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【第一部】六章

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 シンシア・グローリーの作品を一枚手に取ってルカは言った。

 「彼女が手がけた刺繍やデザイン、彼女の人生、すべてが私の誇りです」
 「ええ、こんなのすごいの、誰にも真似できない………」
 「貴方になら出来るはずですよ。一人も弟子をとらなかったシンシア・グローリー直々に教わった貴方なら」

 ルカは確信に満ちて言った。しかしニコラは自分に出来るか不安があった。
 真似るだけなら、確かに技術面では可能のような気がする。けれど、何かが欠けている。その欠けてているものがわからないと、全く違うものになり兼ねない。

 「必要でしたら持って行って構いません」
 「そんな」
 「貴方はシンシア・グローリーの孫です。その資格があります」
 「でも、こんな貴重なもの………」

 断るニコラに、ルカは手に取った作品をそっと置いて、棚から一枚の丁寧に折り畳まれた大きなレースを取り出した。

 「それでは、これだけは持って行ってください。母が、本当は姉に渡そうと作って、渡せなかったものです」
 「お母さんに?」

 ニコラは驚きの目を向けた。

 「そう。母が姉の結婚を認めなかったがために、姉は駆け落ちしました。噂でお金がないから結婚式も挙げられないと聞いて、このベールを作ったそうです。いざ渡しに行こうと様子を見に行ったら、姉の幸せに暮らす顔を見て、もうそんな顔を何年も見ていなかったと気づいて渡せなかったと、笑って言っていました」

 ルカからニコラにそっとベールが渡される。
 ただのレース編みではない。気が遠くなるほどの細かい模様が編み込まれ、刺繍が施されている。

 「渡せなかったって、だって。こんなすごい刺繍………」
 「見事でしょう?」

 ルカは少し眉を下げて笑ってみせた。その表情はジーナおばあちゃんを思い出させた。
 きっと、おばあちゃんもそうやって笑って話したんだと思うと、胸が熱くなった。

 「このベールは私が一番好きなシンシア・グローリーの作品で、まだ誰にも見せたことはないんです。これにはシンシア・グローリーの想いが詰まっているんですよ。貴方には、伝わってきますか?」

 ニコラはベールを広げてみせた。

 細かい刺繍は花弁の細い小さな花、シロツメクサ。幸せを意味する花。

 ベールを広げた瞬間、シャルロットで編み物をするおばあちゃんの姿、横顔が脳裏によみがえった。


 ごめんなさい。

 結婚を反対した私を許して。

 どうか幸せになって。

 生まれてきてくれて、ありがとう。


 ニコラの頬に涙がつたう。


 おばあちゃんはこれをどんな気持ちで編んだんだろう?

 お母さんに喜んでほしかったんじゃないの?

 お母さんの笑った顔が、見たかったんじゃないの?


 目を瞑るとベールを被ったお母さんが幸せそうに笑った。

 「これは姉に作ったものですが、私が受け取ったのは母が亡くなる一週間前のことでした」
 「一週間前?」
 「死期を悟っていたのでしょう。これを貴方にと」
 「私に?」
 「貴方が一人で困っていたらこれを売ってお金にするように。もし良い人ができて結婚するならその時に、と。それが母の最後の願いでした」

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