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第二章 側仕え編
1つ目の願い 1つの終わり
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この領地のトップであるイングランド様に、ここまで譲歩されたとなると、私も精一杯の誠意で応えたい。
だけど、私にもやりたいことがある。正義感だけで引き受けますとは、言い切ることができない。
だから、私は私自身のためにもこの話を引きうけるんだ。
「私は、苦しんでいる人が大勢いるという事実から目を背けることはできません。私にしかできないお役目ということでしたら、謹んでお受けいたします。」
「感謝する。それで、其方は見返りに何を望むのだ?」
「……私には、夢があります。それは、私の歌を世界中に届けることです。孤児の身では、叶えることがとても難しい夢ではありますが、領主の養女そして聖女という肩書があれば、決して不可能な道ではないと思います。聖女として、領主の養女としての務めを果たすことはもちろんですが、それと同じくらい私は自分の夢のために、手にできる最大限の地位を利用させていただきます。……私が要求するものは、「歌うことの自由」具体的には、「自由に歌うことができる環境の整備」を望みます。」
私がそういうと、イングランド様は言葉の意味をしっかりと咀嚼するかのように目を閉じた。
「「自由に歌うことができる環境の整備」か……。対象の範囲が広すぎると言えなくもないが、状況によって相談していくということでよいか? もちろん、最大限其方の歌うことの自由は保障しよう。」
「ありがとうございます、イングランド様。」
「歌うことを優先して、聖女の務めや領主の養女の務めをおろそかにしないよう私がしっかり監視しよう。」
安心したのもつかの間、神官長が素晴らしい笑顔を私に向けてそういった。
私は思わず顔を引きつらせてしまった。
スパルタな神官長に監視されると宣言されてしまえば、私の生活はとんでもないものになってしまう。
「……し、神官長にご指導いただけるなんて大変ありがたいのですが、お忙しい神官長のお手を煩わせるのは気が引けるといいますか……」
「安心しなさい。其方の指導くらいで、私の業務に支障は出ない。」
客観的に見ればとても素敵な顔で素敵なセリフだけど、言われている本人の私は顔の引きつるの抑えられない。
「……ありがとうございます。ご期待に添えるように努力いたします。」
「当然だ。」
神官長と私の微笑み合戦がひと段落すると、イングランド様が口を開いた。
「それで、もう一つは何を望むのだ?」
は! そうだ!
もう一つ、私のお願いを聞いてもらえるんだった!
神官長と微笑み合戦をしている場合ではなかった。
さて、もう一つは何にしようかな。
歌に関するお願いはもう聞いてもらったから、歌以外のことで……。
うーん、すぐには思いつかないな。
これからどのような生活になるか全く想像できないから、何をお願いすればいいのかも想像しにくい。
……あとからって、可能なのかな。聞いてみよう。
「……イングランド様。大変申し訳ないのですが、もう一つのお願いはあとから要望させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なぜだ?」
「はい。私には、これからの生活について全く想像できないのです。何が必要となるのか、何を望めばいいのかがわからないのです。ですので、もう一つの要望は後日にしていただきたいのです。」
「ふむ、確かにそうだな。よかろう、もう一つは後日聞くとする。……だとすると、最初の一つの望みはあれでよいのか? 」
「はい、大丈夫です。……私にとっての歌は、人生そのものですから。」
「……ふっ、そうか。」
イングランド様は満足そうにうなずいた。
貴族としての生活が始まった後に、仮に2つ以上望みたいことができたとしても、歌に関すること以外に優先することは決してないだろう。
「なあ、パイル。」
私たちの話がひと段落するのを待っていたかのように、ウィルが静かに私の名前を呼んだ。
「どうしたの、ウィル?」
「……い、いや、その……。俺も」
すると、大きな開閉音と共に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
全員の視線が集まる中、扉を開けてたユットゲー様が大きな声をあげた。
「すぐに、孤児院長室にいらしてください! 孤児院長が……危篤状態です。」
その瞬間、私の喉はひゅっと」音を立て、心臓は激しく鼓動した。
「なんだと!? すぐに案内しろ!」
イングランド様の声が聞こえるや否や、私は孤児院長室に向けて走り出した。
ーー
孤児院長室に入ると、そこには生気の感じられない顔色をした院長先生が、ベットに横たわっていた。
「「院長先生!」」
「其方らは下がっていろ! 私が状態を確認する。」
神官長は、院長先生に駆け寄ろうとした私とウィルを大きな声で静止すると、院長先生の元へ速足で移動した。
院長先生……。
素人目にも院長先生の様子がとてつもなく悪いことが、遠目から見てもわかる。
瘴気による孤児院への多大な悪影響に対して、院長先生が自身の身も顧みずに行動していたことはウィルから聞いている。
どうか、どうか……。
すると、私の肩にそっと手が置かれた。
見ると、イングランド様が優しげな表情で私を見つめていた。
「今は、ハルウォーガンに任せておけ。ハルウォーガンは、医術も修めている。」
「そ、そうなのですね……。神官長に対処可能な症状であることを切に願います。」
「ああ、そうだな。」
神官長は途中で女性であるメイウッド公爵様を呼んで、確認をしていた。おそらく、異性では確認しづらい箇所を確認しているのだろう。
神官長は時間をかけて診察している。それはまるで、自身の判断を否定する根拠を見つけるためみたいだ。
しばらくして、神官長が診察を終えたようで、ゆっくりと私たちの方へと歩いてきた。
その表情は、これから述べることを感じさせないような完璧な無表情だ。
