいのだが…。
「お嬢にも人の心があったんだな」
「無感情に生きてはいるけど、死んだわけじゃないからね。あたしだって、思うことはあるよ。口に出した所でどうにかなる問題ではないから、口を出さないだけ」
「助けたいなら、助けてやってもいいぞ」
「いや、いいや…慈善活動なんかしたってさ、あたしとと宵にはなんのメリットもない。柊の機嫌がよくなるくらいかな」
「そうだな。お嬢に冤罪を擦り付けようとした上、死ぬか刺し殺せと命令するような女を助ける義理はない。一生涯続く責め苦の中で殺すべきだ」
「それはそれ、これはこれじゃない?天杉さんに関しては、あたしを庇わなかっただけで、冤罪でっち上げてきたのは里見なんちゃらさんの方でしょ」
「どちらを先に殺す?」
「気に食わないやつ始末してたらキリないからやめなよ…」
殺してなんて頼む性格なら「あの女ムカつく、今すぐ殺してきて」と合流してからすぐにあたしから命令したはずだ。
それが天杉さんの知る本来のあたしなのかもしれないがーーあたしが頼めば本気で相手を殺してくる宵は、あたしが殺すなと厳命した所で、あたしが見える所で殺す。それか、見えない所で殺すか。どちらにしても殺すのだ。
ーー喧嘩を売った相手が悪かった。
そうしてあたしのせいで死んだ人間の屍を眺めては、のうのうと生きているあたしの罪は如何ほどか。
人を殺し回っている宵より罪は軽いかもしれないが、大小の違いはあれども罪は罪。生きている限り死を望まれる人間であることは、重々承知の上だ。
今すぐとは言わなくとも、人はいつか死ぬ。
恨みつらみは絶対に忘れない宵の機嫌を損ねた以上、いつか必ず報復される。
あたしができることと言えば、彼女たちがこれ以上罪を重ねぬように学校をボイコットし続けることくらいだろう。
宵のご機嫌取りに精を出しても良かったが、これでも宵は忙しい身だ。
四六時中あたしと一緒にいるわけにもいかない。
特に今は、宵の復讐が佳境を迎えているみたいだから。
「お嬢はしばらく、おれの隠れ家でゆっくり羽根を伸ばしたらいい」
「羽根を伸ばし過ぎて、立派なニートになる日も近いよ」
「学生のうちは不登校だろ」
「そうかも。ねえ、宵」
「なに」
「…ほんとに、親父さんを殺すの?」
宵は現在、蛭川宵と名乗っているけれど、本来の名字は米津だ。
米津宵。
駒込組と敵対する指定暴力団米津組の嫡男であり、米津組の継承権を持つはずの青年だった。
けれど米津組は駒込組と異なり、血筋で跡取りを決めるつもりはないらしく、宵に継がせる気はない。
宵は、暴力団関係者から遠ざけて育てられたと聞いている。あたしと同じだ。
ただ、宵は男性で、心の底から自身が暴力団組長の息子であることを受け入れ、将来自身が組長となるに相応しい男性となるべく日々精進していた。
実力さえ身につければ、いつか必ず、自分こそが米津組の組長に…若頭として任命されるのだと信じていたからだ。
正門から堂々と下校するのも憚られ、裏門へ続く道を歩いていれば、見覚えのある私服姿の男性が待ち構えていた。
黒のライダースジャケット、ダメージジーンズに革靴。腰回りにジャラジャラと鎖をつけた男性だ。
この男はあたしが「もういいかな」と感じると何処からともなく現れてあたしを自宅まで送迎してくれる。
いわばあたし専属の、動く足だ。
どこかしらに盗聴器や、監視カメラでも設置してあたしの動向を窺っているのだろうが、監視されてることに関して嫌悪感を抱いたことはない。
彼が丁度いいタイミングで現れることにより、助かったことの方が多いからだ。
「何個か情報を仕入れておいた」
「耳が早いことで。揉めてんの?」
「色恋沙汰でな。天杉結利は保持者認定済みの保持者だ。公表もされているので彼女の話はまず誰も信じない」
「里見愛は魅了持ち。特能判定を受けておらず、本人も無自覚のようだ。好意を抱く男性に対して性的魅力を増大させる力を持っているようだな」
「取り巻きが揃いも揃って美形揃いなのは?」
「さあ。里見愛の趣味じゃないか」
「趣味、ねえ。天杉さん?はうちの弟と相思相愛目指してるみたいだけど、里見なんとかさんの魅了がある限り難しいよね」
「そうだろうな。お嬢が興味あれば調べてはみるが、ないだろ?」
