上 下
3 / 64
第一章 コールドスリープから目覚めたらVRMMORPGの世界だった……?

第3話 セーフティ・スポット

しおりを挟む
 バロラの話によればセーフティ・スポットはダンジョン内の数少ない安全地帯とのことだ。
 古代神だかなんだかの加護のおかげで魔物も湧かず、近くにいたとしても襲ってはこないらしい。
 何の神の加護かは伝承が古すぎてよく分からないと彼女は言う。

 古代遺跡然としていた深層とは違い、中層からは洞窟のような雰囲気になっていた。
 空気も少しじめっとしている……

 深層は壁や天井がうっすらと発光していたのか多少の明るさはあったが、中層の洞窟ダンジョンからは少し暗くなっており、目で見て全容を把握することは困難だった。
 一寸先の闇に魔物がひそんでいるかもしれないと思うと恐怖を覚え、鳥肌が立つ。

 セーフティ・スポットは洞窟の中にぽっかりと空いた少し開けたスペースになっており、奥には清廉な水が湧き出る泉があった。
 その泉の脇にはいくつかテントのようなものも見られる。

 バロラが言うには、それらは冒険者がわざわざテントを持ってこなくても良いようにと過去に冒険者の有志が設置していったもので、冒険者であればだれでも自由に使って良いらしい。
 世界中に存在するダンジョンのセーフティ・スポットにはそういった冒険者用の設備があれこれと置いてあるそうだ。

 今回は先客がいるらしく、テントの内の二つはすでに誰かが使用している。
 使用されている二つのテントの内の一つから男が出てきてバロラに声をかけた。

「やぁ、バロラ。こんな所で会うなんて奇遇だな」

 髭モジャで丸眼鏡をかけた中肉中背のその男はどうやらバロラの知人の冒険者のようだ。
 灰色のローブといかにも魔術師らしい黒い三角帽子をかぶっていることから彼も魔法系の職種と思われる。

「ええ、ヨハン。久しぶりね? これから深層に潜るところなの?」
「ああ、冒険者ギルドからの依頼でな。ちょっとやっかいなクエストなんだが深層に設置されている箱の封印を解いて、中にあるものを持ち帰ってきて欲しいってことらしい。『深層』で『封印』、しかも依頼主が『魔法協会』とあっては嫌な予感しかしないが報酬が報酬だからな」

 あれ、なんか僕が眠っていた箱のことを話してないか?
 もしかしてクエストの依頼がバッティングしてしまったとかなんだろうか……?
 ヨハンと呼ばれた男は僕の存在に気づいたらしく、こちらに一瞥してまたバロラに話しかける。

「そういや、お連れさんは新しいお弟子さんかい? いくら弟子だからってセフィラ級難関ダンジョンの深層にあんな軽装備でつれてきちゃ、まずいんじゃないの?」
「うーん、弟子という訳ではないんだけど……まあ、あえて言うなら『お宝』みたいなものかしら?」
「ヒュー! 私の大事な宝物ってか? あんたらそういう関係かい?」
「何言ってるのよ、ヨハン。あなたが思うような関係じゃないわ。お金の為よ、お金の為」

 ヨハンは「難関ダンジョンの深層にいかにも足手まといな軽装備のガキを連れてくるなんて不自然だ」とは思ったようだけど、深くは追及してこなかった。
 冒険者の間にはお互いの事情には首を突っ込まないといったルールでもあるのかもしれない。

 確かに「貴族のご令嬢を暗殺者の手から守れ!」みたいなクエストに相手が取り組んでいたら、「お前が連れているのは何者だ?」と深く追求すれば暗殺者と間違われて戦闘になるというようなこともありうるだろう。
 好奇心は猫をも殺すと言う。
 トラブルを避けたければ余計なことに首を突っ込まない方が賢い。

 ヨハンはひとしきりバロラを茶化した後、手持ちのポーションが心もとないから譲ってくれと交渉を始めた。

「バロラの作るポーションは市販のものよりも効果が良いからな」
 
 と言ってるところからすると、どうやらバロラは魔女に相応しく、ポーションなんかも自分で作れるようだ。

「そう言えば深層から戻ってくる途中に巨人族ギガントに遭遇したわ。討伐した際のドロップ品があったけど、私はこの子を連れてたし、ドロップ品が重たそうな棍棒だったからそのまま放置してきちゃった。迷宮遺物なら回収したら良い儲けになるかもよ?」
「本当か!? そいつはありがてえ! じゃあポーション代には情報提供料も上乗せしてちょっと色をつけて渡さないとな♪」

