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【第二部】一章

01

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 「ドレスを一着作ってほしいの」

 そう言って目の前の女の子は紅茶をすすった。
生地をふんだんに使い、袖とスカートに膨らみをもたせたドレスを着ている。淡い桃色のドレスは、彼女の金の巻き髪とアクアマリンの瞳によく映えていた。頭にはドレスと同色のリボンが付いたカチューシャをしている。お伽話に出てくるお姫様みたいだった。

 彼女とは王宮の庭で一度会ったことがある。
初めて王宮に行った時、貴族たちが庭でお茶会を開いていたのに彼女は参加していた。そして着ていたドレスを植木の枝に引っ掛けてしまい、派手に破いたのだ。非常に落胆をした様子を見たニコラはかわいそうに思って、破けたドレスをその場で花をモチーフにアレンジを加えて直した。そのアレンジを彼女はとても気に入ってくれた。

 繕い物を始めて間も無く、急に現れた彼女の従者に攫われるように馬車に乗せられた。連れて行かれた先は下町の住人が全員入りそうな大きな屋敷だった。庭師によって完璧に手入れが行き届いた庭園、屋敷に入った瞬間目に入るのは二手に分かれた大理石の階段、赤い絨毯が敷かれた廊下にずらりと飾られた絵画と彫刻、そして通された部屋の華やかな調度品の数々。生まれも育ちも下町暮らしのニコラには落ち着かない場所だった。出された紅茶も、どのタイミングで口をつけていいのかわからず、緊張で喉が渇いているのにずっと飲めないでいる。
 部屋には彼女とニコラ、そして傍に二人のメイドが控えていた。

 「ドレス、ですか?」

 ニコラが訊き返すと

 「そう。私のドレスを一着」

 彼女は微笑み、続けて言った。

 「再来月、初めて舞踏会に行くのですけど、社交界デビューだから特別なドレスで、思ったのですわ。それで貴方のことを思い出したの。でも貴方、貴族じゃないからどこの誰かもわからなくて、ジュリアン様に訊きましたのよ」

 ジュリアン。
舞台俳優のような整った顔立ちの男性で女口調と言う特徴を持った、様々な国を行き来するカリスマ化粧師。彼は王宮の一騒動前にこの国にやって来た。

 『良いとこのお嬢様だから、気に入られたんだったらこれから楽できるわよ』

 目の前の女の子との出会った際、偶然立ち会ったジュリアンにそう言われたことを思い出す。
 貴族の元で働くと言う意味だとわかってすぐに否定したが、まさかこんな形で仕事の依頼が来るとは思ってもみなかった。一度会っただけの自分を思い出して頼ってくれたのだから、とても嬉しく思う。
 話を聞いているうちにニコラの緊張は少しずつ解けてきた。
 大きなお屋敷も高そうな調度品も、王宮で経験すみだ。

 「あの、お声をかけてくださってありがとうございます」
 「いいのよ」

 彼女はにっこりと微笑んだ。育ちの良さを感じさせる笑みだった。彼女の雰囲気やこの屋敷の広さを考えると、下町暮らしのニコラにも彼女が高い身分の持ち主だと言うことがわかる。
 彼女は突然両の手を合わせた。パン、と小気味の良い音が鳴る。

 「私ったらすっかり自己紹介が遅れましたわ。私、フィオナ・ミラベル・マクスウィーニーと申します」
 「私はニコラです。ニコラ・オランジュ」
 「ニコラ? 可愛い名前ね」
 「ありがとうございます。あの、フィオナ様とお呼びすればよろしいでしょうか?」

  フィオナは首を横に振った。

 「様はいりませんわ。気軽にフィオナと呼んでちょうだい」
 「でも」
 「見たところ年が近そうだし…ねえ、貴方いくつ?」
 「十六です」
 「まあ! 私と一緒だわ! ぜひお友達になりましょう!」
 「お、お友達ですか?」
 「そうですわ。貴方との出会いはとても印象に残るものだったし、年も同じ! 私たちきっと良いお友達になれますわ。ね、いいでしょう?」

 フィオナは目を爛々と輝かせて言った。
 明るい性格の女の子は下町も貴族も変わらないようだ。姿や口調は違えど、幼馴染のケイトを思い出してニコラは笑みを漏らした。

 「それじゃ、フィオナ」
 「これからよろしくね、ニコラ」

 フィオナは満足気な笑みを浮かべた。
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