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無力

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「…ティアはまだ目覚めないのか」

「暴走のツケだよわかってるでしょ。…それでなくても魔力量が多いんだから」


ブライスはイライラしたように白銀に紫の混じる色の髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながら、


「…俺のせいだ…俺がもっと早く駆けつけてたらあんな大事にはならなかったのに…」


何度も聞いた、同じ言葉をくり返す。


「お前のせいなんかじゃない」


後悔してるのは、お前だけじゃない。



皇女が忘れ物をしたというのは嘘ではなかった。
目的のためではあろうが、結果的には。
護衛騎士を尋問し、何故真っ直ぐ離宮に戻らなかったのか問い詰めた。

皇女は"皇族のみが持つブローチを談話室に忘れた"と言った。取りに行きたい、と。
そんなもの身につけていたかも記憶にないが、同席していたアシュトンが頷いたので持ってはいたんだろう。

明日では駄目か。談話室ならば窃盗などの心配はないと何度も言ったが、皇女は食い下がった。

産まれた時に皇帝陛下から子に与えられるもの。
可能性がゼロではないのなら、不安だから戻りたい。
自身の身の証。
万が一失くしたとなればどんな咎を受けるかわからないーー。

泣き縋られ、埒があかず結局護衛が折れた。


ひとつめの過ち。


ーーそうして談話室から戻る途中、花摘みに行きたいとなり、侍女に任せ皇女から離れた。


ふたつめの過ち。


だが上手く誘導された感も否めない。事実そうだろう。
それに真価はわからずとも命が脅かされるなどと言われれば、自身が処罰を受けるほうがマシだと考えたのかもしれない。

項垂れた護衛はそこまで口にはしなかったが。



謹慎を言いつけ、尋問は終わった。






「……皇女の様子はどうなんだ」

「仮病だし自業自得だろ」

「ブライス。…でもまぁあながち、…すっかり元気になってるよ。何なら前より元気だな」

「…クソが。の話の裏は取れたか?」

「覚えてないとさ。怖くて必死だったから、何も」


皇女付きの侍女は近くで気を失っていたのを発見された。念のため尋問しブライスの自白魔法ーーかけた事は後で知ったのだがーーでも確認され何も知らなかったので解放した。帝国の人間でもあるしそれ以上手も出せない。


ーーティアリア付きの侍女はシュナという魔力持ちの女だ。聾唖者だが公爵家の者のみの前でしか話さない。なので尋問はリルムンド公とブライスのみが立ち会い行われた。

公爵家に仕えるだけあり、身も守る術も持ち得ている。


ーーあの時。


シュナが動こうとした瞬間ティアリアは防御結界を張った。


シュナと、ーー皇女に。



暴走しかけている意識の中でも、守ろうとした。



シュナは動けなくなり、見ている事しかできなくなった。皇女の歪んだ口が動くのを、見続けた。


そして、皇女の身体から堪えきれないといった風に立ち昇る幽かな魔力を見た。
それはドス黒く蠢き、ブライスが来る事を知っていたかのようなタイミングで声と同時、刹那に膨れ上がり結界を破ると、ティアリアの魔力にかき消された。


そうしてシュナ曰く、"わざとらしく"自分から壁にぶつかっていった、と。





ーー怒りで、

目の前が真っ赤に染まった。


俺は殺してやるとかなんとか叫んで、アシュトンとリルムンド公に押さえつけられた気がする。

父の執務室にいたはずが気づいたらベッドのうえで視えない枷に拘束されていて、ブライスが「俺も父上に同じ事された」と、苦笑していた。


続いてリルムンド公、アシュトン、最後に父が来た。
失態を侘びれば公は同じくらいすまなそうにしながら拘束を解き、アシュトンと父は同じように呆れた表情をしていた。


『…議会は即時招集される。と言ってもティアリア嬢を召喚すると粘るやつもいるからな、来週くらいだろう。できれば目覚める前に終わらせたいが、…証拠は掴めそうか?』


頷くのを見てからリルムンド公へと視線を移す。


『…残滓も確認できないのです。映像に映っているのも娘の魔力のみ』

『あり得るのか?』

『隠匿、隠蔽、偽装、贋物、…擬態。考えられるものはあります。娘の魔力を探れば、あるいは。
ですがどちらにしても目覚めない限りは難しいかと。…今は完全に閉じている状態ですので』


疲れた表情が吐く言葉にまた血が沸騰しかけて、すぐ底冷えてゆく。




その日にすぐ会いに行った。

ただ眠っているようにみえるのに、握った手は氷のように冷たかった。
くちびるは赤く、呼吸もしているのに、
空っぽになってしまったかのように体温が感じられなかった。

抱きしめて名前を呼んでもかわいらしい声は聞こえず。
口づけても甘やかな瞳は開かない。


何も、してやれない。
何もできなかった、また。






『…皇帝から手紙が届いた。をみせろとな。』



ティアリアリルムンド公爵令嬢を皇太子の側妃とするか。
第三皇女をレオニール王太子の正妃とするか。







「ーー…レオ、平気か…?」

「…あぁ…いや、…だめだな」

「しっかりしろ。弱音吐いてる場合か?議会を乗り切る事だけ考えろ。ティアリア嬢のために」

「……名前を呼ぶな、…と言いたいところだが許可してやる。借りがありすぎるからな」

「その調子だよ。ついでに許可なら本人にもらってる」

「…は?お前いつのまに、」

「…ぷ。じゃあ解決したら俺もご褒美貰わなくっちゃ。何がいっかな~…戯言ぬかす帝国ごと潰す許可とか?」

「…そうだな。でもそれは最終手段だ」

「そうだぞブライス。徹底的にやるためにな」

「お楽しみは最後に、ね。りょーかーい」





「…アシュトン、…ブライス、」


頼む。

無力な俺に、



ティア、きみを守る力を。
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