 ヨハンはよっぽど嬉しかったのか、ニマニマしながらちょっと多めにバロラにお金を支払ったようだ。
 バロラにしてもどうせ持ち帰れないアイテムの情報のおかげでポーションが高く売れたから嬉しそうだ。

 ヨハンは仲間に声をかけ、いそいそと出かける準備をし、仲間たちといっしょに深層へと向かっていった。
 余程機嫌が良かったのか、出がけには僕にまで愛想よく挨拶をしていった。

「じゃあ私たちもそろそろ休憩しましょうか?」

 とバロラに声をかけられ、余っているテントの内の一つに陣取る。

 バロラは火をおこす準備をしはじめ、石を積んで作った簡単な竈に薪を組み始めた。
 手持無沙汰だったので「何か手伝うことはないか?」と尋ねたら、水を汲んできて欲しいと言われ、コッヘルのような小ぶりの鍋を渡される。
 
 泉に水を汲みに行くと、それはダンジョンの深い層にあるというのに、とても綺麗な澄んだ水をしていた。
 確かにこの泉からは神秘的なものを感じる。
 これも古代神の加護によるものということなのだろうか……?

 水を汲んで帰るとバロラがすでに火をおこした後で、鍋はそのまま火にかけられた。

 バロラは自分の鞄からパンを取り出すと、それを切り分けてくれる。
 今度はチーズを取り出し、それを串に刺して火で炙った……

 三角形の形にしっかりと成型されていたオレンジ色のチーズは、火に炙られることでそのしっかりとした輪郭がゆるんで丸みを帯びてくる。
 炙られたチーズの香ばしい香りが鼻孔をくすぐると僕のお腹が「ぐぅーっ」と鳴った。

 仮想VR空間にも関わらず、お腹が空くのはちょっと不思議な感じがしたが、お腹が空いたものは仕方がない。
 バロラは炙ったチーズをパンに載せ、僕に手渡してくれた。
 僕はバロラにお礼を言い、渡された炙りチーズ載せパンを口に運ぶ。

 食べてみて思わず、唸ってしまった。
 僕が冷凍睡眠コールド・スリープに入る前のVRゲームでも頭にかぶせた「脳とコンピュータをブレイン・コンピュータつなぐ装置・インタフェース」の機能でなんとなく甘い、なんとなくしょっぱいみたいな感覚は感じられる位まで技術は進んできていたけど、この味ははるかにそれを凌駕している。

 パンの柔らかな食感、炙られたチーズの香ばしさ、芳醇なうまみとコクといった味わいはほとんど現実と遜色がない――あるいは普段味わっているパンよりも美味しく感じられるくらいのクオリティだ。
 僕が眠っている間にそれだけ技術が進んだということなのだろう……

 僕がパンの味に感心している間に鍋の湯も沸いたようで、バロラはそれを使ってお茶を淹れてくれた。
 鍋で煮だしたお茶は銅のような赤茶色い金属で造られたカップに注がれ、そこに更にハチミツが加えられる。

 お茶っぱと一緒に生姜も入れていたのか、仄かに生姜の良い香りも漂ってくる。
 そのさわやかで木のようなウッディな甘い香りは不気味な洞窟のような空間に晒され、緊張で凝り固まっていた僕の心を優しくほぐしてくれる。

 ハチミツ生姜入りのお茶を受け取り、それを口に入れるとまたも豊かな味わいが広がる。
 生姜の効果なのか身体もポカポカ温かく感じられ、味だけでなくそんなことまで再現できるようになったんだなと思うと感動するとともに、いったい自分が眠りについてから何年過ぎたんだと少し不安な気持ちになる。

 僕は出会った当初から気になっていることを思い切ってバロラに聞いてみることにした。
「ねえ、バロラ。ちょっと変な質問になっちゃかもしれないけど、一つ聞いても良い?」
「ええ、良いわよ」
「バロラってひょっとしてさ……」
「うん……?」
「僕のお姉ちゃんだったりする?」

「――――はぁ?」
 少しの沈黙の後、バロラの素っ頓狂な声がセーフティ・スポットにこだまする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

