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アレイスターとシャノン

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扉の開く音に振り返ってみればそこに居たのはシャノン。
今一番顔が見たくて、そして今一番顔を見るのが辛い相手だ。

父である王陛下から分割統治の条件を突き付けられ、私は思案を続けていた。
私の前では感情豊かに様々な表情を見せるシャノン、それらは今までの彼から考えられない姿だ。その彼が自分らしくあるために初めて翻した小さな反旗。私は彼の望むままその旗手を務めてきたが、この条件を知った彼はどんな反応を見せるだろう。そんなことを思いながら、どう伝えるべきかと考えあぐねていたのだ。

コンラッドの手引きで地下通路を使いやって来たというシャノン。彼は私の顔を見るなりなりふり構わず子供の様に泣き始めた。恐らくはプリチャード侯からシェイナ嬢の話を聞き不安でたまらないのだろう。

「ひぅ…お、王様はシェイナを神子だって…、あ、アレイスターは言ってな」
「私が言うはずないだろう。君がシェイナ嬢の身を案じていることは分かっている」

「なら何で…、うぇぇ…」

泣きじゃくる彼の言葉は要領を得ない。だが彼がシェイナ嬢とトレヴァーの婚約を望んでいない事、それだけは一目瞭然だ。

「し、シェイナはそれでも良いって言う。それが一番丸く収まるって…でも…でも…、ヤダヤダヤダ!そんなのダメ!」

感情の高ぶったシャノンが思わず口にするシェイナ嬢のもつ聖なる力の一端。シャノンと対等に会話が出来るという事実、大人のような理解力と判断力を持つという事実、それらはシェイナ嬢が神子であることを示している。
それを知れば父は何が何でも譲らぬだろう。厄介なことだ。

「シェイナは…シェイナはいっぱい我慢して、いっぱい苦しんで…、誰にも言わずにいっぱいいろんな想いを飲み込んできたの…。こんなのダメ…」

「泣かないでシャノン…」
「シェイナには誰より幸せになる権利があるの!」

「トレヴァーは気性の穏やかな子だ。悪い相手ではないと思うが…」

「王家はダメ!絶対ダメ!そ、それにシェイナにはジェロームが…ジェロームが…」
「ジェローム?エンブリー卿か。それが何か?」

「ジェロームは…ぼ、うぅ…シ、シェイナの初恋なの!シェイナが満足するまでジェロームの側に居させてあげたい!二歳か三歳になったらシェイナには身体の弱い振りをさせて…療養とかなんとか言って二人揃ってエンブリーで面白おかしく暮らすつもりでいたのに!」

いつの間にかとんだ計画を立てていたものだ。今のシャノンには妙な行動力がある。プリチャード侯も胃の痛い事だろう。
だが…妹想いのシャノン。優しいことだ。彼シャノンの初恋もまたエンブリー卿なのだろうに。

モリセット子爵邸でエンブリー卿に会った時、私は彼から幼いシャノンとの邂逅を聞かされていた。
そこで全てを理解したのだ。何故彼が面識のないはずのエンブリー卿へ救いの手を差し伸べたのか、何故彼があれ程まで黒髪の男性が好きなのか、そしてエンブリー卿の前で見せる乙女のような恥じらいの表情、その理由も。

コンラッドとの関係に疲弊した幼いシャノンにとってそれは救いであり癒しでもあったのだろう。
ならばシャノンの心を救ったエンブリー卿には私からも敬意をはらおう。

憧れは憧れのまま大切にすればいい…今のシャノンが頼り甘える相手、それは私なのだから。

「なのに…、なのにおと、お父様が、ひぃぃっく!ジェ、ジェロームにお嫁さんを…どうしよう…」

「それは…だが仕方ないだろう。エンブリー卿は23だったか、そろそろ考えてもいい頃だ。陞爵は良い機会とも言える」

「ダメ!ヤダ!アレイスター何とかして!シェイナのこともジェロームのことも…アレイスターなら何とか出来るでしょ?」
「随分買いかぶってくれたものだ…」

「買いかぶりじゃない!アレイスターは僕を助けてくれる!アレイスターお願い!何とかして!」
「シャノン…」

顔中を涙で濡らしながら泣く姿はあの火事の夜と同じ。だがあの時と違うのは…彼がこの私に救いを求めたということ。「何とかして」「助けて」そう何度も言い募りながら。
負けず嫌いな彼の…私にだけ見せる子供のような姿。ここで応えなければ男が廃る、そうだろう?

「シャノン。私も君に話したいことがあったのだよ。だからこれは神の采配とも言える。まさしくね」
「神…?何のこと?」

小柄な彼のつむじは丁度私の視線の先だ。私はそのプラチナの髪を何度も撫でながら彼を落ち着かせるようゆっくりと話し始めた。




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