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第二章 初学院編

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俺は身体強化をさらに強くし、そして、剣を素早く振りぬいた。その瞬間、巨大な氷はきれいに割れ、方々へと飛んでいった。アースの方を見ると、アースはうれしそうな、そして悔しそうな表情をしていた。………成長しているのは、お前だけではないからな。アース、お前の魔法を利用させてもらうぞ。


俺は腕に最高レベルの身体強化をかけて、地面をえぐるようにアースに向かって剣を振りぬいた。それによって、地面のみぞれや土がアースに向かって飛んでいった。それに加えて、アースが降らせている雪もある。アースの視界を一瞬奪うことが可能だ。俺はそれと同時に、剣をアースに向かって投げた。俺の最高レベルの身体強化で投擲した剣だ、身体強化をしていないアースには避けることは難しいだろう。遠距離攻撃がないと思っている騎士からの投擲だ。予期していない攻撃による反応の遅れもあるだろう。

俺は剣を投げるとすぐに、足に身体強化をかけアースの所に向かって駆け出した。視界はふさがっており、アースの状態はわからないが、剣で気絶しているならよし、していないようなら視界がふさがっている今のうちに距離を詰め、体術で拘束する。

俺はまだ空中位ある土やみぞれに構わず、アースの所に向かって最速で移動した。すると、俺の剣が空中に浮いているのが見えた。ま、まさかアースに刺さっているということはないだろうな? 一応は先は潰しているため、刺さることはないはずだ。しかし、俺はこの状態を一瞬で理解した。アースの手前で、剣が浮いているのだ。つまり、アースの『氷壁』、ガードで出した氷にささっているのだ。流石アース、この投擲に反応するとは………。だけど、この距離に近づけば騎士の勝ちだ。


俺は刺さっている剣を引き抜き、アースの首筋に向かって剣を振りぬいた。



「そこまで!」


俺はその声で、というかもともと寸止めするつもりだったが、アースの首に触れるギリギリのところで、剣を止めた。


………俺の勝ちだな。



「この勝負、引き分けとする。」


………は? 
祖父上、何をおっしゃっているんだ? 俺の攻撃が、アースの首筋に届いているのが見えていらっしゃらないのだろうか?

俺は祖父上に抗議するために動こうとすると、首筋に冷気を感じた。………これは、先程からずっと当たっている雪だろうか。いや、もっと冷たいような………。俺はゆっくりと後ろを振り返った。

すると、刃上の氷が俺の首筋に二本、ぎりぎりのところで止まっていた。俺の攻撃とほぼ同時に、アースの攻撃が届いていたということだろうか? それよりも、いつ俺に攻撃をしたんだ。視界は俺が塞ぎ、俺の姿を確認できなかっただろうし、アースが魔法を発動した様子もなかった。


「………アース、いつの間に攻撃したんだ? それに、俺の姿はギリギリまで見えていなかったはずだ。」



俺がそういうと、アースはゆっくりと息を吐いて、俺の剣があるのとは反対側の首筋を示して叩いた。

あ………。確かに、お互いに武器を互いの首筋に突き付けている状態だ。万が一があってはいけない、俺とアースは同時に武器を解除した。


「攻撃したのは、キルが俺に向かって突っ込んできたときからだよ。氷は序盤の時に出した氷弾を、上空に温存しておいたんだ。キルの姿を見なくても位置を把握できたのは、魔力展開で感知ができるからだよ。魔力が微量でもあれば大体は感知できるよ。例えば、身体強化の残滓が残っている剣とかね。だから、見えなくても領域内なら感知はできるんだ。」


あの無数の氷弾のうちのいくつかを上空に隠したうえで、さらに領域内で感知もしていたのか。なんというか、引き分けにはなったものの、色々な意味で俺の負けな気がするな。



「なんというか、すごいな。初級魔法以外も使えていたら、俺は受けきれずに負けていたな。」


「何言っているんだよ、キル。剣一本で、俺の攻撃をしのぎ切って、引き分けに持ち込んだんだ。キルの実力があってこその結果だよ。」


………そんな笑顔で褒められたら、何も言えないじゃないかよ。それにしても、さっきまで本気で戦っていたとは思えないほどアースはいつも通りだな。

俺がアースについて考察していると、アースは一転して半目で俺に詰め寄ってきた。



「にしても、キル。さっきの戦いで剣を本気で投げてきたようだけど、俺が感知できずに刺さりでもしたら、どうするつもりだったんだよ!」


うっ………。それを言われると、言い訳のしようがない。アースなら防げると思っていたし、刃先をつぶしているから刺さらないと思っていた。だけど、本気の身体強化で投げたのだから、刺さらずとも大事故になっていたかもしれない。



