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第二章 初学院編

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「ストレッチのやり方を教えるから、訓練後はキースと二人でやってみて。体が硬すぎるから、最初は誰かに背中を押してもらわないと難しいと思う。それから俺がマッサージで二人の身体のケアをするから、週に二、三回くらい学園の昼休みの時間をもらうね。」


「わ、わかりました。………アースはそのような知識をどこで手に入れたんだ?」


「これから回復魔法を極めたいと思っているから、そのために身体のことについて学んでいるんだよ。その過程で手に入れた知識だよ。」


まあ、もちろん前世の知識だけど、一応納得のいく理由だと思う。キルも何度か頷いて、了解の意を示した。


「じゃあ俺が背中を押すから、ゆっくりと息を吐いてみて。」



それからキルの体を傷めないように慎重に様々なストレッチを施した。どこもかしこもビックリするくらい硬すぎて、キルの体が心配になった。次に、肩回りのストレッチをしようとする過程で脇に触れると、キルの体が急にビックと震えた。

あ、痛かったかな………。



「ごめん、キル。痛かったかな………?」


「い、いや! 痛いわけではなくてだな………その、俺脇が弱くてさ………。」



キルは手のひらを口に当てて、若干耳を赤くさせてそう言った。

ちょっと待って、可愛すぎる………。このまま両脇に手を刺しこんで、指をばらばらと動かしたい! だけど、嫌われたくないからここは我慢しよう。いつかどさくさにまぎれて、手を差し込んでみようかな………。



「ご、ごめんね! 極力触らないように気を付けるから。そんなに恥ずかしがらなくても、脇は大体の人がくすぐったいんじゃないかな? 俺もそうだしさ。」


「恥ずかしがってない!」



うーん、そういう反応可愛いよな………。普段はあまり見せないけど、二人になるとこういう姿を見せてくれるから結構うれしい。



「はいはい、じゃあ続けるよ。肩回りも結構酷いみたいだからね。」


「流すなよ………。」



キルはそういいながらも、俺に体を預けてくれた。騎士だから剣をふるうため、肩回りの筋肉がやけに凝り固まっているようだ。この状態で訓練をしていたのかと思うと、ため息が出るな。





しばらく肩回りを解したから、さっきよりは軽くなったと思うけどどうだろうか? 何やらキルの口数が少ないようだけど………。



「キル、少しは軽くなったかな?」


「ああ、断然軽くなった。早く剣を振ってみたい。」



若干脳筋の風を感じるのは気のせいだろうか? 騎士団長の騎士としての実力は相当だと思うけど、指導者としては理性が少し足りないような気がする。




「うん、明日の朝付き合うよ。じゃあ次は背中ね。背中で最後だから、うつぶせになって………」


すると、俺がそういう途中でキルが後ろに倒れてきて、俺に体を預けてきた。今は俺がキルの後ろから肩を解していたから、キルの後頭部が俺の肩に預けられていて、背中も預けているからかなり密着している状態だ。


「えーと、キル? 休憩なら、椅子もあるし………。そうだ、キルの淹れたお茶も飲みたいな?」


「うーん、少しこのままがいいな。アースも休憩が必要だろ? ………いいか?」


いいかって………嫌なんて言えないよ。俺は了承の意を込めて、キルの頭を撫でた。そして最近のお気に入りの襟足をなでた。キルの襟足は伸びてくるとピョンピョンと跳ねるので愛らしいのだ。



「………ありがとう。こうして、アースと二人で過ごすのは久しぶりな気がするな。」



確かにヴィーナ様のお墓参りに行った以来、キースと二人きりというのはなかった気がする。それにしても、キルはこうして二人の時は甘えてくれるから心臓に悪い。いや、嬉しいんだよ! だけど、こんなに近くで………。



「そうだね、大体側近のみんながいるからね。あ、側近と言えば、今日ローウェルの話を聞いたよ。ローウェルは俺がここに来る前は魔導士見習いだったんだね………。」


「ローウェルはようやく話したのか………。あれは俺の監督責任もある。あの時、ローウェルの様子がおかしいことにすぐに気が付いていれば………。」



ローウェルが上級魔法を発動しようとしたのは一年次の時だ。正確な時期まではわからないけど、一年次の夏以降は、キルを取り巻く状況が変わり始めた時期だ。キルにとっても難しい時期だっただろうから、ローウェルの変化に気が付けつけなくても強くは責められないだろう。



