13 / 27
10羽 空駒鳥の挑戦
しおりを挟む
雁月(10月)中旬。
フォレストサイドを囲う森の木々が赤や黄色に染まり始め、森に入れば木の実や茸が多く見られるようになった頃──。
ライキとリーネは西の森でデートをしていた。
リーネは薬草や果物、木の実や茸を籠いっぱい採り、とても楽しそうに目を輝かせていた。
そしてお腹が空いたら彼女が作ってきたサンドイッチ(BLTサンド、ハムサンド、卵サンド、角イノシシ肉のカツサンド、リーネの好きなフルーツサンドも少し入っている。)を一緒に食べ、楽しく過ごしたのだった。
その数日後──。
この辺り一帯を治めるローデリス領主の夫人がフォレストサイド村を訪れ、滞在していた。
ライキとリーネが商店街のセンター通りを歩いていると、夫人に関する色々な噂が飛び交っていた。
夫人は中年美男が好きで、ライキの父のゲイルに言い寄ったが全く相手にされなかったため、今度は宿屋の旦那をたらしこんでいるだとか、常に酷くイライラした様子で、行く先々で周囲に当たり散らし物を壊している、うちも花瓶を割られたなどなど…。
そんな話を色々と耳にしたあと、リーネがふと口にした。
「・・・ローデリス夫人、すごい噂になってるね。
何しにこの村に来てるんだろう?」
「さあな?
今行楽シーズンだけど観光って感じじゃないし、何か別の目的があって来てるんだろ。
その最終目的がリーネのとこだったりしてな?」
ニヤッと笑って軽い冗談を飛ばすライキ。
「あはは、そんなまさか!」
不安を振り払うように引きつって笑うリーネ。
「いや、冗談抜きでリーネに薬の依頼かも知れないし。
前の媚薬もえらく評判が良いんだろ?」
ここは真面目に褒めるライキだった。
「うん・・・!
おばあちゃんのレシピとライキが手伝ってくれたお陰だよ!
・・・でもローデリス夫人って確かおばあちゃんの顧客だったのよね・・・。
うちに来るとしたら、おばあちゃんの薬関係かも・・・。
だとしたらしんどいなぁ。」
はぁ、と小さくため息を漏らすリーネ。
「色々とイチャモンつけられそうで厄介だもんな!」
と苦笑いするライキ。
「うん。
私で期待に添えるのかなぁって・・・。」
「もしそうでも、リーネなら大丈夫だろ。
その時は俺も手伝うから。」
「うん、ありがとう!
ライキ、今日うちでご飯食べていく?
茸いっぱいのクリームシチュー作るよ?
ライキの好きなチーズも入れてあげる!」
「やった!リーネの飯!
食う食う!」
『・・・食後に空駒鳥さんも食べていい?』
とリーネの耳元で囁くライキ。
『もう、エッチなんだから・・・。
・・・食べてもいいよ?銀色狼くん♥』
そうはにかんで返しながら、リーネは耳まで赤く染まっていた。
その翌日──。
噂の夫人が侍女を連れ、薬局を訪れていた。
(ひゃあぁぁーー!
昨日のライキとの冗談が本当になっちゃった!)
リーネは笑顔で対応しつつも心の中でいっぱい汗をかいていた。
夫人はとても綺麗な人だったが、酷くイライラした様子で、商店街からこの店のある丘へと繋ぐ橋が狭くて店の前に馬車が付けられないことや、この店は相変わらず通話器もないのか等と怒っていた。
リーネが会話しながらさり気なく探りを入れると、睡眠もあまり取れていないようだった。
そこでリーネは気分が落ち着くようにとカモミールティーを出した。
それを飲んで少し落ち着いた夫人は、本題を切り出してきた。
それは、特注の美容薬の依頼だった。
以前マールが生きているときに作ってもらったもののストックがもうじき切れるため、同じものを明日帰るまでに作って欲しいとのことだった。
「同じものでしたらレシピがあるので作れます。
材料も揃っていますし・・・でも・・・。」
マールのレシピ帳のローデリス夫人特注の美容薬レシピが書かれているページを見て、どうも引っかかるものがあったリーネはすぐに返事が出来なかった。
すると夫人はテーブルを激しく叩くと、
「でもって何!?
