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第一章 死ぬまでにしたい10のこと

15話 さあ、踊りましょう。

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「たのみますわ!!!」



 扉を思いっきり開けた!



 放課後。バルクシュタインへダンスを教えるはじめての日。

 


「いませんわね……。わたくし(先生)が先に教室入りするとは、なっていません」


 端に置いてある椅子に座る。




 5分経ってもこない。



 もぞもぞと、制服が動く。


 わたくしは周囲をうかがい、イタムをだした。


「おー。よしよしー。イタムー、最近かまっていませんでしたねー。あっは。ちょっ。くす、くすぐったいですわ。いつ見てもかわいらしい鱗。わたくしも鱗になりたい」

 イタムはわたくしの肩にのって、頬や口をちろちろと舐める。

 ひさしぶりに手に乗せて、ハンドリングを行う。イタムはわたくしの手に絡まってくる。楽しそうだ。

「そうだ! イタム、あれをやってくれない? とぐろを巻いて!」

 わたくしがクルクルと指先を回すと、イタムがとぐろを作る。

「まぁ、何度みても素晴らしいとぐろ。ここには無限が溢れています。ああ、なんという美しさかしら」 

 その中心に指を置く。そのまま顔をイタムにくっつけた。


「イタム……いま、わたくしたちはひとつです。イタムという無限の宇宙のなかにわたくしは入って――」


「かわ……」



「かわ!!?」


 声がする方にばっと、振り返った!



 いつの間に!! バルクシュタイン!!!




 手に、たくさんのタオルとハンカチを持っている! 意外と、真面目!



 くぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ。
 見られてしまったぁぁぁぁぁぁぁ。


 目が飛び出さんばかりに、わたくしとイタムを凝視しています。


「あ……あの」
 プラチナブロンドの髪をさわりながら、バルクシュタインはなにかを言いかけた。

「み、見なかったことにしてくださいませ! なんでもしますから」
 わたくしは汗をぬぐいながら、イタムをあわてて、制服にしまう。

 バルクシュタインが顔を近づけてきた。顔が、近い! 
「な、なんでもですって!! アシュフォード様。いま、なんでもしますって言いましたよね。そうですね?」

 いつものクールなバルクシュタインからは大分乖離している。人の弱みを握ると興奮するのでしょうか。この方もとんだ悪役令嬢です。

「……。ええ、女に二言はございません! だからこのことはだれにも言わないでくださいますか」

 バルクシュタインはその豊満な胸からなにかをとりだした。


 机に勢いよく、置いた。


 紙……。契約書に見えます。羽根ペンとインク。用意周到では。

「ここに、なんでもしますって書いて、サインをください。悪いようにはしません。大丈夫、大丈夫ですからね……」

 顔! 怖っ!!! 整っていた顔が邪悪に歪みすぎなのですが……。わたくしも立派な悪役令嬢になるために、この顔を是非ともマスターしたいものです。

 

 バルクシュタインのあまりの勢いに、サインしてしまったわたくし。それを満足げに胸にしまう。


「よかったら、白蛇ちゃん、あたしに見せてくれませんか」
「え……。怖くは、ないのですか」
「はい。とってもかわいいなって。アシュフォード様は蛇ちゃんのこと、大好きなのが伝わってきましたよ。しかし、白蛇は珍しい。しかも目がアシュフォード様と同じオッド・アイ。あたしの商店なら、金貨1000枚は付けます」



 嫌な予感がした。



「イタムは売り物ではありません! さっきはなんでもしますと言ってしまいましたが――」



「売りませんよ! 蛇ちゃんはアシュフォード様にとって大切な家族なのでしょう」

 バルクシュタインが微笑む。

 わたくしはおそるおそる、イタムを出す。

 イタムは人を選ぶ。いままでわたくしとエマにしか懐かなかった。
 バルクシュタインもイタムには選ばれないでしょう。


 バルクシュタインは手を伸ばす。そこに乗ったら、イタムが許した人間ということになる。


 イタムは舌を伸ばして、バルクシュタインの指を舐める。



「かわいいわ。イタム、おいで」
 囁くように、バルクシュタインは言った。



 イタムはわたくしを何度か振り返る。そして、バルクシュタインの手のひらにのった。


「まぁ。アシュフォード様。見てください。のってくれましたよ」


 驚いた。まさか、イタムが許すとは。
 しばらくイタムと遊ぶバルクシュタインを見ていた。頼むことはないと思うが、彼女をイタムの次の飼い主候補として、念のため覚えておきます。


