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ジェロームとシェイナ ③
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シェイナの助言もあり、思いのほか順調にエンブリー伯爵領は整いを見せていった。
何しろ五歳の頃より王宮でお妃教育を受けてきたシャノン様の英知を、神子の力により産まれた時より受け継いでいるのだから、子供であっても侮る事など決して出来ない。それは屋敷中の者がこの二か月の中で十分過ぎるほど実感している。
その一方で言葉や動きなどはまだまだおぼつかないのだから彼女はとても不均衡だ。その差異が時に微笑ましくもあるのだけれど…、それを揶揄うと彼女はプイとそっぽを向く。その姿もまた皆の目を楽しませているとは思ってもみないことだろう。
「ああ、ほらシェイナ。無理してナイフを使う必要はない。こちらのスプーンを使うといい」
「やでちゅ」
シェイナが今まで使っていたのはプリチャード邸でシャノン様が製作させたという先端が三つに割れたスプーンだ。フォークの機能が組み合わされたそのスプーンを見たコナーなどは、「実に合理的だ!」と興奮していた代物だ。
そのスプーンを使って彼女は器用に柔らかく煮込んだ食事を口に運んでいたのだが、ほとんど大人と同じようなものが食べられるようになってきたとあって、シェイナはどうやら正式なカトラリーで食事がしたくなってきたらしい。
「ふふ、君は意外と頑固なんだね。だけどまだ上手く握れないだろう?」
「できまちゅ」
「困ったお嬢様だ。ではこうしよう」
横からシェイナの小さな手の甲を包み込みほんの少し力を加え手助けをする。
滑らかな断面で切れていく鶏肉のローストレモン添え。これはプリチャード邸でご馳走になった、シャノン様のお好きなメニューだ。
高価なレモンを肉料理に添える、贅沢という感覚が抜けきらないわけではないが、これもまた慣れていかなければならないのだろう。高位貴族とは何より矜持を大切にするものだ。
その矜持を子供ながらに持ち合わせるシェイナは、一人でカトラリーを上手く扱えないことが恥ずかしいのか、気が付けばその頬はほんのり染まっている。
「恥ずかしがる必要はない。私も子供の頃は母にこうして教わったものだ」
「う…」
恥じらう姿もまさに小さなシャノン様だ。恥じらい深い彼もまた私と過ごすときよくこうして頬を染められる。
「君を見ていると想像してしまうよ。シャノン様も幼い頃はこんな様子であられたのだろうか、とね」
それをきいたシェイナは少し遠い目をして、ナイフから手を放すと常に携帯している文字盤を動かした。
ーシャノンは王宮の講義室でテーブルマナーを学びながら日々の食事をとりましたから。お妃教育にあがって半年くらいには完璧にカトラリーを使いこなしていましたー
「そうなのかい?何故知って…、ああ、もしや記憶も一部受け継いでいるのかい?」
コクリ
「驚いたな…、では本当に二人で一人なのだね」
ニコリ
「ではシャノン様が幼い頃の…そうだな、テーブルマナーの失敗談なんかももしや君は知ってるんだね」
ーいいえジェローム、シャノンが食事を共にしたのは講師を務める伯爵家のご婦人で、彼女はとても厳しく失敗は許されませんでしたー
「そ、それは…」
ーこんな風に楽しく語らい合う食事などしたこと無かったのですよ。ですからきっと今は食事が楽しくて仕方ないのじゃないか、そう思いますー
ほんの軽口のつもりだったのだが…思いのほかそれは辛い思い出を呼び起こしてしまったらしい。
だが次の瞬間には何事も無かったかのように微笑むシェイナの表情は…覗き見た記憶の向こうに居る幼い兄の心情を思い遣ると言うよりはまるで…
…まるでそこに居たのが彼女自身なのではないかと、そう錯覚させるような、そんなもの哀しい憂いを私に感じさせた。
何しろ五歳の頃より王宮でお妃教育を受けてきたシャノン様の英知を、神子の力により産まれた時より受け継いでいるのだから、子供であっても侮る事など決して出来ない。それは屋敷中の者がこの二か月の中で十分過ぎるほど実感している。
その一方で言葉や動きなどはまだまだおぼつかないのだから彼女はとても不均衡だ。その差異が時に微笑ましくもあるのだけれど…、それを揶揄うと彼女はプイとそっぽを向く。その姿もまた皆の目を楽しませているとは思ってもみないことだろう。
「ああ、ほらシェイナ。無理してナイフを使う必要はない。こちらのスプーンを使うといい」
「やでちゅ」
シェイナが今まで使っていたのはプリチャード邸でシャノン様が製作させたという先端が三つに割れたスプーンだ。フォークの機能が組み合わされたそのスプーンを見たコナーなどは、「実に合理的だ!」と興奮していた代物だ。
そのスプーンを使って彼女は器用に柔らかく煮込んだ食事を口に運んでいたのだが、ほとんど大人と同じようなものが食べられるようになってきたとあって、シェイナはどうやら正式なカトラリーで食事がしたくなってきたらしい。
「ふふ、君は意外と頑固なんだね。だけどまだ上手く握れないだろう?」
「できまちゅ」
「困ったお嬢様だ。ではこうしよう」
横からシェイナの小さな手の甲を包み込みほんの少し力を加え手助けをする。
滑らかな断面で切れていく鶏肉のローストレモン添え。これはプリチャード邸でご馳走になった、シャノン様のお好きなメニューだ。
高価なレモンを肉料理に添える、贅沢という感覚が抜けきらないわけではないが、これもまた慣れていかなければならないのだろう。高位貴族とは何より矜持を大切にするものだ。
その矜持を子供ながらに持ち合わせるシェイナは、一人でカトラリーを上手く扱えないことが恥ずかしいのか、気が付けばその頬はほんのり染まっている。
「恥ずかしがる必要はない。私も子供の頃は母にこうして教わったものだ」
「う…」
恥じらう姿もまさに小さなシャノン様だ。恥じらい深い彼もまた私と過ごすときよくこうして頬を染められる。
「君を見ていると想像してしまうよ。シャノン様も幼い頃はこんな様子であられたのだろうか、とね」
それをきいたシェイナは少し遠い目をして、ナイフから手を放すと常に携帯している文字盤を動かした。
ーシャノンは王宮の講義室でテーブルマナーを学びながら日々の食事をとりましたから。お妃教育にあがって半年くらいには完璧にカトラリーを使いこなしていましたー
「そうなのかい?何故知って…、ああ、もしや記憶も一部受け継いでいるのかい?」
コクリ
「驚いたな…、では本当に二人で一人なのだね」
ニコリ
「ではシャノン様が幼い頃の…そうだな、テーブルマナーの失敗談なんかももしや君は知ってるんだね」
ーいいえジェローム、シャノンが食事を共にしたのは講師を務める伯爵家のご婦人で、彼女はとても厳しく失敗は許されませんでしたー
「そ、それは…」
ーこんな風に楽しく語らい合う食事などしたこと無かったのですよ。ですからきっと今は食事が楽しくて仕方ないのじゃないか、そう思いますー
ほんの軽口のつもりだったのだが…思いのほかそれは辛い思い出を呼び起こしてしまったらしい。
だが次の瞬間には何事も無かったかのように微笑むシェイナの表情は…覗き見た記憶の向こうに居る幼い兄の心情を思い遣ると言うよりはまるで…
…まるでそこに居たのが彼女自身なのではないかと、そう錯覚させるような、そんなもの哀しい憂いを私に感じさせた。
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