材料があって作れるのなら黙って作ってちょうだい!!
いいわね!?
明日帰るまでに宿に持ってくるのよ!?」
と激しく怒鳴りつけるとバタン!と荒々しい態度で薬屋を出て行ってしまった。
(噂通りキツイ人だった・・・。
何も壊されなくて良かったけど、強引に依頼されちゃったなぁ・・・。
どうしよう・・・。)
リーネは大きなため息をついた。
(それにしたっておばあちゃん、どうしてこんなレシピに・・・?)
と思いもう一度レシピ帳を開くと、ローデリス夫人特注美容薬レシピの裏のページに、こんなことがこっそりと小さな文字で書かれていた。
─わしはあの夫人の母親が爺さんに色目を使ってきたのを忘れておらんぞ!
娘も母にそっくりで男に節操がなく、本当に大嫌いじゃ!
だから美容効果は高い代わりに続けて飲むとかなり怒りっぽくなる調合にしておいたぞ!
怒りすぎてシワになればいいわ!
ヒッヒッヒッ!
マール─
(・・・もしかして、夫人のイライラの原因って・・・おばあちゃんの薬!?)
リーネははぁ・・・と深くため息をついた。
(・・・ホントにもう、おばあちゃんって・・・。
まぁ、私だってライキに色目使ってくる人なんて絶対好きになれないだろうし、気持ちは分かるけど・・・。
それにしたって大人気ないなぁ・・・。)
マールの姿を思い出したリーネはクスッと笑う。
(でも、どうしよう・・・。)
それから少しした頃、獲物を狩ってきたライキが薬屋に顔を出した。
カランカラン──。
「リーネ、狩りのついでに栗の実拾っといた・・・ってどうした??」
ライキの顔を見るなりホッとしたリーネが飛びついてきた。
「ライキ!
ローデリス夫人、本当にうちに薬を頼みに来ちゃったよ!」
「えっ、マジで!?
・・・俺に手伝えることはある?
足りない材料は?」
「えぇとね・・・材料は揃ってるの。
でもね、おばあちゃんのレシピ、ちょっと引っかかる調合なのよ・・・。
このままで作って良いのかなって・・・。」
「どういうこと?」
「依頼されたのは美容薬なんだけどね・・・。
おばあちゃんのレシピ通りだととても美容効果は高いんだけど、気持ちがイライラしたり、神経が高ぶって眠れなくなったりするの。
・・・多分夫人のイライラの原因って、おばあちゃんの薬をいつも飲んでいるからだと思うの・・・。」
「・・・まじか・・・。
ばあちゃん何だってそんなレシピに・・・。」
「あの夫人が嫌いだから怒りすぎて皺になれってここに。」
とリーネはレシピ帳をライキに見せた。
「はぁ!?
マジかよばあちゃん・・・!
大人気ないな・・・。」
ライキは頭を抱えると呆れてため息をついた。
「・・・それでね、私は美容効果は下がっても、もっとリラックス効果の高いものの方が夫人には合っている気がして・・・。
でも依頼されたのはおばあちゃんのレシピ通りのものだし、どうしたらいいのかなって・・・。
それをライキに相談したかったの。」
ライキはリーネの言葉を全て聞き終えたあと、少し考えてから口を開いた。
「じゃあ、ばあちゃんのレシピ通りのものと、リーネが良いと思うものを、両方作って渡せばいいんじゃないか?
どっちの薬を飲むのかは、夫人の判断に委ねればいい。」
「両方?」
「あ、うん・・・。
2種類の薬を一晩で作るとなると、リーネはすげー大変かも知れないけど・・・。」
リーネはそれを聞いてしばらく考え込む。
「ごめん、そっちの畑じゃない俺が無責任なことを言って。」
ライキが謝ると、リーネは首を横に振った。
「・・・ううん、そうだね・・・!
