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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

88話 集結

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「元にもどせない……そういうことでしたか」
_わたくしの心臓が思い出したかのように、痛み出した。
 ここで倒れるわけにはいかない。歯を食いしばって耐えた。


「言えなかった……。フェイトに申し訳なさすぎて。だから、残りの時間は一緒にすごし、かならず解毒させるようにする。だから、一緒にきてくれ! 絶対に助けてみせる」
 白いフードからちらりと見えるブラッド殿下のお顔は真剣だった。

「いいや。まだ試していない方法がある。、絶対に試していない」
 アラン殿下の声が震えた。
「なんだ! もったいつけずに言え!」
 ブラッド殿下が怒鳴った。



「おまえが死ねば、解毒される。違うか?」
 アラン殿下は目を細め、ブラッド殿下を射ぬいた。

「やめてください! おふたりは争う理由などないのです。誤解だと認め、共に解毒する道を模索しましょう!」
 怖い顔をしているアラン殿下の手首をにぎった。

「相手は茨の魔女だ。ほかにどんな奸計や魔法を使ってくるかわからない。ここでフェイトを引き渡すわけにはいかない。それに、ブラッドは俺たちを許す気はないらしい」

 大気が震える。ブラッド殿下の憎悪を、まるで場の空気が意思を持ち、避けているようにすら感じる。

「よく言えたものだね。僕に、死ねと? 魔女のことをなにも知らないんだね。魔女が死ぬ前にはなった封印魔法はいまも解かれていない。魔女の魔法はついえない。毒がまわり、からだが著しく変化した状態で僕が死んで治るのなら、どれだけよかったか。それでフェイトが助かるなら、なんべんだって死ぬ!!! そんな簡単にはいかないんだ!!!!!」



 後ろの扉がひらいた。

 全員が、そちらをむいた。


「フェイト! 大丈夫かの?」
「アシュフォード嬢!!」
「アシュフォード様!! ご無事ですか!!!」
「姉さん! よかった……」


 召使いに抱えられたマデリンに、ジェイコブだ。よかった無事で。バルクシュタインとシリルもいた。
 そして、その後ろには――武装した男達が見えた。

「兵士を雇うのに時間がかかってしまいました! おまえたち、奥にいる白いローブの男が茨の魔女だ。やつを討ち取ったら、金貨1万追加報酬でつける! これがその誓約書だ! かかれ!」
 バルクシュタインは誓約書をかかげて、男達をなかにいれた。


「バルクシュタイン! 待ってください! いま、プラッド殿下と話しあっているところなのです」
「ごめん! ちょっと待ったあ!! アシュフォード様の言うことを聞いて。いったん、待機で」
 バルクシュタインが押しとどめると男達はおとなしくなった。

 その男達のなかで、細くて、俊敏な男がブラッド殿下に向かって飛びこんでいった。
「俺は、金がいるんだ。どうしても、娘の目を治したい」
「待ちなさい!」

 ブラッド殿下が男にむかって、手のひらをむける。


 男の前で、なにかが弾ける。男は目をぱちくりさせていた。

「その近くで息をすうな 死ぬぞ! 下がれ。娘を助けたい気持ちは尊いが、その時にお主が亡くなっておっては、見る光も陰ろうて」
 マデリンが意外にも声をはって言った。
 細い男は逃げるようにさがって、素直にマデリンにお礼を言った。
 みんながマデリンとブラッド殿下を交互に見た。


「マデリン嬢が僕の魔法を……相殺したのか? 君は、なにものなんだ」
 ブラッド殿下が首をかしげた。


「ははは。若いのう。自分が世界の中心だとでも思っておるのだろう。むろん妾にも、たしかにそういう時があった。まぶしく映る。みなまで言うでない。おまえ自身の正体が、妾の正体も浮かびあがらせる」


 ブラッド殿下の怒りに満ちた目を直視できない。白いフードのすきまから、顔に緑色の湿疹がでているのが見えた。
「……。マデリン嬢。話が違うじゃないか。なぜ、マルクール側につく? アルトメイアと話はついたはずだ。フェイトと僕を受け入れてくれると」
「妾にそれを聞くのか? たしかにここにおるのは、アルトメイアのまつりごとの一環だが、いまは極めて個人的な目的で動いておる。いまふうに言うと。そうじゃな。フリーランスという奴かの。実によき響きじゃ。かっこよかろう」
 マデリンは軽快に笑って、歯を見せた。

 そうだったのですね。マデリン。近くにいると目がくもり、わからないものです。目も見えず、歩けない、寝てばかりで。もし妹がいたら、こんな感じなのかなと、いつも心配しておりましたが。ただ、いまはマデリンの目的を探っているばあいではない。味方のようなのでそれでよし。

 ――いまは、ブラッド殿下との話し合いが優先です!


