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「名乗り遅れたな、俺はネクロってんだ。お嬢さんの名前は?」
「シュノンです」
「そうかそうか!なぁシュノン、俺たちと一緒にここで働かないか?なかなか表にゃ出られねえし上の奴らも胡散臭くて怖いこと仕方ないが、給料は多いし休みは幾らでもとれる。働くのは嫌だとしても、この後お茶にでも行こうじゃないか。俺の行きつけの店を紹介するぜ。レーヴル茶が美味しい店なんだが……」

 突然栓が抜けた酒樽みたいに言葉を垂れ流し始めたネクロの肩を店長が掴み、じっとりと威嚇する。不満そうな顔で口を閉じたネクロは、名残惜しそうに私から離れた。

「従業員が失礼しました…」
「あ、いいえ大丈夫です。それより、私この子買いたいんですけど良いですかね」

 規則的な寝息をたてる少年を見やると、店長は少し苦い顔をした。

「……少々お待ちください…」

 眉間に皺を寄せ、店長は一度部屋から出て行った。それを確認してからネクロが小さく耳打ちしてくる。

「…コイツ、ウチの店で一番高いヤツなんだよ。だが遂に未遂までしたってなったら、値下げしなきゃなんねえからな。頭が痛いんだろうさ」
「彼は何故奴隷に?」
「親の借金のカタさね」
「…具体的にいくらほど?」

 借金返済の為に奴隷になる話はよくある。奴隷とはつまり、どうしようもない案件をどうにかするためにあらゆる権利と自分の肉体を金で売った人間なのだ。

 ヤバい額、とだけ聞いて予想がつくはずもなく、私はただネクロの返答を待った。彼は答えるのをいくらか渋ってハードルを上げていく。

「…五プラティヌム。白金貨五十枚だ」
「ひぇ…」

 思わず悲鳴が漏れて、自分の財布の中身を確かめたくなる衝動に駆られた。私が持つ財布代わりの麻袋には、まずこの間貰った大金貨十枚と、持ち出してきた貯金の銀貨がそれより少し多いくらい入っている程度だった。

 もし値下げが叶ったとして、もしそれが白金貨1枚だったりなんてしたら見事に足りない。というか白金貨なんて額がおかしいのだ。それは国家予算に用いられる単位であって、とても一個人が出来る借金額じゃないハズだった。

「まあそれは元の額さ。こいつは何人もお客とってるから、少しずつ下がって今じゃ白金貨三枚になってる。それでも十分高いけどな」

 肩を竦めてネクロが言いったすぐ後、小さな呻き声と身じろぐ音が聞こえた。すかさずイゾルデが少年の側へ駆け寄る。

 白金の睫毛に彩られ、石膏みたいに白い瞼が遮っていた目が開かれる。少年はゆったりと上半身を起こして、しばらくは茫然とした様子で天井の裸電球を見つめていた。

「あれ……」

 彼はそう小さく呟いて、大きく嘔吐いた。

 食物の影はひとつも無い、胃液だけが床に散り、ツンとした吐瀉物の臭いが血と混ざる。異臭が広がった。少年の魔力は出血していた時より酷く流れ出して、部屋の中に不格好な砂の山を作る。部屋一面が砂浜になる勢いだ。

 少年がバランスを崩してベッドから落下した。血と吐瀉物で酷いことになっている床に勢いよく身体を打ちつけ、不規則で浅い息を繰り返す。

 あまりに唐突で、悲惨なことだった。私は何をしようとも動けないでいた。
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