私のは使って貰えないかもしれない。
でもやれるだけのことをやってみる!」
リーネの瞳はやる気に満ち溢れ、キラキラと輝いていた。
ライキはそんな彼女の瞳に胸が高鳴り、何だか嬉しくなったのだった。
「そうか!
じゃあ俺も手伝うよ。
雑用とかなんでも言って!
今日は夕飯作るの大変だろうから俺が用意するし!
リーネみたいに美味しく作れないけどさ!」
と腕まくりしてみせる。
「だ、大丈夫!
ご飯は昨日のシチューが残ってるし、今日は簡単に済ませちゃうから!
ライキはこの材料を棚から集めてもらえる?
それが終わったら・・・…」
それからライキはしばらくリーネを手伝って、夕食の時間には、
「もう後は大丈夫だから!
ありがとう!」
と家に帰された。
リーネはそれから徹夜で頑張って、2種類の薬の調合を無事に終えたのだった。
翌朝、リーネの目の前には2種類の瓶が置いてあった。
マールのレシピ通りのものはピンク、リーネオリジナルのものはブルーの瓶だ。
リーネは試薬用に取り置いていたものを規定量注ぎ、飲む。
(やっぱりおばあちゃんのものはイライラする感じ・・・。)
リーネは眉を顰めてそちらのグラスを置くと、もうひとつのグラスを手に取り、口に運んだ。
(あっ・・・自分のを飲むと気持ちが落ち着いたわ。
リラックス効果が高い薬だから相殺されたのね。)
(どうしよう・・・。
夫人におばあちゃんの薬のことをちゃんと打ち明けたほうがいいよね・・・?
あの夫人のことだから何を言われるかわからないけど・・・。
でも、ちゃんと心を込めて伝えてみよう・・・!)
と決意する。
そろそろ納品の時間・・・と時計を見て、
「あっ、紙袋を持ってこなくちゃ!」
と席を離れた。
そこにそっ…と物音を立てないよう一人の少女が入ってきた。
彼女はリーネがライキとつがいになった日に、リーネの頬を叩いた少女、ヨハナだった。
彼女は薬の瓶が2種類あることに少し迷ってから、ブルーの瓶の蓋を開け、何かの液体を注いでから蓋をし、瓶を揺すって混ぜてから元の位置に戻すと、そっと薬屋を出ていったのだった。
(リーネ、徹夜になるって言ってたけど大丈夫かな・・・。)
ライキはリーネの様子が気になっていたため、いつもより早く家を出て丘を登っていた。
(ん・・・?今のってヨハナ?)
その時店から走り去るヨハナを目撃し、珍しいなと不思議に思うライキだった。
カランカラン──。
ライキは薬屋の扉を開け、目の前で薬の瓶を紙袋に詰めるリーネに声をかけた。
「おはよう、リーネ!」
「ライキ、おはよう!
来てくれたんだ!ありがとう!」
リーネは徹夜明けだというのにそれを感じさせない笑顔で挨拶を返した。
「・・・さっきヨハナが来てなかったか?
そこで見かけたんだけど。」
「ヨハナ?来てないよ?
そもそもあの子、うちに寄り付かないし・・・。」
ちょっと眉間に皺を寄せて答えるリーネ。
ライキは前にリーネがヨハナに頬を叩かれていたときのことを思い出し、これ以上この話題はしないほうがいいな、と思った。
「薬出来たんだな!」
「うん、2種類とも何とか出来上がったの!
やっぱり徹夜になっちゃったけど・・・。
さっき効果を試したけど、問題なかったからこれから納品に行くところ!」
「そっか!
お疲れ様。
まだ森に入るまでに時間があるから納品に付き合うよ?
あの夫人にリーネがイチャモンつけられないように見張っとく。」
ニッと歯を見せて笑うライキ。
「いいの?
心強いよ・・・ありがとう・・・!!」
リーネは本当は心細かったのか、その彼の申し出に心から安堵し、柔らかく微笑んだ。
そんな彼女の笑顔を見て、ライキは頬を染め、口を開いた。
「・・・リーネ、徹夜明けなのに隈も出てないし、何か肌とかキラキラして綺麗だな・・・。
リーネはいつも可愛いけど・・・。」
「えっ・・・本当!?
