72 / 229
ブラッド
しおりを挟む
あの悪夢のような出来事の後、リアムとアリソンを無理やり起こすと僕たちは先に少しばかりの打ち合わせをした。
何も知らぬ4人の上級生には、彼らの友人であるヘクター先輩が
「すまない、気を利かせたつもりでブランデーをたらしたのだが多すぎたようだね」
と、誤魔化してくださった。彼は友人方に小突かれていたが、おかげで何とか何があったかを知られず済むことが出来た。
色々と話し合う必要を感じ、僕はそのままアリソンの屋敷であるクーパー伯爵邸で夕食をご馳走になることにした。
そこにはハワード伯爵家のリアム、チャムリー侯爵家のミーガン嬢、そして、少し遅れて裏口からロイドも合流した。
アーロンは未だ厳しい教会の規律の中で暮らしている。王家からの呼び出し以外で、全ての講義が終わった学院にいつまでも居残らないのも、教会の外をフラフラと出歩かないのも、それらの規律があるがゆえ。今の僕たちにはとても幸いに思えた。
思えばこの5人で顔を突き合わせて話し合う日が来るなどと考えたことも無かったが…、あれほど形式主義の集まりに思えた彼らが、今では貴族の鏡に見えてくるのだから、いかに歪んだものの見方をしていたか、自分の浅はかさが身に染みる…
「ロイド、今回は本当に助かった。君のおかげだ」
「いや、私も彼が何をするかまでは分からなかったのだし…」
「それで信者たちはどうでしたの?」
「あの様子では何も分かっていないだろう。彼らは蚊帳の外だ」
愚かな信者たち。アーロンの唱える博愛の世界に、真の幸せがあると本気で考えているのか。
「だがあの場の全員を眠らせるとは大胆なことをする」
「彼は話をしたいだけだと嘯いていたらしいが…とてもそうは思えない」
「アリソン、それはつまり…?」
「人には言えない真似をする気でいたと思うね…。そうすればシャノン様の口封じが出来る」
「……」パキ…「ああすまない。思わずグラスを…」
「かまわない。メイドに言って取り替えさせよう」
ロイドの怒りはもっともだ。僕もアリソンの言葉が考えすぎだとは思えない。シャノンを舐めるように見ていたアーロンのあの目、あの視線。もしもシャノンが一瞬でもアーロンの言葉に揺れたら…きっと絡めとられた。
アーロンはその隙を見逃さず、強引にシャノンに印をつけただろう…。そう、背徳と言う、罪の印を。
「君たちは大丈夫なのか、ブラッド、ロイド」
あれだけ始終側に居たのだ。疑われるのも無理はない…
「僕もロイドも簡単にはコンラッドを裏切らない。僕たちは親友だ」
「そうだ。だからこそアーロンはあれほど念入りに、神との対話と称し、私たちに歪んだ博愛を説いたのだ」
そう…。もう少しで信じるところだった。コンラッドと共にアーロンを愛する未来が正しいものだと…
そして僕たちは情報を共有する。一足先にロイドと検討を続けていた僕たちは多少の事実を確定していた。
まず一つにアーロンの標的となるのは不幸な者だということ。だがその不幸には様々な形がある。事実かどうかは関係ない。本人がどう思っているかが重要なのだ。満たされていなければいないほど、アーロンからの慈愛は増していく。
そして二つめ、アーロンは何も強制しない。彼はいつだって自分からは何も望まない。彼は巧妙に示唆するだけなのだ。どうすべきなのかと。そして誘導し、…彼はいつでも自身で選ばせ行動させるのだ。まるでそれが己にとって心からの望みであったかのように。
「だからこそ恐ろしい。人は自分の選択を間違ったとは思いたくないものだ。下手に否定すればするほど頑なになる」
「ロイド…」
「だが逆もまた叱りだ」
以前よりも堂々とした態度でロイドが言う。
「それゆえシャノン様は自分自身で気付かせる。何故なら…選ばされた先に真の成長はないからだ」
そうして彼は気付いた。後を追ってこの僕も、危うい所だったが気付くことが出来た。
コンラッド…。彼はまだ、間に合うのだろうか…
蛇足だが、シャノンからのハンカチをロイドは震えた手で受け取り、丁寧に箱に仕舞うと空を見上げ、そして静かに、つ、と涙を流した。
その顔はまるで聖遺物を手にした巡礼者のようで…彼が幸せならばそれでいい、僕は声をかけるのを躊躇い、そっとその場を離れることにした。
何も知らぬ4人の上級生には、彼らの友人であるヘクター先輩が
「すまない、気を利かせたつもりでブランデーをたらしたのだが多すぎたようだね」
と、誤魔化してくださった。彼は友人方に小突かれていたが、おかげで何とか何があったかを知られず済むことが出来た。
色々と話し合う必要を感じ、僕はそのままアリソンの屋敷であるクーパー伯爵邸で夕食をご馳走になることにした。
そこにはハワード伯爵家のリアム、チャムリー侯爵家のミーガン嬢、そして、少し遅れて裏口からロイドも合流した。
アーロンは未だ厳しい教会の規律の中で暮らしている。王家からの呼び出し以外で、全ての講義が終わった学院にいつまでも居残らないのも、教会の外をフラフラと出歩かないのも、それらの規律があるがゆえ。今の僕たちにはとても幸いに思えた。
