上 下
131 / 146
第三章 ウェルカムキャンプ編

128

しおりを挟む
「それはいたって普通の感覚ッスよ。俺自身も、アースの今日の魔法を見て多少なりともそういう感情は浮かんできたッスよ。だから、そんなに自分を卑下する必要はないッスよ……キル。」


ジールは、気恥ずかしそうに俺のことを「キル」と呼んだ。
……懐かしいな。俺の側近になる前は、ジールにもそう呼ばれていたな。俺とジールは紛れもなく従兄弟の関係だ。年も同じということで気安く話し、互いに名を呼び合っていたものだ。今は主従の関係として、きっちりと接してくれているが、やはりこういうのも時にはいいなと感じる。

ここからは、従兄弟で幼馴染としての時間ということで、普段なら躊躇われることを全部話そうと思う。

「ジールはアースと同じ魔導士だから比べられることもあるだろうし、互いに意識することもあるだろうな。俺も、2人には気兼ねなく過ごしてほしいと思っているが、あまり役に立てていないな。正直言って、魔導士ではない俺がどこまで口出ししていいかわからないんだ。」


「キルが気にする必要はないッスよ。アルベルト殿下の側近同士も同じように、同じ役割の側近は比べられるものッスからね。」


「そうか……俺にできることがあったら言ってくれ。それにしても、ジールも多少なりともアースにそういう感情を抱いていたんだな。」


「そりゃー、抱くッスよ。だけど、今は尊敬の念の方が高いッスよ。魔法は、生まれ持った先天的な才能、属性や魔力量がものをいうッス。魔力制御の技術も先天的な才能がかかわってくるッスね。」


ジールはそういうと、そこで言葉を区切って、お茶をカップへと注いだ。俺も残り少ないお茶をいっきに飲み干し、ジールに差し出した。
ジールが言った先天的な魔導士としての才能は、アースがすべて高いレベルで持ち合わせているものだ。ジールはアースと同じレベルで魔法制御の技術は持ち合わせているが、属性と魔力量ではアースに劣るというのが客観的な評価だ。


「だけど、いくら魔力量が多く属性が豊かでも、発想力が豊かで新しい魔法を思いついても、それを支えるのは集中力と途方もない反復練習ッスよ。己の魔力を制御し、魔法を発動し持続させ、複数の思考を処理するための集中力に加え、いついかなる時も詠唱の途中で噛まずに、そして同レベルの魔法の質を保つのための反復練習ッス。ここが、魔導士の腕の見せ所ッスね。今日のアースを見てれば、2年間でどれだけの訓練を行ったのか、はっきりとわかるッスよ。何食わぬ顔で平然と上級魔法を連発し、攻撃魔法とは違い繊細でかつ緻密な魔力制御が要求される回復魔法で不可能とされた魔力回路を治療して、さらに回復魔法の発動中も会話をし、改善点を見つけていたッス。さらっとやっているから誰でもできることだと勘違いされると思うッスけど、その裏には途方もない努力がつみ重ねられているッス。同じ魔導士として本当に尊敬するッス。」



……ジールは、俺よりもアースのことをしっかり見て理解しているんだな。アースがあまりにも自然に回復魔法を行使して治療するものだから結果だけに目が行きがちだったが、その「自然」にとは本当に途方もない努力が必要なんだと気づかされた。



「だからキルがやるべきことは、アースに引け目を感じることじゃない。アースの努力を見て感じて、結果だけではなく、その過程に目を配ることだ。……っと、厳しいッスけど、従兄弟として進言するッスよ。まあ、キルだけじゃなくて、俺たちもするべきことなんッスけどね。」


「………ああ、よくわかったよ。ジールもこの2年間、努力を積み重ねてきたことを俺は知っているからな。」


「それをいうなら、キルもッスよ。騎士はどうしても活躍の機会が戦いの場面に偏ってしまうから、どうしても魔導士の活躍が日常では目立っちゃうっスよね。特にアースは、戦闘以外にも回復、感知とできることが多いッスからね。あと、色々と派手ッスからね。」


