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アレイスター

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縛り上げられた男たちは悔しそうに呻いている。王城から騎士を呼ぶか、それとも貴族街の憲兵を呼ぶか、が、今は貯水槽だ。
少年の堰き止める放水路の水は、水量を減らしつつも確実に槽へと流れ込んでいた。急がねばいつまでもはもたぬだろう。だが扉の前に立った私とヘクターは驚愕の事実を知ることになる。この扉の鍵は…内部からかけられているのだ。

「自分で鍵をかけたのか?何故!」
「ヘクター!そんなことはどうでもいい!急いで何か壊せるものを探すんだ!」

「ハハハ!これで分かったか!俺たちは何もしちゃいない。その中の坊ちゃんは自分で中に入ったのさ。罪に問えるものなら問うてみろ!」
「黙れ!どうやったかは助け出せばわかることだ!」

「間に合うものならな!だがもう遅い」
「神託は『神託』らしく天へ帰るがいい!」

「その口を閉じていろ!」ガッ!
「もう一発蹴り上げてくれ!私の分も!」

その時私たちの背後から聞こえてきたのは聞き覚えのある叫び声!
その声の主は川向う、下町側から川を渡り切り岸へ上がろうとしているところだ。それも何人もの屈強な男を引き連れて。

「これがフレッチャーの手下か!」
「そんなことよりロイド!シャノンは中だがまずいことに扉は内側から施錠されている!急いでハンマーを探してくれ!」

「心配ない。鍵の代わりにと丁度人力ごと集めてきたところだ。さあみんな!この中に『慈愛の神託』シャノン様が居る!今こそ彼に恩を返す時だ!さあ全員でこの壁を破壊しろ!」
「よくやったロイド!責任は私がとる!皆急げ!」

なんという先見の明…。彼がこれほどの切れ者だとは考えてもみなかった。実際彼はコンラッド、ブラッドと共に過ごしていた何年間もの間、どこか卑屈な、コンラッドの顔色を窺うだけの腰巾着でしかなかったのに。
ああ…、彼もまた真のシャノンに触れ殻を破った者の一人。頑なな魂を強引に壊していくシャノンは、まるで今まさにそこで振り上げられる槌のようだ。

「ロイド、君はシャノンがここにいることを知っていたのか」
「知っていたのはシャノン様がフレッチャーに脅されているということだけだ。この居場所は彼、ジョンに聞いた」
「聞いた?」

「貯水槽に入って行くのをその目で見たと」
「だが何故孤児院の少年が君に…」
「ジョンはシャノン様が私に付けて下さった私の部下だ」

ジョン少年は二週に一度、ロイドの寄越す迎えの馬車に乗りマーベリック邸へ下町を含む平民街の状況報告に出向くのだとか。そしてロイドは馬車一杯に食料を詰め込み少年をまた孤児院へ帰す。その約束の日がまさに今日だったとは…なんたる僥倖。

「貯水槽を使うなら水責め以外考えられない。だから私はジョンを先に行かせた。放水路の流れを何としてでも止めろと言ってね」

「そうか…君の指示だったのか…」
「扉の鍵は当然フレッチャーが管理している。水車小屋にあるとも思えない。私は初めから壁を壊すつもりで用意してきたんだよ」

「流石だロイド」

その時だ。貯水槽に群がる男たちから「もうすぐだ!」と声が上がったのは。

私もロイドも男たちを掻き分け前に出る。最も体躯の良い男が最後の一投を振り下ろした瞬間!

ドカ!ビキビキビキ…ドォォォン!!!

一世に流れ出す大量の水とともに私の元へ流れ込んできたのは水の妖精ウンディーヌ。
だが両手両足を投げ出した彼は、抱き上げても力無く身体を任せるだけだ。

「しっかりしろシャノン!」
「殿下‼呼吸は!」

「大丈夫だ!呼吸も鼓動も…」

人目も構わず抱きしめてしまう私はまだまだ未熟者なのだろう。だが今は存分に彼の体温を感じたい。





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