ステキなステラ

第七話

『フン、博士ガ言ワナカッタラ、コノワタシノ協力ハ無かっタとヲモエ』
ジュディスは（博士の）指示を快諾し、バーガックスの群れを捕獲対象の個体から引き剥がすために飛び立った。
「今回はアタシとボスと博士……とマーフィー君は出番ナシね～。まあジュディスは博士が居なかったら動かなかったろうけど」
姐さんは悔しそうに、岩陰から荒野の空を飛行するジュディスを見ていた。その横で、グレイ先輩はスコープを静かに覗いて、遺物の引き金に指をかけている。
「出番なんて……私は始末書を書くくらいでいいよ……ハハハ」
ボスはいかにも帰りたそうにそわそわしている。しっかりしてほしい。双眼鏡を覗きながら、私はジュディスに端末で話しかけた。
「予定通り、群れを左の方向へおびき寄せて、適当に逃げ回っといて。」
『ワタシノメモリーヲ舐めるナ。ヲマエニ言ワレずトモ、確実ニ実行スル』
「はいはい……ジュディスがそろそろポイントにつきます、先輩は群れが完全に対象から離れたら、お願いします」
「了解」
捕獲作戦、開始。
　バーガックスの群れの前で推進をやめて滞空し始めると、ジュディスはバーガックスを挑発し始めた。
『ヤーイヤーイ、ブサイク。ヲマエナド、コウダ』
ジュディスは群れの中でも一番凶悪な面構えで体の大きな、おそらく群れのリーダーの個体の顔を平手打ちした……。
「えぇ……あいつ、何やってんの……」
「ワシの発明品ぢゃからの。勇敢なんぢゃ」
「勇敢というか、向こう見ずなだけだよね」
ボスが鼻を高くしている博士を見ながら、苦笑いをしていた。
　ジュディスの安い挑発の効果は抜群だった。バーガックスは激昂し、完全に群れの意識がジュディスの方に向けられているのがわかる。
「おぎゅおのおおおおおおおあ」
文字に起こすと、こんな感じの鳴き声であったと思う。バーガックスの群れは離れた距離にいる私たちの体が震えるほどの大きな咆哮を橙色の荒野に轟かせ、地響きと土煙を上げながらジュディスを追いかけ始めた。
『フン、遅イ』
ジュディスは余裕そうに高速飛行でバーガックスの群れを翻弄している。
「速さは俺よりあるんじゃねぇか？　さすが博士！」
「小僧は尻尾で細かい動きも調整できそうぢゃからの。ジュディスはこういう開けた場所でしか飛び回れん」
「意外とストイックなんすね……」
博士は手元の端末でジュディスの飛行に関するデータをとっているようだった。ゼンはその様子を見て、顎に手を当てて頷いている。
「対象、孤立しました！　先輩、今です！」
「了解」
グレイ先輩が引き金を引く。空気が歪むような音がして、はぐれバーガックスを目掛けて、青白い光が荒野を裂く勢いで駆け巡った。
「えっ……？」
思わず声が漏れた。双眼鏡の中で、バーガックスが光の弾を避けたのが、見えたからだ。
「マジかよ……バケモンじゃん……」
グレイ先輩も構えの姿勢をやめて、呆然と荒野の奥のバーガックスを眺めていた。
「まずいの。勘づかれた」
博士が言う通り、弾を避けたはぐれバーガックスは、こちら目掛けて猛スピードで突進してくるのが見える。双眼鏡の中で、怒った顔のバーガックスがどんどん大きくなっている。
「ち、ちょっと！　もう一回撃てないなの！？」
ボスがグレイ先輩を急かしたが、先輩は遺物を入れていたケースを漁りながら青緑色の顔をさらに青くした。
「替えのヒューズがない！　撃てません！」
「おいどーすんだよ！　ステラ！」
ゼンは縋るように私を見た。
「……今、考える」
「今！？」
姐さんも慌てているのか、角を明滅させている。ゼンは今一度、真剣な眼差しを私に向けた。
「……頼むぞ」
「うん。私、天才だし」
癪だが、ゼンに勇気をもらったのは事実。ここで貸し借りをチャラにしてやろう。
「カッコつけてるとこ悪いがの、ジュディスがまずい」
「えっ」
双眼鏡でジュディスのいたはずの方角を覗くと、ちょうどジュディスがバーガックスに首を食いちぎられているのが見えた。
「あっ……たった今、殉職しました……」
双眼鏡を下ろしてため息をついた。いくらジュディスでも、さすがに無惨で気の毒だ。
『ジュディスウウウウウウウウウ』
「騒ぐこともないぢゃろ。奴に痛覚はないし、どうせすぐ直る」
さっきまで出番がなくて黙っていたマーフィー君が、悲痛な叫びをあげる横で、博士はいつまでも薄情だった……。