アルケディア・オンライン ~のんびりしたいけど好奇心が勝ってしまうのです~

志位斗 茂家波
ファンタジー
新入社員として社会の波にもまれていた「青葉 春」。 社会人としての苦労を味わいつつ、のんびりと過ごしたいと思い、VRMMOなるものに手を出し、ゆったりとした生活をゲームの中に「ハル」としてのプレイヤーになって求めてみることにした。 ‥‥‥でも、その想いとは裏腹に、日常生活では出てこないであろう才能が開花しまくり、何かと注目されるようになってきてしまう…‥‥のんびりはどこへいった!? ―― 作者が初めて挑むVRMMOもの。初めての分野ゆえに稚拙な部分もあるかもしれないし、投稿頻度は遅めだけど、読者の皆様はのんびりと待てるようにしたいと思います。 コメントや誤字報告に指摘、アドバイスなどもしっかりと受け付けますのでお楽しみください。 小説家になろう様でも掲載しています。 一話あたり1500~6000字を目途に頑張ります。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

超リアルなVRMMOのNPCに転生して年中無休働いていたら、社畜NPCと呼ばれていました

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
★お気に入り登録ポチリお願いします! 2024/3/4 男性向けホトラン1位獲得  難病で動くこともできず、食事も食べられない俺はただ死を待つだけだった。  次に生まれ変わったら元気な体に生まれ変わりたい。  そんな希望を持った俺は知らない世界の子どもの体に転生した。  見た目は浮浪者みたいだが、ある飲食店の店舗前で倒れていたおかげで、店主であるバビットが助けてくれた。  そんなバビットの店の手伝いを始めながら、住み込みでの生活が始まった。  元気に走れる体。  食事を摂取できる体。  前世ではできなかったことを俺は堪能する。  そんな俺に対して、周囲の人達は優しかった。  みんなが俺を多才だと褒めてくれる。  その結果、俺を弟子にしたいと言ってくれるようにもなった。  何でも弟子としてギルドに登録させると、お互いに特典があって一石二鳥らしい。  ただ、俺は決められた仕事をするのではなく、たくさんの職業体験をしてから仕事を決めたかった。  そんな俺にはデイリークエストという謎の特典が付いていた。  それをクリアするとステータスポイントがもらえるらしい。  ステータスポイントを振り分けると、効率よく動けることがわかった。  よし、たくさん職業体験をしよう!  世界で爆発的に売れたVRMMO。  一般職、戦闘職、生産職の中から二つの職業を選べるシステム。  様々なスキルで冒険をするのもよし!  まったりスローライフをするのもよし!  できなかったお仕事ライフをするのもよし!  自由度が高いそのゲームはすぐに大ヒットとなった。  一方、職業体験で様々な職業別デイリークエストをクリアして最強になっていく主人公。  そんな主人公は爆発的にヒットしたVRMMOのNPCだった。  なぜかNPCなのにプレイヤーだし、めちゃくちゃ強い。  あいつは何だと話題にならないはずがない。  当の本人はただただ職場体験をして、将来を悩むただの若者だった。  そんなことを知らない主人公の妹は、友達の勧めでゲームを始める。  最強で元気になった兄と前世の妹が繰り広げるファンタジー作品。 ※スローライフベースの作品になっています。 ※カクヨムで先行投稿してます。 文字数の関係上、タイトルが短くなっています。 元のタイトル 超リアルなVRMMOのNPCに転生してデイリークエストをクリアしまくったら、いつの間にか最強になってました~年中無休働いていたら、社畜NPCと呼ばれています〜

給料の大半を課金に使い続けヒキニートの友人とパーティ組んでいたらゲームの世界に転生して最強になっていた。

みみっく
ファンタジー
独身、彼女なしの主人公がオンラインゲームにハマり数年、オンラインゲームでの友人とパーティを組み遊んでいると、他のヤツはニートの引き籠もりで、俺だけ会社員だったので給与、ボーナスの話をすると、唆されているのは承知で……ほぼ全額課金をする程にハマっていた。ある日、パーティメンバーと共に俺のレベル上げに付き合ってもらいレベル上げをしていると、気付いたら朝方になってしまい。僅かな仮眠を取り出社をしてなんとか午前を眠さと闘い働き終え、昼食を取り腹が満たされると寝不足もあり強い眠気が襲ってくると意識が直ぐに失われ気付くと、そこは……

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...