嬉しい・・・!!
さっき試した美容薬の効果が早速出たのかな・・・!?」
等と笑い合いながら、ローデリス夫人が滞在している宿への道を歩いていく。
そして宿に着いた二人は夫人の部屋を訪ねた。
夫人は侍女に髪を結わせながら、
「あら、ちゃんとできたのね。
確認をするから早く寄越しなさい。」
と素っ気なく言った。
リーネは出来上がった薬が入った紙袋の持ち手をぎゅっと握りしめ、持てる限りの勇気を振り絞ると、スウッと息を吸い込んだ。
ライキが隣に居てくれるから、それだけで勇気が湧いてきた。
「ピンクの瓶の曾祖母のレシピ通りのものと、ブルーの瓶の私がご夫人のために考えて調合したものの2種類の美容薬をお渡しします。」
「私のものは私が勝手に作ったものですからお代はいりません。」
「ですが、曾祖母の薬について注意していただきたいことがあります。」
「曾祖母の薬は美容効果はとても高いのですが、継続して飲み続けると副作用として神経の高ぶり、寝付けなくなるなどの症状が出ることがあるようです。
ご夫人が眠れないと仰っていたのはこの薬の副作用かもしれません。
なのでその点をご理解の上で、服用なさってください。」
「続いて私の薬は、曾祖母のものほど高い美容効果は望めないのかもしれませんが、
気持ちが落ち着き、ゆっくりと眠りにつけるようリラックス効果を高めてあります。
ご夫人はとてもお綺麗な方なので、内面の美しさをもっと引き出せたのなら更にお美しくなられるかと思いましたので・・・。
余計なことでしたら申し訳ございません・・・。」
リーネはそう言い、頭を下げた。
夫人は徹夜明けのはずのリーネの肌がキラキラと輝きを放っていることに気が付く。
「・・・あなたも試しに使ってみたの?」
「はい・・・!」
夫人は暫く黙ってリーネの輝きを見つめたのち、
「そう・・・わかったわ。
ご苦労さま。
もう行っていいわよ?」
と言っただけだった。
もっときつく当たられることを覚悟していたリーネは拍子抜けだった。
二人は宿屋を出て薬屋の前に戻ってきた。
「納品に付き合ってくれてありがとう!」
「ううん、俺もリーネと一緒にいたかったし。」
「ふあぁぁ・・・!
安心したら急に眠たくなってきちゃった・・・。」
リーネは大きなあくびをした。
そんな姿も可愛いなとライキは頬を緩めた。
「リーネは徹夜明けだしな。
今日くらいは店を休めよ。」
「うん!
今日はお店は臨時休業にして沢山寝ちゃう!」
リーネはそういって微笑んだ。
「うん、おやすみ。」
ライキはリーネのおでこと唇に優しくキスをして、彼女が扉にかけた札を”臨時休業”に変えてから店に入るのを見届けた後、西の森へと入るのだった。
そして数日後──。
ライキはいつも通り仕事前にリーネの家に寄って軽くイチャイチャしていた。
「もう、ライキのえっち・・・。」
「やば・・・昨日のリーネ思い出した・・・。
またシたくなるからそろそろ行くな!」
「うん。
また帰りに寄ってね!」
ライキが「またな!」と言ってリーネに手を振りかけると、息を切らせて丘を上ってくる村長の姿が見えた。
「・・・ん?
村長さん?
どうしたんですか?
そんなに慌てて・・・。」
ライキは村長に尋ねた。
「たっ、大変だ!!
今さっきうちの通話器に、ローデリス卿からの知らせが入ったんだ!!
リーネ・・・君のところの薬を飲んだご夫人が倒れ、危険な状態だそうだ・・・!!」
「えっ!?
