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第二章 側仕え編

カエルの子はやっぱりカエルかもしれない

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計算を手伝っていると、扉がノックされた。アルミ―が扉を開くと、楽器をのせた台車を押したマールが部屋へと入ってきた。

全部で3種類のようだ。この神殿にある楽器が3種類なだけで、もっとほかにもあるのかもしれない。


「では、好きな楽器を選びなさい。明日、どれくらい演奏できるのかテストを行う。夕食以降は、音を出さないように。楽器を選んだら、服を着替え、アルミ―から神殿業務や生活についての注意事項を聞きなさい。私は、用務があるため夕食まで席を外す。」


神官長はそういうと、2人の神官を連れてさっさと出て行ってしまった。
好きな楽器を選びなさいって……。どんな楽器かも知らないのに、解説もなしなの? 私の穏やかな心がだんだんと黒くなっていく気がする。


「……えーと、アルミ―さん。楽器の解説をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「パイルと呼ばれていましたね。私のこともマールのことも、呼び捨てで構いませんよ。それと、申し訳ないのですが、あいにく私には楽器のことはわかりません。おそらく、側仕えの中で知っている者はいないでしょう。楽器の演奏が必要となるのは、貴族の皆さまと楽師だけですからね。」


アルミ―は気真面目そうな顔を崩さずに、そう告げた。
おっ、意外にも話しやすいかもしれない。もっと、邪険にされるかもと思っていたけど、そんなことは無いのかもしれない。


「それにしても、流石は神官長ですね。神官長の人を見る目は流石と言わざるを得ません。あなたが最初に来たときは、10歳の少女に何ができるのか、無能ならば私自らが叩きだそうと思っていたのですが杞憂だった様です。楽器の方も神官長を落胆させないよう、頑張ってくださいね。」


うん、なるほど。主が主なら、その部下も部下というわけだ。アルミ―の基準は、神官長にとって必要か不必要かというわけだ。私が神官長の求める基準に達していたから、こういう普通の態度なのかもしれない。
それにしても、あの神官長にこのような信奉者がいることには少しびっくりした。あの神官2人も、アルミ―と同じ口なのだろうか。


「楽器を選び終わったら、声をかけてください。あなたの部屋に案内するのと同時に、各種案内と説明を行います。」


「……わかりました。」


私はとりあえず、外向きの笑顔をつくって返事をした。この人は敵に回すとダメな人だ。職場の逆らってはいけない先輩として、接していこう。

私は次に、マールの所に行って挨拶をすることにした。

「パイルと申します。よろしくお願いいたします。」

「……。」

目礼で返された。そして、すぐに書類仕事に戻ってしまった。寡黙なタイプなのかなと思うけど、貴族にこんな態度をとっていれば首ちょんぱをされてもおかしくはない思う。

「あー、説明していませんでしたね。マールは、声が出ないのですよ。その代わり、高い事務処理能力を持っていて、そのことを見出した神官長にお仕えしているんです。」


なるほど、そういうことか。声が出ないのならば、先程の一連の流れも納得だ。確かに、書類を捌くスピードがとても速い。神官長は確かに、人を見出す能力が高いのかもしれない。


「教えていただきありがとうございます。」


私はお礼を言って、楽器選びへと戻った。
楽器は3種類ある。1つ目は、フルートのような形をした管楽器。2つ目は、小型の鉄筋の様な楽器。3つ目は、マンドリンのような楽器だ。

どれも前世で見たことのある様な楽器だが、しっているものと微妙に形が違っている。だけど、こうしてみると面白いな。世界が異なっても、楽器はなんとなく似るんだなと。

さてと、どれを選ぼうかな……といっても、私は一目見たときから決めていたのだ。というよりは、選択肢が1つしかないのだ。

何を隠そう、私はギターも弾けるギターヴォーカルだったのだ。普段はヴォーカル専門だったが、2人体制でギターを弾くこともあった。おそらく、この楽器が1番可能性があるかな。


「アルミ―、決めました。この楽器にします。」

「……シュトラウスですね。それでは、あなたの部屋に向かいましょうか。」


この楽器の名前は、シュトラウスというのね。とても素敵な名前だ。
私は弾きたい気持ちをぐっとこらえて、アルミ―のあとをついて行った。


「ここがあなたの部屋です。男女別とはなっていますが、距離が近いのは我慢してください。といっても、神官長付側仕え用の部屋ですので、我々しか利用しないのですが。」


なるほど。とてもうれしいことに、案内された個室だった。ちょっと狭いビジネスホテルくらいだろう。孤児院の雑魚寝生活も楽しかったが、やはりプライベートな時間も欲しいものだ。


「では、軽く神殿での業務を説明します。大きく分けると、4つです。1つ、神官長の事務仕事の補佐。2つ、神官長室並びに図書室の掃除。3つ、食事の給仕。4つ、来客対応、となっています。その他雑務が少なからずありますが、それはやりながら説明します。そしてあなたはそれに加えて、楽師の業務があるかと思います。残念ながら私には楽師の業務を説明することができませんので、神官長の迷惑とならないように、神官長の御心を推し量って業務にあたってください。」


最後のは一旦おいておくとして、前半4つは事前に孤児院で説明されていたとおりだ。この業務のために、孤児院の勉強や礼儀作法、そして掃除の時間が設けられていたと言ってもいいだろう。


「わかりました。大まかな1日のスケジュールをお聞きしてもよろしいでしょうか。」

「朝は6時に朝食です。ただし、朝食の前にお祈りをするので、それまでに身支度を整えてください。7時から9時までは掃除。それから、お昼までの間は事務仕事。昼食の給仕をはさんで、13時から18時まで事務仕事。夕食の給仕をはさんで、神官長の湯あみの手伝いとなります。湯あみは同性の側仕えが手伝うので、あなたは大丈夫です。そして、21時には就寝です。側仕えの食事は、給仕の合間に交代でとることになります。加えて、神官長の要望にいつでも対応できるように、毎日寝ずの番をおきます。交代でしますので、全力で任に当たるようにしてください。」



……わー、すごく楽しそう。
何とも健康的な生活リズムのようだ。事務仕事の量がおかしなことになっているが、少ない人数で回しているのだからこんなことになってしまうのだろう。
まあ、それは頑張るしかないとして、大事なのは湯あみ後から就寝までの間は自由時間なのかどうかだ。私の歌のレッスンの時間を確保できるかは、死活問題だ。


「大変よくわかりました。……つかぬことをお聞きしますが、湯あみ後から就寝時間までの間は、自由時間という認識でよろしいでしょうか。」


私がそういうと、アルミ―は背筋がヒヤッとするような笑みを浮かべた。やっぱり、自由時間とかそういうのは側仕えの分際で言ってはいけなかったかな……。


「自由時間? 私たちは、崇高な神官長にお仕えすることを許されているのですよ。私たちの自由など、神官長に捧げるべきものです。よって、いついかなる時も神官長にお仕えできるように、自由時間も神官長に捧げるように。」


……。
後で、労働基準法を確認しておくとしよう。私は冷めそうになった視線を全力で温めなおして、笑顔で返事をした。

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