「あはははははは、そうだな。特に、阿修羅丸とかな。」



俺がそういうと、上から茶色い塊が降ってきた。俺たちはすぐに警戒態勢をとったが、すぐに警戒を解いて座りなおした。


「俺様参上! 俺の名前が聞こえたから来てやったぜ。」


「別に呼んでないッスよ。まったく、どこから入ってきたんッスか?」



俺はあっけに取られてすぐに反応できなかったが、ジールは思いのほか冷静だった。
なぜだろうか……。俺はまだ、この生物に色々と付いて行くことができていないのに……。



「ふっ……。俺は特別任務のために、あらゆるところに隠し通路を持っているんだぜ。お前たちの部屋の天井から降ってくるくらい造作もないことだ。」


「なるほど、理解したッス。くれぐれも魔物になれていない人や女性にはやらないように気を付けるッスよ。」


「うん、なぜだ? このチャーミングな姿を見れば、喜んで茶を淹れてくれるだろ?」


「チャーミングかそうでないかの前に、天井から得体の知れない生物が降ってくればビックリするものッスよ。……はいどうぞ、お茶っスよ。」




ジールはそういうと、阿修羅丸を抱きかかえてお茶と茶請けのクッキーを差し出した。
阿修羅丸はチャーミングな?手で、器用にカップを持ちお茶を飲みだした。



「………なあ、ジール。アースならわかるが、なんでそんなに自然に相手できるんだ? 俺がおかしいのだろうか?」


「なんでと言われても、阿修羅丸への対処の仕方はアースを見てればなんとなくわかるッスよ。キルは命の恩人ということで丁寧に接しているようッスけど、もう少し楽にしてもいいと思うッスよ。」

「………なるほど。」


「赤髪は意外に頭が固いのか? まさかとは思うが、脳みそまで筋肉でできている部類の騎士ではないだろうな?」



……今までは命の恩人ということで、丁寧語を使ったり丁寧に接したりしてきたが。なるほど、あまり必要なさそうだ。それに、少しイラっとしたしな。


「それは其方ではないか? 其方も剣を使っていただろう?」


「ふっ……。俺様を剣しか使えぬ者と一緒にするなど、笑止。っと、まあそんなことはどうでもいいんだ。アースのすごさについての話だったな。俺が思うアースのすごさは色々あるが……とりあえず、希少属性を高レベルで操れることだな。」



確かに、それもあるな。希少属性ということは先行事例が少なく、教えを乞うことが難しいということだ。

ど、どの属性も?……俺とジールは意図していなかったが、同時に阿修羅丸をみた。

すると、扉の向こうの方で阿修羅丸の名を呼ぶアースの声が聞こえてきた。その声が聞こえるや否や、阿修羅丸は短い足で部屋の扉を蹴破った。


「俺、参上! 痛っ!」

「何してるんだよ、阿修羅丸!」


見ると、首根っこを掴まれた阿修羅丸がアースに説教されていた。
すると、隣から乾いた笑い声が聞こえてきた。


「俺の部屋の扉……。」

「明日中に直るように手配するから。……今日は、俺の部屋にくるか?」

「そうッスね、それもいいッスけど……。ここは、阿修羅丸の主に責任を取ってもらうッスよ。」


その後、謝り倒すアースと笑顔のジールという2人をとりなすことで、俺の夜は更けていった。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ
BL
リード伯爵家の三男セレストには双子の妹セシリアがいる。 十八歳になる彼女はアリオス・アンブローズ公爵の花嫁となる予定だった。 しかし式の前日にセシリアは家出してしまう。 二人の父リード伯爵はセシリアの家出を隠す為セレストに身代わり花嫁になるよう命じた。 妹が見つかり次第入れ替わる計画を告げられセレストは絶対無理だと思いながら渋々と命令に従う。 しかしアリオス公爵はセシリアに化けたセレストに対し「君を愛することは無い」と告げた。 「つまり男相手の初夜もファーストキスも回避できる?!やったぜ!!」  一気に気が楽になったセレストだったが現実はそう上手く行かなかった。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

処理中です...