神官長は私たちを一通り見渡して、イングランド様に視線を向けた。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
だけど、私にもやりたいことがある。正義感だけで引き受けますとは、言い切ることができない。
だから、私は私自身のためにもこの話を引きうけるんだ。
「私は、苦しんでいる人が大勢いるという事実から目を背けることはできません。私にしかできないお役目ということでしたら、謹んでお受けいたします。」
「感謝する。それで、其方は見返りに何を望むのだ?」
「……私には、夢があります。それは、私の歌を世界中に届けることです。孤児の身では、叶えることがとても難しい夢ではありますが、領主の養女そして聖女という肩書があれば、決して不可能な道ではないと思います。聖女として、領主の養女としての務めを果たすことはもちろんですが、それと同じくらい私は自分の夢のために、手にできる最大限の地位を利用させていただきます。……私が要求するものは、「歌うことの自由」具体的には、「自由に歌うことができる環境の整備」を望みます。」
私がそういうと、イングランド様は言葉の意味をしっかりと咀嚼するかのように目を閉じた。
「「自由に歌うことができる環境の整備」か……。対象の範囲が広すぎると言えなくもないが、状況によって相談していくということでよいか? もちろん、最大限其方の歌うことの自由は保障しよう。」
「ありがとうございます、イングランド様。」
「歌うことを優先して、聖女の務めや領主の養女の務めをおろそかにしないよう私がしっかり監視しよう。」
安心したのもつかの間、神官長が素晴らしい笑顔を私に向けてそういった。
私は思わず顔を引きつらせてしまった。
スパルタな神官長に監視されると宣言されてしまえば、私の生活はとんでもないものになってしまう。
「……し、神官長にご指導いただけるなんて大変ありがたいのですが、お忙しい神官長のお手を煩わせるのは気が引けるといいますか……」
「安心しなさい。其方の指導くらいで、私の業務に支障は出ない。」
客観的に見ればとても素敵な顔で素敵なセリフだけど、言われている本人の私は顔の引きつるの抑えられない。
「……ありがとうございます。ご期待に添えるように努力いたします。」
「当然だ。」
神官長と私の微笑み合戦がひと段落すると、イングランド様が口を開いた。
「それで、もう一つは何を望むのだ?」
は! そうだ!
もう一つ、私のお願いを聞いてもらえるんだった!
神官長と微笑み合戦をしている場合ではなかった。
さて、もう一つは何にしようかな。
歌に関するお願いはもう聞いてもらったから、歌以外のことで……。
うーん、すぐには思いつかないな。
これからどのような生活になるか全く想像できないから、何をお願いすればいいのかも想像しにくい。
……あとからって、可能なのかな。聞いてみよう。
「……イングランド様。大変申し訳ないのですが、もう一つのお願いはあとから要望させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なぜだ?」
「はい。私には、これからの生活について全く想像できないのです。何が必要となるのか、何を望めばいいのかがわからないのです。ですので、もう一つの要望は後日にしていただきたいのです。」
「ふむ、確かにそうだな。よかろう、もう一つは後日聞くとする。……だとすると、最初の一つの望みはあれでよいのか? 」
「はい、大丈夫です。……私にとっての歌は、人生そのものですから。」
「……ふっ、そうか。」
イングランド様は満足そうにうなずいた。
貴族としての生活が始まった後に、仮に2つ以上望みたいことができたとしても、歌に関すること以外に優先することは決してないだろう。
「なあ、パイル。」
私たちの話がひと段落するのを待っていたかのように、ウィルが静かに私の名前を呼んだ。
「どうしたの、ウィル?」
「……い、いや、その……。俺も」
すると、大きな開閉音と共に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
全員の視線が集まる中、扉を開けてたユットゲー様が大きな声をあげた。
「すぐに、孤児院長室にいらしてください! 孤児院長が……危篤状態です。」
その瞬間、私の喉はひゅっと」音を立て、心臓は激しく鼓動した。
「なんだと!? すぐに案内しろ!」
イングランド様の声が聞こえるや否や、私は孤児院長室に向けて走り出した。
ーー
孤児院長室に入ると、そこには生気の感じられない顔色をした院長先生が、ベットに横たわっていた。
「「院長先生!」」
「其方らは下がっていろ! 私が状態を確認する。」
神官長は、院長先生に駆け寄ろうとした私とウィルを大きな声で静止すると、院長先生の元へ速足で移動した。
院長先生……。
素人目にも院長先生の様子がとてつもなく悪いことが、遠目から見てもわかる。
瘴気による孤児院への多大な悪影響に対して、院長先生が自身の身も顧みずに行動していたことはウィルから聞いている。
どうか、どうか……。
すると、私の肩にそっと手が置かれた。
見ると、イングランド様が優しげな表情で私を見つめていた。
「今は、ハルウォーガンに任せておけ。ハルウォーガンは、医術も修めている。」
「そ、そうなのですね……。神官長に対処可能な症状であることを切に願います。」
「ああ、そうだな。」
神官長は途中で女性であるメイウッド公爵様を呼んで、確認をしていた。おそらく、異性では確認しづらい箇所を確認しているのだろう。
神官長は時間をかけて診察している。それはまるで、自身の判断を否定する根拠を見つけるためみたいだ。
しばらくして、神官長が診察を終えたようで、ゆっくりと私たちの方へと歩いてきた。
その表情は、これから述べることを感じさせないような完璧な無表情だ。
神官長は私たちを一通り見渡して、イングランド様に視線を向けた。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
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