ローデリス夫人が!?」
フォレストサイドを囲う森の木々が赤や黄色に染まり始め、森に入れば木の実や茸が多く見られるようになった頃──。
ライキとリーネは西の森でデートをしていた。
リーネは薬草や果物、木の実や茸を籠いっぱい採り、とても楽しそうに目を輝かせていた。
そしてお腹が空いたら彼女が作ってきたサンドイッチ(BLTサンド、ハムサンド、卵サンド、角イノシシ肉のカツサンド、リーネの好きなフルーツサンドも少し入っている。)を一緒に食べ、楽しく過ごしたのだった。
その数日後──。
この辺り一帯を治めるローデリス領主の夫人がフォレストサイド村を訪れ、滞在していた。
ライキとリーネが商店街のセンター通りを歩いていると、夫人に関する色々な噂が飛び交っていた。
夫人は中年美男が好きで、ライキの父のゲイルに言い寄ったが全く相手にされなかったため、今度は宿屋の旦那をたらしこんでいるだとか、常に酷くイライラした様子で、行く先々で周囲に当たり散らし物を壊している、うちも花瓶を割られたなどなど…。
そんな話を色々と耳にしたあと、リーネがふと口にした。
「・・・ローデリス夫人、すごい噂になってるね。
何しにこの村に来てるんだろう?」
「さあな?
今行楽シーズンだけど観光って感じじゃないし、何か別の目的があって来てるんだろ。
その最終目的がリーネのとこだったりしてな?」
ニヤッと笑って軽い冗談を飛ばすライキ。
「あはは、そんなまさか!」
不安を振り払うように引きつって笑うリーネ。
「いや、冗談抜きでリーネに薬の依頼かも知れないし。
前の媚薬もえらく評判が良いんだろ?」
ここは真面目に褒めるライキだった。
「うん・・・!
おばあちゃんのレシピとライキが手伝ってくれたお陰だよ!
・・・でもローデリス夫人って確かおばあちゃんの顧客だったのよね・・・。
うちに来るとしたら、おばあちゃんの薬関係かも・・・。
だとしたらしんどいなぁ。」
はぁ、と小さくため息を漏らすリーネ。
「色々とイチャモンつけられそうで厄介だもんな!」
と苦笑いするライキ。
「うん。
私で期待に添えるのかなぁって・・・。」
「もしそうでも、リーネなら大丈夫だろ。
その時は俺も手伝うから。」
「うん、ありがとう!
ライキ、今日うちでご飯食べていく?
茸いっぱいのクリームシチュー作るよ?
ライキの好きなチーズも入れてあげる!」
「やった!リーネの飯!
食う食う!」
『・・・食後に空駒鳥さんも食べていい?』
とリーネの耳元で囁くライキ。
『もう、エッチなんだから・・・。
・・・食べてもいいよ?銀色狼くん♥』
そうはにかんで返しながら、リーネは耳まで赤く染まっていた。
その翌日──。
噂の夫人が侍女を連れ、薬局を訪れていた。
(ひゃあぁぁーー!
昨日のライキとの冗談が本当になっちゃった!)
リーネは笑顔で対応しつつも心の中でいっぱい汗をかいていた。
夫人はとても綺麗な人だったが、酷くイライラした様子で、商店街からこの店のある丘へと繋ぐ橋が狭くて店の前に馬車が付けられないことや、この店は相変わらず通話器もないのか等と怒っていた。
リーネが会話しながらさり気なく探りを入れると、睡眠もあまり取れていないようだった。
そこでリーネは気分が落ち着くようにとカモミールティーを出した。
それを飲んで少し落ち着いた夫人は、本題を切り出してきた。
それは、特注の美容薬の依頼だった。
以前マールが生きているときに作ってもらったもののストックがもうじき切れるため、同じものを明日帰るまでに作って欲しいとのことだった。
「同じものでしたらレシピがあるので作れます。
材料も揃っていますし・・・でも・・・。」
マールのレシピ帳のローデリス夫人特注の美容薬レシピが書かれているページを見て、どうも引っかかるものがあったリーネはすぐに返事が出来なかった。
すると夫人はテーブルを激しく叩くと、
「でもって何!?
材料があって作れるのなら黙って作ってちょうだい!!
いいわね!?