「確かにキルやローウェルの責任はあるのかもしれない。だけど、俺個人としてはローウェルを追い詰めたローウェルの父親の、魔力量が絶対主義が一番の原因だと思ってる。ローウェルが家の中で難しい立場だと聞いたけど、ローウェルの兄上が仲裁してくれているんだよね?」


「ああ。だけど、今年貴族院に入学したことによって、家にいる時間が短くなってしまったことが気がかりだ。」



確かに心配だな………。もしかすると、夏休みの間家にいるのが嫌で、避けていた魔導士の訓練が身近にあるにもかかわらず、バルザンス家への宿泊を申し出たのかもしれない。



「そうだね………。そういえば、王族の側近になると王城にお部屋をいただけるんだよね? そこから学院に通うことはできないの?」


「いいや、まだできない。アースたちはまだ、俺の側近見習いだ。貴族院に入学して、正式な側近になるまでは部屋は与えられない。」



うーん、なるほど。まだ側近見習いなのにもかかわらず、ローウェルだけに特別部屋が与えられたら悪目立ちしてしまう。命の危険があるわけではないから、許可自体が下りるか怪しいだろう。



「俺自身はローウェルの希望をかなえてやりたいと思う。だけど俺たちはまだ初学院生で、ローウェルの父も理不尽なことをしているわけではない。家の教育方針だと言われたら、大体の大人たちは納得するだろう。………だから、俺達がローウェルの話をちゃんと聞こう。俺もローウェルの件も含めて、皆を守れるような力を手に入れられるように頑張るから。」



「うん。今日ローウェルが話をしてくれて、俺のことを信頼してくれてるのかと思ったらうれしくてさ。俺もローウェルの話をちゃんと聞くよ。もちろん他のみんなやキルの話もね。」



「ああ、よろしく頼む。」




それから色々な話をした。キルは俺が頭をなでるのをやめると、少し元気がなくなってしまうようなので、俺はキルに触れるのを楽しみながら撫でていた。こうやって見ると、キルは甘え上手だよな。



「キルってさ、甘えるのと甘えられるのどっちが好きなの?」



俺がそういうと、キルは少し視線を下に落とした。



「俺は甘えるというのがよくわからない。今は別として、家族や周りの人に甘えてもいいのかわからなかったからな。どうやって甘えればいいのかわからないんだ。」



………昔のキルならば、そういう事情でもいたしかたない。だけど、充分甘え上手だと思う。もしかすると、天然でやっているのかもしれない。でもそれをいうと、恥ずかしいからとこうして甘えてくれなくなってしまうかもしれない。


「それなら、俺がいっぱい甘やかすよ!」


「………アースの甘やかしは、子ども扱いの間違いではないか?」



うっ………そういわれればそうかもしれない。精神年齢がアラサーなのでそのような言動になってしまうのかもしれない。あれっ、じゃあ甘えるってどうやればいいのだろうか?



「………俺も甘えるというのが、どういうことなのかわからなくなってきたよ。」


「明日、他の三人にもきいてみよう。ローウェル辺りならわかるかもしれない。」



失礼だけど、キースは戦力外だと思う。意外にもジールがいい線をつくかもしれない。ローウェルは知っていても、のらりくらりとかわしてきそうな気がする。



「そうだね。じゃあ、そろそろ背中のマッサージをするよ。ベッドの上にうつぶせになってくれる?」


「ああ、わかった。………上は脱いだ方が良いか? 治療の時は、魔法が通りやすいように脱ぐことが多いのだが………。」


「ぬ、脱がなくていいよ! 見なくても、身体の構造はだいたい頭に入っているから差し支えないよ!」



俺は速攻で、お断りを告げた。キルの上裸なんて見たら、俺の許容量を超えてしまう。俺は仏顔でキルのマッサージを再開した。背中もなかなかに凝り固まっているようだ。


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