「………それについては、俺の配慮が足りなかった。刃先も潰していたし、アースなら何とかすると思っていたんだ。すまなかった。………だが、俺もアースに言いたいことがある。俺よりも、アースの方がえげつなかったぞ! なんだよ、あのとんでもない量の氷弾や水弾は! それに、巨大な氷弾も俺が斬れなかったたら、どうしていたんだ!」


俺も負けじとアースに詰め寄ると、アースは目を泳がせて、「だって、キルなら何とかすると思っていたから、つい」などど、つぶやいていた。


お互い勝負に集中しすぎて、危険な綱渡りをしてしまったようだ。………まだまだ、未熟のようだ。


「はい、そこまで。お二人とも、勝負が終わった後の挨拶を、まだしていないのではないですか?」


すると、穏やかな口調でそう言いながら、カーナイト様が俺たちの間に割って入った。模擬戦でのはじめと最後の挨拶は、重要なことだ。俺とアースはすぐに居住まいを正して、向かい合った。



「アース、今日はありがとう。とてもいい経験になった。よかったら、また模擬戦をしてくれるか?」


「うん、もちろんだよ! 俺の方こそ、勉強になったよ。本当にありがとう、楽しかったよ。」



俺達は互いの健闘をたたえ合い、握手をした。すると、観客から大きな拍手が沸き起こった。そういえば、こんなにも多くの人たちに見られていたんだよな………。戦いに集中しすぎて、忘れてしまっていた。



「二人とも、お疲れッス! 十歳とは思えない、高レベルな戦いでしたッスよ!」



ジールの明るい声を先頭に、側近たちが駆け寄ってきた。俺とアースは、笑顔で側近たちを迎えた。


「ありがとう、ジール! やっぱり、騎士との戦闘は全然違うね! ジールにもぜひ、体験してほしいな。というよりも、定期的に行った方が良いかもしれないね。」


「俺ももちろん騎士との模擬戦はやりたいッスよ! 定期的に行うのもよさそうっスね。将来的にも騎士との連携が必要っスから、お互いのことを把握しておくのは大切ッスね。」


アースとジールの意見には、俺も賛成だ。普段とは違う相手や戦い方に触れておくのは、成長につながるだろう。

すると、キースがアースの肩を掴んだ。




「アース、次は俺と模擬戦をしてほしい。アースの攻撃をしのげれば、どんな魔導士の攻撃にも対応できる気がする。」


「それは俺からもお願いしたいけど、買いかぶりすぎだよ。俺の攻撃はまだまだ、初学院生レベルの戯れくらいだよ。」



………これには、周りにいる全員が少し引き気味の笑みを浮かべながら、頷くことしかできなかった。

微妙な空気を換えるように、ジールが俺に向かって声をかけた。


「殿下、俺と模擬戦をしてもらってもいいッスか?」

「ああ、もちろんだ。」


それから、ずっとジールに言いたかったことがある。今日、アースと戦って言わずにはいられなくなった。


「ジール、アースのライバル枠は俺がもらう。お前には絶対に負けないからな。」


俺がそういうと、ジールは一瞬目を瞬かせた後、不敵に笑ってみせた。

「もちろん、受けて立つッスよ。………ですけど、殿下にアースのライバルが務まるッスかね? 俺は現在進行で、アースと勝って負けてを繰り返しているッス。アースにまだ勝っていない殿下には、荷が重いんじゃないッスか?」


………言うようになったじゃないか、ジール。久しぶりに、ジールにカチンと来たぞ。俺は笑顔で、ジールに手を差し出した。それに対してジールは、笑顔で俺の手を握り返した。「受けて立つ」、ということだろう。


すると、アースが俺たちに駆け寄ってきた。


「ちょっと二人とも、貴族スマイルで何やってんだよ? 何があったかはわからないけど、仲よくしよう、ね? あ、そうだ。騎士と魔導士が二人ずついるし、騎士対魔導士で二対二の模擬戦をしようか! うん、そうしよう!」


アースが屈託のない笑顔でそう言った。………アース、何かが違うと思うぞ。だけど、俺たちはすっかり毒気を抜かれてしまって、頷いた。





そしてその後、少しの休憩をはさんでアースの提案通りの模擬戦が始まった。その試合では、気合の入ったアースの、まるで二度目の試合とは思えないほどの氷弾が、空中に無数に舞っていた。

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