明日帰るまでに宿に持ってくるのよ!?」
と激しく怒鳴りつけるとバタン!と荒々しい態度で薬屋を出て行ってしまった。
(噂通りキツイ人だった・・・。
何も壊されなくて良かったけど、強引に依頼されちゃったなぁ・・・。
どうしよう・・・。)
リーネは大きなため息をついた。
(それにしたっておばあちゃん、どうしてこんなレシピに・・・?)
と思いもう一度レシピ帳を開くと、ローデリス夫人特注美容薬レシピの裏のページに、こんなことがこっそりと小さな文字で書かれていた。
─わしはあの夫人の母親が爺さんに色目を使ってきたのを忘れておらんぞ!
娘も母にそっくりで男に節操がなく、本当に大嫌いじゃ!
だから美容効果は高い代わりに続けて飲むとかなり怒りっぽくなる調合にしておいたぞ!
怒りすぎてシワになればいいわ!
ヒッヒッヒッ!
マール─
(・・・もしかして、夫人のイライラの原因って・・・おばあちゃんの薬!?)
リーネははぁ・・・と深くため息をついた。
(・・・ホントにもう、おばあちゃんって・・・。
まぁ、私だってライキに色目使ってくる人なんて絶対好きになれないだろうし、気持ちは分かるけど・・・。
それにしたって大人気ないなぁ・・・。)
マールの姿を思い出したリーネはクスッと笑う。
(でも、どうしよう・・・。)
それから少しした頃、獲物を狩ってきたライキが薬屋に顔を出した。
カランカラン──。
「リーネ、狩りのついでに栗の実拾っといた・・・ってどうした??」
ライキの顔を見るなりホッとしたリーネが飛びついてきた。
「ライキ!
ローデリス夫人、本当にうちに薬を頼みに来ちゃったよ!」
「えっ、マジで!?
・・・俺に手伝えることはある?
足りない材料は?」
「えぇとね・・・材料は揃ってるの。
でもね、おばあちゃんのレシピ、ちょっと引っかかる調合なのよ・・・。
このままで作って良いのかなって・・・。」
「どういうこと?」
「依頼されたのは美容薬なんだけどね・・・。
おばあちゃんのレシピ通りだととても美容効果は高いんだけど、気持ちがイライラしたり、神経が高ぶって眠れなくなったりするの。
・・・多分夫人のイライラの原因って、おばあちゃんの薬をいつも飲んでいるからだと思うの・・・。」
「・・・まじか・・・。
ばあちゃん何だってそんなレシピに・・・。」
「あの夫人が嫌いだから怒りすぎて皺になれってここに。」
とリーネはレシピ帳をライキに見せた。
「はぁ!?
マジかよばあちゃん・・・!
大人気ないな・・・。」
ライキは頭を抱えると呆れてため息をついた。
「・・・それでね、私は美容効果は下がっても、もっとリラックス効果の高いものの方が夫人には合っている気がして・・・。
でも依頼されたのはおばあちゃんのレシピ通りのものだし、どうしたらいいのかなって・・・。
それをライキに相談したかったの。」
ライキはリーネの言葉を全て聞き終えたあと、少し考えてから口を開いた。
「じゃあ、ばあちゃんのレシピ通りのものと、リーネが良いと思うものを、両方作って渡せばいいんじゃないか?
どっちの薬を飲むのかは、夫人の判断に委ねればいい。」
「両方?」
「あ、うん・・・。
2種類の薬を一晩で作るとなると、リーネはすげー大変かも知れないけど・・・。」
リーネはそれを聞いてしばらく考え込む。
「ごめん、そっちの畑じゃない俺が無責任なことを言って。」
ライキが謝ると、リーネは首を横に振った。
「・・・ううん、そうだね・・・!
私のは使って貰えないかもしれない。
でもやれるだけのことをやってみる!」
リーネの瞳はやる気に満ち溢れ、キラキラと輝いていた。
ライキはそんな彼女の瞳に胸が高鳴り、何だか嬉しくなったのだった。
「そうか!
じゃあ俺も手伝うよ。
雑用とかなんでも言って!
今日は夕飯作るの大変だろうから俺が用意するし!
リーネみたいに美味しく作れないけどさ!」
と腕まくりしてみせる。
「だ、大丈夫!