「ないねえ。他人の色恋沙汰とかどうでもいいし。ただ…天杉さん?はちょっと心配かな。あの子、極道の妻がどういうものか理解してなさそうだった」
あたしに犯罪者になるか自殺しろと究極の二択を迫っている時点で、素質はあるのだろうが。
家庭を守るのが妻の役目、など聞こえはいいが、組同士の抗争に巻き込まれて真っ先に危険な目に合うのは女だ。
抵抗するには殺すしかないし、それが嫌なら恥辱も受け入れなくてはならない。
うちの弟が好きで好きで仕方のない少女が、その弟の弱みとして人質に取られた時。
なんの力もなく抵抗できず、奇跡が起こって五体満足で弟と再会できたにしても。よほどのことがない限り、他の男に身体を許した妻など弟は興味をなくすだろう。お前のせいだと大騒ぎして、弟に捨てられるのがオチだ。辞めたほうがいい。
弟と幸せになりたいと夢見た少女。
未来で幸せになる光景を見たのか、幸せになれると本気で信じている所が、現実を見られないお花畑ちゃんというか。なんと言うか。あたしの性格や行動が異なる以上、弟の反応もまた未来で見た通りのものなるとは限らないことを早めに理解できればいいのだが…。
「お嬢にも人の心があったんだな」
「無感情に生きてはいるけど、死んだわけじゃないからね。あたしだって、思うことはあるよ。口に出した所でどうにかなる問題ではないから、口を出さないだけ」
「助けたいなら、助けてやってもいいぞ」
「いや、いいや…慈善活動なんかしたってさ、あたしとと宵にはなんのメリットもない。柊の機嫌がよくなるくらいかな」
「そうだな。お嬢に冤罪を擦り付けようとした上、死ぬか刺し殺せと命令するような女を助ける義理はない。一生涯続く責め苦の中で殺すべきだ」
「それはそれ、これはこれじゃない?天杉さんに関しては、あたしを庇わなかっただけで、冤罪でっち上げてきたのは里見なんちゃらさんの方でしょ」
「どちらを先に殺す?」
「気に食わないやつ始末してたらキリないからやめなよ…」
殺してなんて頼む性格なら「あの女ムカつく、今すぐ殺してきて」と合流してからすぐにあたしから命令したはずだ。
それが天杉さんの知る本来のあたしなのかもしれないがーーあたしが頼めば本気で相手を殺してくる宵は、あたしが殺すなと厳命した所で、あたしが見える所で殺す。それか、見えない所で殺すか。どちらにしても殺すのだ。
ーー喧嘩を売った相手が悪かった。
そうしてあたしのせいで死んだ人間の屍を眺めては、のうのうと生きているあたしの罪は如何ほどか。
人を殺し回っている宵より罪は軽いかもしれないが、大小の違いはあれども罪は罪。生きている限り死を望まれる人間であることは、重々承知の上だ。
今すぐとは言わなくとも、人はいつか死ぬ。
恨みつらみは絶対に忘れない宵の機嫌を損ねた以上、いつか必ず報復される。
あたしができることと言えば、彼女たちがこれ以上罪を重ねぬように学校をボイコットし続けることくらいだろう。
宵のご機嫌取りに精を出しても良かったが、これでも宵は忙しい身だ。
四六時中あたしと一緒にいるわけにもいかない。
特に今は、宵の復讐が佳境を迎えているみたいだから。
「お嬢はしばらく、おれの隠れ家でゆっくり羽根を伸ばしたらいい」
「羽根を伸ばし過ぎて、立派なニートになる日も近いよ」
「学生のうちは不登校だろ」
「そうかも。ねえ、宵」
「なに」
「…ほんとに、親父さんを殺すの?」
宵は現在、蛭川宵と名乗っているけれど、本来の名字は米津だ。
米津宵。
駒込組と敵対する指定暴力団米津組の嫡男であり、米津組の継承権を持つはずの青年だった。
けれど米津組は駒込組と異なり、血筋で跡取りを決めるつもりはないらしく、宵に継がせる気はない。
宵は、暴力団関係者から遠ざけて育てられたと聞いている。あたしと同じだ。
ただ、宵は男性で、心の底から自身が暴力団組長の息子であることを受け入れ、将来自身が組長となるに相応しい男性となるべく日々精進していた。
実力さえ身につければ、いつか必ず、自分こそが米津組の組長に…若頭として任命されるのだと信じていたからだ。
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