「姉さん、危険だ! ここから出よう!」
 シリルが言った。
「シリル様と一緒にここから出てください! あとはあたしたちに任せて!」
 バルクシュタインがわたくしに駆け寄ってくる。


「ブラッド殿下との話し合いはまだついておりません。わたくしが引けば、もう二度とチャンスはおとずれないかもしれません」
「もうっ!! いつもいつも、アシュフォード様はほんっんっっっっとに。強情でひとの言うことを聞かない!!」
 しょうがないな、というふうに、ため息をついて、バルクシュタインはアラン殿下とともに、わたくしの前に立った。
「シリル様、申し訳ありませんが、後ろにいてくださいませんか。もし、アシュフォード様になにかあったときには抱えて逃げてください」
 バルクシュタインの提案に、シリルがうなずく。


 バルクシュタインが隣のアラン殿下を見た。
「殿下、むかしのよしみでもういちどだけ手を組みましょう。ふたりでアシュフォード様を守るんです」
「俺ひとりでいい。危ないからさがっていろ。バルクシュタイン嬢」
「あらっ。もう、リリーとは呼んでくださらないのですね。演技だったとはいえ、つれないですね……。哀愁を感じるかな……うーん。まったく、ないな。ないです。全然悲しくはなかった。平気すぎてなんだか申し訳ないです」
「減らず口! 緊張感! しっかりしてくれ!」


「どいつもこいつも僕を……邪魔して。フェイトをもとにもどしたいだけなのに……。邪魔邪魔邪魔邪魔、みんな、消えろ」
 ブラッド殿下は静かに言った。その様子は凄みがあった。
 顔じゅうに緑の湿疹ができて、フードが魔力のようなもので浮かび上がる。


「ブラッド殿下。ふたりで話しましょう。アシュフォード家の隠された古文書に、解毒の方法について記載があります。これから一緒に見にいきましょう」
 休みの日に遊びに誘うような気安さで言った。もちろん、はったりだ。とにかくみんなと引き離して、時間が稼げるのならそれでいい。


「フェイトは優しいよね。子どもの時からそうだった。ありがとう。待っていてね。すぐに殺して、迎えにいくからね」
 ブラッド殿下は剣をかまえた。


「やめてください! 頼みます。わたくしの話を聞いてください!」
 しかし、むなしく声が響くだけだった。



「魔女に剣聖とは類を見ない、やっかいな力だ 褒めてつかわすぞ! 聞け! 妾が奴の魔法はすべて受け持つ。すまぬが、剣の相手まではできぬ。騎士殿、みなのもの、奴を封じろ! フェイトと共に逃げられてはかなわぬ」



 その声を合図に、ジェイコブがブラッド殿下に向かっていく。

 互いにすさまじい速度で剣を打ちあっているのだと思うが、見えない。
 その気迫に、雇われた兵士たちも加勢できないでいた。
「ブラッド殿下、ジェイコブ、やめてください!! お願い!!」
 わたくしはただ、叫ぶことしかできない。

 ジェイコブがすこしずつ後ろにさがってきて、劣勢になってきた。
「ぐうっっっ。剣聖と俺との距離は……まだ……こんなにある、のか」
「おまえでは勝てない! 時間がないんだ。どけ!」

 ジェイコブの剣が折れて、くるくる、と後ろに飛んできた。兵士たちがあわてて、道をあけた。
「アシュフォード嬢、逃げて――」
 ジェイコブは手刀を首に打たれ、気絶した。

「次はどいつだ!」

 兵士たちはさきほどの達人の域を見ては手を出せないでいる。

「どけ!」
 ブラッド殿下の声に兵士たちが後退した。


 ブラッド殿下がわたくしに近づいてきた。



 わたくしの前から飛び出していくものがあった。

 プラチナブランドの豊かな髪が揺れる。
 はじめから、そう動こうと決めていたかのように自然に、動いた。


 バルクシュタインだ。

「アシュフォード様に近づかないでくださいよ。ブラッド殿下!」
 バルクシュタインは両手をひらいて、進路をふさいだ。
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