ご飯は昨日のシチューが残ってるし、今日は簡単に済ませちゃうから!
ライキはこの材料を棚から集めてもらえる?
それが終わったら・・・…」
それからライキはしばらくリーネを手伝って、夕食の時間には、
「もう後は大丈夫だから!
ありがとう!」
と家に帰された。
リーネはそれから徹夜で頑張って、2種類の薬の調合を無事に終えたのだった。
翌朝、リーネの目の前には2種類の瓶が置いてあった。
マールのレシピ通りのものはピンク、リーネオリジナルのものはブルーの瓶だ。
リーネは試薬用に取り置いていたものを規定量注ぎ、飲む。
(やっぱりおばあちゃんのものはイライラする感じ・・・。)
リーネは眉を顰めてそちらのグラスを置くと、もうひとつのグラスを手に取り、口に運んだ。
(あっ・・・自分のを飲むと気持ちが落ち着いたわ。
リラックス効果が高い薬だから相殺されたのね。)
(どうしよう・・・。
夫人におばあちゃんの薬のことをちゃんと打ち明けたほうがいいよね・・・?
あの夫人のことだから何を言われるかわからないけど・・・。
でも、ちゃんと心を込めて伝えてみよう・・・!)
と決意する。
そろそろ納品の時間・・・と時計を見て、
「あっ、紙袋を持ってこなくちゃ!」
と席を離れた。
そこにそっ…と物音を立てないよう一人の少女が入ってきた。
彼女はリーネがライキとつがいになった日に、リーネの頬を叩いた少女、ヨハナだった。
彼女は薬の瓶が2種類あることに少し迷ってから、ブルーの瓶の蓋を開け、何かの液体を注いでから蓋をし、瓶を揺すって混ぜてから元の位置に戻すと、そっと薬屋を出ていったのだった。
(リーネ、徹夜になるって言ってたけど大丈夫かな・・・。)
ライキはリーネの様子が気になっていたため、いつもより早く家を出て丘を登っていた。
(ん・・・?今のってヨハナ?)
その時店から走り去るヨハナを目撃し、珍しいなと不思議に思うライキだった。
カランカラン──。
ライキは薬屋の扉を開け、目の前で薬の瓶を紙袋に詰めるリーネに声をかけた。
「おはよう、リーネ!」
「ライキ、おはよう!
来てくれたんだ!ありがとう!」
リーネは徹夜明けだというのにそれを感じさせない笑顔で挨拶を返した。
「・・・さっきヨハナが来てなかったか?
そこで見かけたんだけど。」
「ヨハナ?来てないよ?
そもそもあの子、うちに寄り付かないし・・・。」
ちょっと眉間に皺を寄せて答えるリーネ。
ライキは前にリーネがヨハナに頬を叩かれていたときのことを思い出し、これ以上この話題はしないほうがいいな、と思った。
「薬出来たんだな!」
「うん、2種類とも何とか出来上がったの!
やっぱり徹夜になっちゃったけど・・・。
さっき効果を試したけど、問題なかったからこれから納品に行くところ!」
「そっか!
お疲れ様。
まだ森に入るまでに時間があるから納品に付き合うよ?
あの夫人にリーネがイチャモンつけられないように見張っとく。」
ニッと歯を見せて笑うライキ。
「いいの?
心強いよ・・・ありがとう・・・!!」
リーネは本当は心細かったのか、その彼の申し出に心から安堵し、柔らかく微笑んだ。
そんな彼女の笑顔を見て、ライキは頬を染め、口を開いた。
「・・・リーネ、徹夜明けなのに隈も出てないし、何か肌とかキラキラして綺麗だな・・・。
リーネはいつも可愛いけど・・・。」
「えっ・・・本当!?
嬉しい・・・!!