思えばこの5人で顔を突き合わせて話し合う日が来るなどと考えたことも無かったが…、あれほど形式主義の集まりに思えた彼らが、今では貴族の鏡に見えてくるのだから、いかに歪んだものの見方をしていたか、自分の浅はかさが身に染みる…
「ロイド、今回は本当に助かった。君のおかげだ」
「いや、私も彼が何をするかまでは分からなかったのだし…」
「それで信者たちはどうでしたの?」
「あの様子では何も分かっていないだろう。彼らは蚊帳の外だ」
愚かな信者たち。アーロンの唱える博愛の世界に、真の幸せがあると本気で考えているのか。
「だがあの場の全員を眠らせるとは大胆なことをする」
「彼は話をしたいだけだと嘯いていたらしいが…とてもそうは思えない」
「アリソン、それはつまり…?」
「人には言えない真似をする気でいたと思うね…。そうすればシャノン様の口封じが出来る」
「……」パキ…「ああすまない。思わずグラスを…」
「かまわない。メイドに言って取り替えさせよう」
ロイドの怒りはもっともだ。僕もアリソンの言葉が考えすぎだとは思えない。シャノンを舐めるように見ていたアーロンのあの目、あの視線。もしもシャノンが一瞬でもアーロンの言葉に揺れたら…きっと絡めとられた。
アーロンはその隙を見逃さず、強引にシャノンに印をつけただろう…。そう、背徳と言う、罪の印を。
「君たちは大丈夫なのか、ブラッド、ロイド」
あれだけ始終側に居たのだ。疑われるのも無理はない…
「僕もロイドも簡単にはコンラッドを裏切らない。僕たちは親友だ」
「そうだ。だからこそアーロンはあれほど念入りに、神との対話と称し、私たちに歪んだ博愛を説いたのだ」
そう…。もう少しで信じるところだった。コンラッドと共にアーロンを愛する未来が正しいものだと…
そして僕たちは情報を共有する。一足先にロイドと検討を続けていた僕たちは多少の事実を確定していた。
まず一つにアーロンの標的となるのは不幸な者だということ。だがその不幸には様々な形がある。事実かどうかは関係ない。本人がどう思っているかが重要なのだ。満たされていなければいないほど、アーロンからの慈愛は増していく。
そして二つめ、アーロンは何も強制しない。彼はいつだって自分からは何も望まない。彼は巧妙に示唆するだけなのだ。どうすべきなのかと。そして誘導し、…彼はいつでも自身で選ばせ行動させるのだ。まるでそれが己にとって心からの望みであったかのように。
「だからこそ恐ろしい。人は自分の選択を間違ったとは思いたくないものだ。下手に否定すればするほど頑なになる」
「ロイド…」
「だが逆もまた叱りだ」
以前よりも堂々とした態度でロイドが言う。
「それゆえシャノン様は自分自身で気付かせる。何故なら…選ばされた先に真の成長はないからだ」
そうして彼は気付いた。後を追ってこの僕も、危うい所だったが気付くことが出来た。
コンラッド…。彼はまだ、間に合うのだろうか…
蛇足だが、シャノンからのハンカチをロイドは震えた手で受け取り、丁寧に箱に仕舞うと空を見上げ、そして静かに、つ、と涙を流した。
その顔はまるで聖遺物を手にした巡礼者のようで…彼が幸せならばそれでいい、僕は声をかけるのを躊躇い、そっとその場を離れることにした。
3,611
お気に入りに追加
5,680
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました
大森deばふ
BL
ユランは、幼馴染みのエイダールが小さい頃から大好き。 保護者気分のエイダール(六歳年上)に彼の恋心は届くのか。
基本は思い込み空回り系コメディ。
他の男にかっ攫われそうになったり、事件に巻き込まれたりしつつ、のろのろと愛を育んで……濃密なあれやこれやは、行間を読むしか。←
魔法ありのゆるゆる異世界、設定も勿論ゆるゆる。
長くなったので短編から長編に表示変更、R18は行方をくらましたのでR15に。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
浮気三昧の屑彼氏を捨てて後宮に入り、はや1ヶ月が経ちました
Q.➽
BL
浮気性の恋人(ベータ)の度重なる裏切りに愛想を尽かして別れを告げ、彼の手の届かない場所で就職したオメガのユウリン。
しかしそこは、この国の皇帝の後宮だった。
後宮は高給、などと呑気に3食昼寝付き+珍しいオヤツ付きという、楽しくダラケた日々を送るユウリンだったが…。
◆ユウリン(夕凛)・男性オメガ 20歳
長めの黒髪 金茶の瞳 東洋系の美形
容姿は結構いい線いってる自覚あり
◆エリアス ・ユウリンの元彼・男性ベータ 22歳
赤っぽい金髪に緑の瞳 典型的イケメン
女好き ユウリンの熱心さとオメガへの物珍しさで付き合った。惚れた方が負けなんだから俺が何しても許されるだろ、と本気で思っている
※異世界ですがナーロッパではありません。
※この作品は『爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話』のスピンオフです。
ですが、時代はもう少し後になります。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる