上 下
80 / 146
第二章 初学院編

79

しおりを挟む
「さて、まずはここから降りた方が良いかもね。相手のA級がどのような強さを持っているかわからないけど、パワー型だったら騎士の身体強化で逃げ切れる可能性があるからね。一度、相手を確認した方が良いかもしれない。」


俺がそういうと、キルは馬車の壁を拳でたたきつけた。俺たち側近はわかっている、キルが俺たち側近を見捨てて逃げることは絶対にしないことを………。だけど、主をまもり逃がすことが俺たちの役目だ。


「キル、俺たち側近は命を懸けて戦う覚悟はできているよ。主であるキルも、覚悟を決めてほしい。何を捨ててでも生きる覚悟をね。それが、王族に生まれたキルの役目だよ。」


俺がそういうと、キルは「ギリッ」と、奥歯を強く噛みしめた。それを見てジールたち側近は、キルの肩を優しくたたいた。


「アース、ちょっといいか? 身体強化をすれば逃げ切れるというのはすこし、楽観的じゃないか? ここが町からどれくらい離れているかもわからないうえに、相手もA級だけじゃない。逃げ切るまで、魔力が持たないと考えていた方が良い。」


確かに、ローウェルの言うとおりだ。俺の考えが安直すぎた。A級の魔物相手に、力押しだけではキルを逃がすことができない。

ん………これは………。話し合いはもう終わりのようだ。


「みんな、タイムアップだよ。魔物たちが魔欲を高めて戦闘態勢に入っている。木の上でさらに馬車の中では逃げ場がないから、急いで降りてしまおう。………ただ気になる点が一つあるんだ。A級の魔物は、あまり動く気がなさそうだ。なにか企んでいるかもしれないから、頭に入れておいてほしい。」


俺がそういうと、キル以外の三人はゆっくりと頷いた。俺はキースにアイコンタクトを送って、先に降りてもらうことにした。当然だが、この高さから生身で降りることはできない。俺とジールとローウェルは、騎士の二人に背負ってもらう必要があるのだ。キースならローウェルとジールの二人を担いで降りることができるだろう。


「全員で生きて戻りましょう、主。」
「殿下、俺が必ずお守りします。」
「殿下、俺はあなたに感謝してるッスよ。だから、殿下は必ず生きてくださいッス。」


各々がキルに最大限の笑みを見せて一言言った後、キースが二人を担いで下へと飛び降りた。………俺が必ず、皆まとめて無事に逃がすから。たとえ、この身を犠牲にしてでも………。


「さあ、キル。俺達も下へ行こう。俺たちの一番の目的はキルを逃がすことだけど、それは何も俺たち自身がどうなってもいいと思っているわけではないよ。………だけど、この相手にはそういう覚悟が必要だということは理解してほしい。だからキル、最後まで俺たちを導いてほしい。最高の主に仕えていると、俺達に思わせてほしい。」


「………死なせない。もう誰も、大切な者を失いたくない。だから、俺はお前たちをあきらめない。俺にも譲れないものがあるからな。」



キルはそういうと、俺を背負うためにしゃがみこんだ。………まったく俺たちの主は、自分よりも他者を気遣うことを優先して困ったものだ。だからこそ、俺が必ず守るから。

俺はキルの背中に乗って、最後になるかもしれないその温もりを確かめながらキルと共に、下へと向かった。







――









下に降りると、キースたち三人はすでに戦闘態勢に入っていた。三人の正面には、様々な魔物たちがいた。中央にA級の魔物の魔力が感知できる。俺は中央にいるであろう、A級の魔物を探した。すると、魔物たちの間から一匹の魔物が姿を現した。その魔物を見た瞬間、俺は目を見開いて息をのんでしまった。

そこには、サルがいた。大きさはチンパンジーくらい、というのが妥当な表現だろう。そこまではいいんだ。………だけど、顔が気色悪かった。俺には人の顔と獣の顔が混ざったような顔に見える。半人面とでもいうのだろうか? なんにしろ、顔を見ているだけで鳥肌がおさまらない。もちろん、A級を前にした魔力の圧力というものもある。だけど、それ以上に顔の気味が悪すぎる。他の四人も、中央の魔物に視線が釘付けになっている。


「ヨウコソ、人間」


………は? 俺たちは、その気味の悪い魔物がいる方向から聞こえてきた声に耳を疑った。何しろ、魔物がしゃべったのだ。

魔物が人間の言葉をまねて音を発することはまれにある。だけど、意味を理解して使っているわけではない。現世のオウムなどがそうであるようにだ。だけど、この魔物は意味を分かって言葉を発しているように思える。この状況に加えて、さらなる異常事態が発生している。


「………お前、言葉を理解しているのか? その知識はどういう風に得たんだ?」


少しの間をおいてから、ローウェルが冷静にその魔物に話しかけた。流石ローウェルだ。こんな異常事態でも、冷静に情報を得ようとしている。


「コノ前サラッタ人間ニ教エサセタ。コノ男ダ。」


魔物はそういうと、首から下げていたペンダントを俺たちの方に投げた。地面に落ちたはずみで、ペンダントの蓋が開き中の写真が見えた。そこには、新婚と思われる男女二人の幸せそうな笑顔があった。この前さらったというのは、魔物の森の定期巡回で、騎士・魔導士の四人チームのうち、一人忽然と消えたあの事件の被害者だろうか?

俺達が言葉を失っていると、その魔物は人間の醜悪な部分を凝縮したような不気味な笑みを浮かべた。


「ソイツハ最後マデソノ女ノ名前ヲ呼ンデイタナ。マア、少シ拷問ヲシテ言葉ヲ教エサセタアトハ、食ッテシマッタケドナ。ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ」


………彼のことはしらないけれども、俺では推し量れないくらいの絶望に立たされたであろう。俺はゆっくりと、二人の写真を拾い上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ
BL
リード伯爵家の三男セレストには双子の妹セシリアがいる。 十八歳になる彼女はアリオス・アンブローズ公爵の花嫁となる予定だった。 しかし式の前日にセシリアは家出してしまう。 二人の父リード伯爵はセシリアの家出を隠す為セレストに身代わり花嫁になるよう命じた。 妹が見つかり次第入れ替わる計画を告げられセレストは絶対無理だと思いながら渋々と命令に従う。 しかしアリオス公爵はセシリアに化けたセレストに対し「君を愛することは無い」と告げた。 「つまり男相手の初夜もファーストキスも回避できる?!やったぜ!!」  一気に気が楽になったセレストだったが現実はそう上手く行かなかった。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

処理中です...