さっき試した美容薬の効果が早速出たのかな・・・!?」
等と笑い合いながら、ローデリス夫人が滞在している宿への道を歩いていく。
そして宿に着いた二人は夫人の部屋を訪ねた。
夫人は侍女に髪を結わせながら、
「あら、ちゃんとできたのね。
確認をするから早く寄越しなさい。」
と素っ気なく言った。
リーネは出来上がった薬が入った紙袋の持ち手をぎゅっと握りしめ、持てる限りの勇気を振り絞ると、スウッと息を吸い込んだ。
ライキが隣に居てくれるから、それだけで勇気が湧いてきた。
「ピンクの瓶の曾祖母のレシピ通りのものと、ブルーの瓶の私がご夫人のために考えて調合したものの2種類の美容薬をお渡しします。」
「私のものは私が勝手に作ったものですからお代はいりません。」
「ですが、曾祖母の薬について注意していただきたいことがあります。」
「曾祖母の薬は美容効果はとても高いのですが、継続して飲み続けると副作用として神経の高ぶり、寝付けなくなるなどの症状が出ることがあるようです。
ご夫人が眠れないと仰っていたのはこの薬の副作用かもしれません。
なのでその点をご理解の上で、服用なさってください。」
「続いて私の薬は、曾祖母のものほど高い美容効果は望めないのかもしれませんが、
気持ちが落ち着き、ゆっくりと眠りにつけるようリラックス効果を高めてあります。
ご夫人はとてもお綺麗な方なので、内面の美しさをもっと引き出せたのなら更にお美しくなられるかと思いましたので・・・。
余計なことでしたら申し訳ございません・・・。」
リーネはそう言い、頭を下げた。
夫人は徹夜明けのはずのリーネの肌がキラキラと輝きを放っていることに気が付く。
「・・・あなたも試しに使ってみたの?」
「はい・・・!」
夫人は暫く黙ってリーネの輝きを見つめたのち、
「そう・・・わかったわ。
ご苦労さま。
もう行っていいわよ?」
と言っただけだった。
もっときつく当たられることを覚悟していたリーネは拍子抜けだった。
二人は宿屋を出て薬屋の前に戻ってきた。
「納品に付き合ってくれてありがとう!」
「ううん、俺もリーネと一緒にいたかったし。」
「ふあぁぁ・・・!
安心したら急に眠たくなってきちゃった・・・。」
リーネは大きなあくびをした。
そんな姿も可愛いなとライキは頬を緩めた。
「リーネは徹夜明けだしな。
今日くらいは店を休めよ。」
「うん!
今日はお店は臨時休業にして沢山寝ちゃう!」
リーネはそういって微笑んだ。
「うん、おやすみ。」
ライキはリーネのおでこと唇に優しくキスをして、彼女が扉にかけた札を”臨時休業”に変えてから店に入るのを見届けた後、西の森へと入るのだった。
そして数日後──。
ライキはいつも通り仕事前にリーネの家に寄って軽くイチャイチャしていた。
「もう、ライキのえっち・・・。」
「やば・・・昨日のリーネ思い出した・・・。
またシたくなるからそろそろ行くな!」
「うん。
また帰りに寄ってね!」
ライキが「またな!」と言ってリーネに手を振りかけると、息を切らせて丘を上ってくる村長の姿が見えた。
「・・・ん?
村長さん?
どうしたんですか?
そんなに慌てて・・・。」
ライキは村長に尋ねた。
「たっ、大変だ!!
今さっきうちの通話器に、ローデリス卿からの知らせが入ったんだ!!
リーネ・・・君のところの薬を飲んだご夫人が倒れ、危険な状態だそうだ・・・!!」
「えっ!?
ローデリス夫人が!?」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
妹と歩く、異世界探訪記
東郷 珠
ファンタジー
ひょんなことから異世界を訪れた兄妹。
そんな兄妹を、数々の難題が襲う。
旅の中で増えていく仲間達。
戦い続ける兄妹は、世界を、仲間を守る事が出来るのか。
天才だけど何処か抜けてる、兄が大好きな妹ペスカ。
「お兄ちゃんを傷つけるやつは、私が絶対許さない!」
妹が大好きで、超過保護な兄冬也。
「兄ちゃんに任せろ。お前は絶対に俺が守るからな!」
どんなトラブルも、兄妹の力で乗り越えていく!
兄妹の愛溢れる冒険記がはじまる。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる