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千年生きる

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「ーーーー…じゃあそろそろ戻ろっか、ティアリア」

「…、」

「そんな顔してもダメだよ。約束したでしょ」

「…ティリス様はずっとここに…?」

「そうだよ」

「…もう逢えないのですか…、?」

「そうだよ。きみは特別。だからもう来ちゃダメだよ」


呼んだの俺だけどね。言いながら幼子みたいに、ゆらゆら繋いだ手を揺らす。



「……ここでずっと、待っているのですか……?」

「それが俺の願いだから」



大切なひとの魂が癒える刻を、独りで。



「、私に何かできることはありませんか?何か力に、「ダメだよ。」


立ち止まり、私の頬を優しく包む。
あたたかい。優しい碧色に、私が映っている。


俺が背負う俺だけのものだ。誰にもあげない」




ティアリア。


緩やかに音は流れ、空気は洗練されて舞い上がる。花たちがざわめく。


「俺が正気を保っていられるのは信じてるからだ。必ずまた会えるって。」

「っ」

「ほんとはをつけたかった。迷わないで、俺のところへ戻れるように。
すでに何千人も殺していて、さらに殺しても。
悪魔と契約したって、そうするつもりだった。
でも誓わされたんだ。俺たちは誓った。
どんな運命も受け入れる、って。」



"運命なんだからどちらが先に死んでもいつかまた必ず会える。ティリスはわたしを信じないの?"



「……それを思い出して、堕ちる手前で、踏み止まった。狂う寸前で、正気を取り戻した。…俺は信じてるんだよ、ティアリア」

「っ、」

「間違えたっていい。後悔したっていい。
やり直せる、何度でも。生きていれば、それができるんだよ。ーーでも諦めちゃダメだ。
疲れたら休んでいいから。誰かの手を借りたっていいから。
弱音を吐いて、できないって泣いていいんだ。でもお願いだから、諦めないで。
必ず誰かが、そばにいるから。
……ひとりじゃないって、知ってただろう?」


涙が止まらない。
語りかけられるたびに流れてゆく。


。」

「……はい、……っ」

「忘れないで。きみは特別。
…俺たちを、解放してくれてありがとう」


あたたかいものが額にふれた。


瞬間、


一陣の風とともに、意識が遠くへ吹かれた。


「子どもたちによろしく。って伝えて。…ティアリア、きみのしあわせを祈ってる」


白銀を揺らし、エタリナの花に囲まれ佇んでいる。
空と海が混じり合うようなやさしい碧色が閉じるまでまっすぐに、見つめてくれていた。









『……俺はさ、たったひとりでも自分を愛してくれるひとがいるなら、生きていけるって知ったんだ。生きたいって初めて思った。
ずっと会えてないからまぁさみしーけど、
……たった一度くちづけをしただけだけど、』




それだけで千年だって生きるよ。



だから孤独じゃない、と。
始祖様は笑った。

それがしあわせだというように。



ほぼ思念体のような存在になっているのかもしれないけれど。
強い想いが、ひとすじの道を照らしている。

すべてを犠牲にする覚悟があるから、まっすぐ立っていられる。



ーーに、私たちが生まれたのだとしても。



残酷かどうかなど、世界を見れば祈りは心からのものだとわかる。
私たちは生まれたことに感謝しているし、
後悔などきっと、始祖様はしないだろう。




……ほんの少しそれが、眩しく思えた。



私は何も見ていなかった。
人の目ばかり気にして、羨んで、嘆いてばかりだった。


変わりたい。


助けを求めることは恥ではない。
だって私は弱いから。
だから多くのひとに助けられ、支えられ、すくわれてきた。ずっと。気づくのが遅すぎた。でも、



ーー変わりたい。



そうして選んだ、道。
たとえ交わることがなくても、道はひとつじゃない。

振り払われても恐れず手を伸ばす勇気を。


まっすぐ立っていられるような、心を。


信じる心を。
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