「さぁ、時間もありません。さっそく踊りましょう」
「もうすこしだけ。だって、イタム、すっごくかわいいですよ」
「……わ、わかっていますね。この頭の形はどうです? まるで宝石のようでしょう」
「あー。ですね。流線型が綺麗です」

 イタムの魅力がわかるバルクシュタインと話し込んでしまった。



 バルクシュタインがどうしてわたくしにダンスの教えを請うのかわからなかった。嫌がらせでは、と考えていた。 つまり彼女はかなりのダンスの実力者で、元婚約者のわたくしに嫌がらせするためにお願いしてきたのでは? と邪推していた。



「ワン、ツー、ワン、ツー」
 わたくしは声を張る。

「はぁ……はぁ……」

 舞踏服に着替えさせたバルクシュタインは肩で息をしている。

「肩で息をしない! 体幹が仕事してない! 余裕を持って動く。動くときは止めとは跳ねを意識して! 顔! 顔が苦しそう! 常に笑顔。苦しくても笑いなさい!」

 バルクシュタインが床に転がる。あおむけになって、荒い呼吸をしている。

「次、床に転がったら、即、クビです。貴方は王太子妃になる方。床を舐めるような礼儀知らずではいけません」


 ぜんっっっっぜん、ダメでしたっっ。邪推したわたくしの時間を返して。こんなに踊れない令嬢ははじめてみました。



 バルクシュタインは片膝をつきつつ、荒い息のまま、立ち上がった。


「おっす、すみません。ア、アシュフォード様、あたしまだ、やれます……」

「おす? オッスとはなんでしょう。ここは子どもの剣術道場ではありません。はい、と答えなさい。言葉遣いも不自由なようでは、高度な情報戦の他国との外交で、殿下の足を引っぱります」

 
「すみません。以後、気をつけます……続き、お願い……しやす」

 根性はあるようです。しかし、言葉が変に乱れる時がある。商家出身だから、下町言葉というやつか。美麗な顔立ちとのギャップがすごい。


「今日はここまで。椅子に座って、からだを休めなさい!」
「ふー。きっつぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 水をがぶ飲みするバルクシュタイン。こんなに踊れないのに、音を上げることなく、ついてきましたね。しかし、彼女は王太子妃になる方。こんな甘い指導ではだめだ。

 わたくしは扇子で口元を隠す。
「ぜんんんんんっっっ、、、ぜんんんんんっっっん、ダメ!! こんなに踊れないデクノボー令嬢ははじめて見ましたわ。この宿題メモを空いた時間でこなしなさい」


 涙目のバルクシュタインは紙を見て驚愕する。

「腹筋100回? スクワット100回? 腕立て100回……まだある……こんなの死にます! 死ぬ前にゴリラです」

「口答え禁止! 貴方はこんなデクノボー状態で、アルトメイア帝国のダンスパーティーに招かれたらどうするの? わたくしの目の黒いうちはこんな状態で王太子妃にさせるわけにはいきません」

「鬼! 悪魔! アシュフォード様の目は赤い、素敵な目です」

 わたくしは眉をつり上げる。

「だまらっしゃいな!! 明日もこんな体たらくだったら、もう教えませんからね」

「ううー。鬼ぃー。こんなに厳しい方だったなんて……」
「わたくしは厳しいといったでしょう。さぁ、涙をふきなさい! 水分補給を忘れない事ね! あと、王太子妃修行があるばあいは、宿題を休むことを認めるので申し出ること。以上、解散!」

 涙目のバルクシュタインにタオルを手渡す。また明日と言って、教室を出る。



 わたくしに無駄な時間はありません。次の場所に向かうため、馬車に乗り込む。
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