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97 断罪と暖炉の炎

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パチパチと燃える暖炉の炎が、半日の馬車で冷え切った身体を溶かしていく。だけど僕を溶かしたのは他でもないジェローム自身だ。

「シャノン様…お父上に心配かけてはいけませんよ」
「ゴメンナサイ…」
「ですがまさかここであなたにお会いできるとは…ふふ、この屋敷にだけ一足先に春が来たようです」

「ジェローム…」ぱぁぁぁ…

背後からコナーとヘクター両名のため息が聞こえる…。言っておくけどこの件は第二王子様も同罪だから。あの二人は、まるで僕だけが悪いみたいに言うが一人だけ責められる謂れは無い。
それにしても口うるさい理系コンビと違いジェロームは包容力の塊だ。あの夏の日に僕を完落ちさせた微笑みは相変らず健在なうえ、更にパワーアップしている気がする。

言いつけを守らなかった僕を許して欲しい…。だけどこれも愛ゆえ…ああ…僕はなんて悪い子なんだ…

「さあ皆様、急ごしらえですが部屋を移して食事をどうぞ。ですがなにぶん急ゆえ…殿下の口に合うかどうか。粗末なものしか用意が無く。私はつましい暮らしが身についておりまして…」

「いやエンブリー卿。連絡も無しに訪れた我々が何を望むものか。手間をかけさせてすまない」

アレイスターはこう見えて王子にしては見どころがある。僕と一緒に飲んだ白いスープだって美味しい美味しいとおかわりした男だ。案の定、彼は屋形船よりも質素かもしれないメニューを笑顔で平らげていく。おっと、負けないよ?

「ジェローム、すごく美味しいです。この焼いたお肉」

「ハーブをまぶして焼いただけの干し肉ですが…固くはありませんか?」
「いいえちっとも。こっちのパンとチーズも最高です」

「そう仰っていただけると何よりですが…」

僕は出されたものは何でもありがたく食べる主義だ。それにしてもここであのネットで見たことのあるハイジのパンを食べられるとは…むしろ感動モノ。

「それよりシェイナは眠ってますか?」
「ええ。いくら寝台のある『館船』とはいえ、それでも疲れていたのでしょう」

うっ!周囲の視線が痛い…

「ごめんなさい…。でもシェイナはジェロームが大好きなんです。叱らないでやってくださいね」
「エンブリー卿、叱るならシャノン様お一人を。さすがの私も出航した『館船』の船内で幼児を抱いたシャノン様に扉をノックされた時には自分の目を疑いましたよ」

「うぅ…」シュン…

反論の余地なし…。僕もシェイナを抱いたアレイスターを見た時同じ事を思ったよ。

「ヘクター。それくらいにしてやってくれないか」
「おや?どこかの殿下も奇行には覚えがあるらしい。やれやれ。どうりで気が合うわけだ」

人をまるでエンジョイサプライズ勢みたいに…失礼な。

その日の晩はお湯だけ頂いてそのまま眠ることにした。
積もる話はあれど、ジェロームを満喫するより先に今は揺れないベッドを満喫したい。思った通り泥のように眠ったらしい。朝方ほっぺをぺちぺちするシェイナの手におこされるまで、僕は一度も目を覚まさなかった。

さてさて、昨夜と違い明るい窓の外では雪が朝日に照らされキラキラと輝いている。

「シェイナ、少し行って見ない?」
「アゥ」

いくらここが貧乏男爵家だったとはいえ一応貴族。身の回りを世話する使用人は最低限だがもちろんいる。僕はすれ違ったメイドさんにシェイナ用のスープをお願いすると、シェイナを毛布にくるんだまま白銀の世界に足跡をつけた。

「そうだシェイナ。ウサギさんつくってあげようか?」
「アゥー!」

雪国生まれではない僕だが、年に数回程度なら雪の積もることもあった前世。休校になると弟妹達と一緒に、庭でミニ雪だるまや雪ウサギを作ったりしたのも良い思い出だ。キャッキャッと喜ぶシェイナに弟妹の面影を見て、懐かしさのあまり気が付いたら僕たちはいつの間にかウサギの軍勢に囲まれていた。そこに登場したのはウサギ軍の総大将。ジェローム♡

「これはなんと愛らしい光景でしょう。シャノン様、昨夜は良く眠れましたか?」
「ジェローム!お、お早いですね。お父様とかちっとも起きてこないのに」

「どこからか天使の声が聞こえてきたので目が覚めたのです。窓から見下ろしたところプラチナの髪をなびかせた天使が雪にお絵描きをしておいででした。いつからここは天国になったのかと思いましたよ」

くぁー!これだよ!

「あ、あの…、もう怒ってないですか?」
「初めから怒ってなどいません。心配しただけです」

品のある柔和な声。ああ…耳が幸せ…

「ジェロームに会いたかったんです。春まで…なんて待てなくて。この秋は大変だったんですよ。後で慰めて下さいね」
「昨夜少々殿下から伺いました」

アレイスター…どんな伝え方したんだろう。ジェロームの整った顔が歪められる。

「あなたが無事で本当に良かった。それよりどうして知らせて下さらなかったのですか?」

…さすがに文面だけでは却って心配するだろうと思って手紙は送らなかったのだけど…こんなことならアレイスターも口止めしとくんだった…。

「そういうお顔をさせたくなくて。でも心配しないでくださいね。僕は自分で報復しましたから」
「報復…?」

「これくらいの石を思いっきりぶつけてやりました。最後はもっとデカいのぶつけてやるつもりだったのに邪魔されましたけど」

石の大きさを示そうとこぶしを作って前に突き出した手。ジェロームはそれをそのままそっと握りこむ。ふ、ふぉぉぉぉ!手ー!

「え、あ、あの…」
「あなたはお強い。いつもそうやって誰にも助けを求めず一人で耐えてしまわれる。…成長したあなたの中に…私の知る悲しい背中はもう無いのかもしれない。それでも…あなたを助けたいと願う者がここに居ることだけは覚えておいていただきたい」

哀しい背中…何を言っているのか、言葉の意味は分からないけど、僕の脳内は握りこまれた手の温もりと僕の顔を覗き込む黒い瞳に占領されて、正直それどころじゃない。顔面が爆発しそう…


だから目をガン開いたシェイナがそんなジェロームをじっと見ていたことにも気付かなかった。





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