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第二章 側仕え編

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「瘴気を許容量以上に取り込んだ聖女の末期の症状だ。……残念ながら、手の施しようがない。」



神官長が低くそう告げた瞬間、ひゅうっと私の喉が嫌な音をたてた。

……院長先生が助からない? もう会えなくなる?



私の頭は今の状況を必死に整理しようとグルグルと回り続けた。



「院長先生が……そんな……。何とか、何とかならないのですか!? 院長先生は寝ずに俺たちのために動き続けてくれたんです! そんな院長先生が助からないなんて…。」



「そのとおりだ。其方らのために、たった1人で孤児院内の瘴気を自身の身に取り込んでいたのだ。……自身の許容量を超えてな。」



「……? 院長先生がパイルと同じことを……? それはどういう」



神官長とウィルの会話をグルグルと考え込んでいた頭で聞いていたが、ウィルの一言で自分のやるべきことにたどり着いた。



そう、それは先ほどのようにもう一度歌って、私が院長先生の身体から瘴気を浄化すればいいんだ。





「神官長! 私がもう一度歌って身体から瘴気を取り除けば、院長先生は助かるのですよね!? もう一度歌う許可を」



「無駄だ。」



突然大声を出した私に驚くでもなく、神官長は無慈悲にそう告げた。

相手が上位者であることはわかっているが、無駄かどうかはやってみないとわからないはずで……。



「無駄かどうか判断するのは、やってみてからでも遅くはないはずです! ……許可がなくても歌うだけならば」



「瘴気はすでに、先程の浄化で取り除かれている。しかし、瘴気によって侵されすぎた身体の方がもうどうにもならないのだ。すでに治療が可能な段階を過ぎてしまっている。私が無駄だと言ったのは、そういう意味だ。」



つまり、院長先生に必要なのは治療ということだ。

私に医学の知識はこれっぽちもない。この世界の医療を知っている神官長が無理というのなら、それもう……。



私は膝から崩れ落ちてしまった。

どうにもならない、その絶望感に押しつぶされそうだ。



「……パイル。」



私と同じように目に涙をためているウィルが、膝をついて私の背中に手を当てた。





「ハルウォーガン其方……もう少し子供に対する言い方を考えろ。」



「其方が甘すぎるのだイングランド。事実を隠す方がよほど残酷だろう。」



「私は言い方を考えろと言っているのだ。私は事実を隠せと言っているのではない。……其方の言い方では、子どもには酷すぎると言っているのだ。……其方も孤児院長がパイルの」



すると、かすかにだが、私とウィルの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

私とウィルは、すぐに院長先生に駆け寄った。





「「院長先生!!」」



「……パ、パイル。孤児院に来てはいけないわ。ウィルもすぐに身体を休ませて……」



ウィルに視線を向けた院長先生はそこまで言うと言葉を区切って、目を見開いた。



「ウィル、痣はどうしたの……? 」



「さっき、パイルが歌ったら消えたんです! もう何ともありません!」



「……そう。わたくしは……。いえ、パイル本当にありがとう存じます。」



「みんなを助けられて本当によかったです。……だけど、院長先生との約束を守れなくて本当にごめんなさい。私、どうしてもみんなを助けたくて……。」



私がネックレスを握りしめながらそう言うと、院長先生はゆっくりと腕を上げて私の頭の上に手をのせた。



「いいえ、心優しいあなたならいつかはその力を使うものとわかっておりました。わたくしはあなたの優しを誇りに思います。……謝るのはわたくしの方です。あなたがその力を使わらざるを得ない状況にしてしまい本当にごめんなさい。あなたを守り切れなくて……本当にごめんなさい。」



「そんなことは! 院長先生はいつも私たちのことを気にかけて……」



涙があふれて仕方ない。

まともにしゃべることができないくらい、涙があふれてくる。



すると、院長先生が激しくせき込んだ。



「「院長先生!」」



「どきなさい。」



私たちと院長先生の間に割って入るように神官長が駆け寄ってきた。



「これ以上は体に障る。全員退出し、明日以降に」



「……お待ちください、神官長。再び眠りについてしまえば、私はきっともう目を覚ますことができないでしょう。ですからどうか、目のあいているうちにどうか。」



院長先生がそういうと、神官長は苦い顔をしながら院長先生を睨みつけた。



「貴方様ならご理解いただけるはずです。」



「……好きにしなさい。」



神官長はそういうと、院長先生に背中を向けて入口へと向かっていった。



「……ウィル、こちらに。」



「……院長先生。みんな、パイルのおかげでよくなったんです! 院長先生もちゃんと休めばよくなるはずです! だから……。」



「ごめんなさい、ウィル。……わたくしは、孤児院の子供たちが助かったという事実だけで、充分幸せなのです。わたくしの最後のお願いを聞いてくれますか?」





院長先生が優しげな表情で静かに告げると、ウィルは袖口で目元を強くふいた後に、院長先生に向き直った。



「あなたは、わたくしが見てきた中で一番成長したこどもです。最近では年長者として、みんなのことをよく面倒見ていましたね。……あなたの居場所を見つけることができましたか?」



「……はい。先生とみんなのおかげで見つけることができました。これからは……守り方を身につけていきます。」



「あなたなら、きっと素晴らしい力を身につけることができるでしょう。皆を……パイルをよろしくお願いしますね。」





院長先生は、ウィルの目を見て一つ頷いた。

それに対して、ウィルも何かを覚悟したような表情で院長先生の手を額に当てた。





「次に、パイル。今の状況から、今後のあなたの進む道についてある程度想像がつきます。あなたにとって、難しいことが多くあるでしょう。……守ってあげられなくて、本当にごめんなさい。」



私が必死で首を横に振ると、院長先生は言葉を区切って、私の手を握り返した。



「『パイル』という言葉は、『積み重ねる』という意味です。あなたの物事に対する姿勢、特に歌については名のとおり尊敬に値するものがあります。他のことについても、一歩一歩の積み重ねを忘れないようにしてくださいね。」



「まずは『積み重ね』をテーマとした歌をつくるところから始めますね。」



「まあ、うふふふふ。……わたくしの首元には戸棚の鍵があります。孤児院に来る前のあなたのことについて知りたい時が来たら、使ってください。」



「わ、わかりました……。」





院長先生は生気の感じられない顔に満面の笑みを浮かべた後、ゆっくりとイングランド様たちの方へと視線を向けた。



「イングランド様、そして関係者の皆さま。このような体勢の中大変恐縮ですが、孤児院を……ここにいるわたくしの子どもたちをよろしくお願いいたします。」



「ああ。パイルは私の養女とする予定だ。孤児院にも適切な者を配置しよう。……其方の望みも叶えると約束しよう。」



「……ありがとう存じます。」



イングランド様の言葉に少し驚きを見せた後、院長先生は穏やかな表情でゆっくりと目を閉じた。





「最後に、パイルの歌を聞かせてもらってもいいかしら? ……孤児院を救ってくれた歌をわたくしも聞きたいわ。」



「もちろんです、院長先生。他にもたくさんの歌がありますので、明日も明後日も……いっぱい聞いてください!」



「うふふふふふ。ありがとう存じます、パイル。」







そうして、私は『軌跡』を含めて多くの曲を歌った。

歌っている最中は、先程と同じようにきれいな光が発生した。しかし、魔力が少なくなっているからなのか、先程と比べて、淡い光がぼんやりと周りを包んで、空へと昇って行った。



私が歌っている間、イングランド様を含めて貴族の皆さんもその場で目を瞑って胸に手を当てていた。

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