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36 断罪を見守る者

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冬期休暇から春季休暇まではあっという間だ。
その頃僕は、アシュリーの屋敷で打ち合わせをした、北部へ送る娯楽のネタ帳を必死で作成していた。

これは間違っても国教に逆らう行為ではない。
そもそも参照の別紙によれば、シッタカブッタとは厳密に言ったら神ではない。正確に言うと、彼は神の教えを伝える人である。
そして彼の指す神様は前世で言う八十とか、八百、とか八千、とかいう神様のことで、要するに、なんにでも敬意をもち、感謝して大切になさい、という、エコな庶民が馴染みやすい教えである。

そこで、修行生活に根差した道徳の本を作るという…と言う名目で、そこかしこにシッタカブッタとナンダカンダの絡み(うひょー!)をコソッと入れ込み、後日僕が楽しむというやましい企み。
あとは北部に最高の絵師さんがいることを願うばかりだ。

それにしてもジェロームの言う僕の『夢』とは何ぞ?
僕の夢は終始一貫、前世で失われた何十年かを取り戻す、断罪後の自由で気ままな生活である。

手紙の最後には琥珀を見つけたと書かれていたが…

あれは確か小4の時、夏休みの温泉旅行でおじいちゃんにみやげ売り場で買ってもらったのが二千円ぐらいの虫入り琥珀だったはず…。
ぷっ!ジェロームってば琥珀ぐらいで大喜びして…カワイイなぁ。少年の心を忘れない大人か…。ますます美味しい…

捕らわれた虫…、はっ!もしかしてジェロームは「かかあ天下でいい!」そう言ってるんじゃなかろうか。
かかあ天下を僕の夢とは失礼な。こう見えて僕はリードされたい派である。ここは一筆書いておかねばなるまい。

さて、そうこうして過ごす冬の終わり、予定よりも早くニコールさんが産気づいた。
これは一か月と少しくらい早いお産となる。そのため産婆さんもお医者さんも集まり、屋敷の中は昨日から騒然としている。

「眠れない…カイル…、ニコールさんのところに行っちゃダメ?」
「今あの部屋は男子禁制です」

「うぅ…、じゃあせめて控えの間まで。落ち着かない…」
「そうなさいませ。今あの部屋には旦那様もお出でになります」

控えの間、それは主寝室に入る手前にある、主に侍女などが待機するための部屋である。待機の小部屋、…と言っても、そこは侯爵家。庶民なら住めそうな広さがある。

ここで少し説明しておこう。この王都のプリチャード邸はかなり贅沢な作りになっている。

王都とは言ってもそこは現代ヨーロッパとは違う壮大さの世界観。貴族街の中でも屋敷が集まるエリアは、少し高台にある王城を下ったところに広がる広大なエリアで、一区画ごとが既に一町内並みである。
そんな中にあってこのプリチャード邸も、領地の半分以下に部屋数は抑えられているが、それでも三階建てで左右にドーンと広がった広大な敷地を持つお屋敷だ。当然裏庭も中庭も温室も完備の緑あふれた贅沢さだ。

春から秋はほぼ領地に居る父親も、タイミングよく丁度王都に滞在中でラッキーだった。ここ数日間は出仕も控え、プリチャード侯爵家の後継者(勝手に決めてる)を今か今かと待ちわびている。

「ニコールは無事だろうか」
「お父様…」
「ようやく今回ここまでこぎつけたのだ。今度こそあれに小さな我が子を抱かせてやりたい…」
「きっと大丈夫です!三度目の正直って言いますし」

二度あることは三d…知らん!そんな言葉は!

「父様、兄さん。状況は…」
「まだまだみたい」

同じく眠れないのだろう。控えの間にはブラッドまでもが集まって、役立たずな男三人がオロオロウロウロし続けている。
もうすぐ夜明けになる頃だろうか。ようやくその禁断の扉が開かれたのは。

ーーホエ…ーー

聞こえてきたのは決して力強いとは言えない、けれど確かな赤ちゃんの声。

「お生まれになりました。侯爵様どうぞこちらへ。双子のお子でございます」
「双子…、おお!」

「双子!」
「双子…」

ライブラリの書物で知った事だが、この世界では国によって多胎児は不吉の象徴と言われることもあるらしい。そこへいくとこのルテティア国では逆に幸運の象徴と言われている。
ほー…、ルテティア国で良かった…。

「それで性別は…」

真っ先に性別を聞く父を「おい…」と思いそうになるが、如何せん。ここはそういう価値観の世界。仕方ない。

「ご子息とご令嬢でございます」

「わあ…!」
「…ふぅ…」

隣でブラッドが息を吐いたのが分かった。これ以上邸内に揉め事の種はゴメンなのだろう。っていうか、結婚の性別がフリーなら跡取りもフリーにしろよっ!気の利かないシナリオライターだな…

「ニコール、よくやってくれた」

お父様がニコールさんに優しく声をかけ感謝をささげている。いい光景だ。これを機に少しは夫婦仲に情が通うといい、そんなことを考えながら僕はそっと双子を覗き込んだ。

小さい…

双子の、それも早産の赤ちゃんはとても小さい。保育器とかないこの時代ではまだまだ予断を許さない。それでも差し出した僕の指を、赤ちゃんたちは、キュ、と握った。

「シャノン…」
「兄さん…」

「シャノン様、ハンカチを」
「えっ?あ、ああ…」

なんという事だろう。僕の目からはいつの間にか知らず知らずのうちに涙が流れていたのだ…。
自分自身にも止められない涙。生命の神秘とは感動的なモノだ…

「シャノン様、これほど感激していただけるとは…わたくしも嬉しゅうございます」
「ニコールさん…、本当にありがとう。ありがとう!」

我に返った僕は本日の最功労者にねぎらいの言葉を忘れない。
無理しないで双子は乳母と医者に任せて当分ゆっくり休むように声をかけると、ニコールさんに負担をかけないよう、早々に部屋を出た。
この医療レベルでは、産後のケア次第で母体も命の危機にさらされる。何も大袈裟じゃない。無理は禁物。もと病人だった僕は身に染みている。

時刻は早朝。因みに僕たちは一睡もしていない。

今日は学院を休め、というお父様の配慮に甘えて、僕もブラッドもその後すぐに寝室へと戻った。
ベッドに潜り込んだ後も興奮の余波か、なかなか寝付けない。僕の胸に去来した不思議な感覚…。そうか…僕がお兄ちゃんで居られるのも…、あと二ね…ん…zzz…

目が覚めたのはお昼過ぎ。う~ん、夕方まで寝る気満々だったのに。

「ふわ~あ…、カイルー!」
「シャノン様、昼食はどちらで?」
「ここで。その後双子ちゃんを見に行きます」
「かしこまりました」

改めて眺める小さな命。男の子はダニエル・アノン、通称ダニー。女の子はシェイナ、と名付けられた。

「シェイナ…」
「『美しい』という意味の女児名ですよ」

そう教えてくれたのはルーシー。

「ニコール様が、アノン様とシェイナ様でシャノンになるようにお付けになられたのですって」

「…そうなんだ。美しい、か。シェイナにピッタリ」
「良いお名前です」

何故ニコールさんが名前にそんな意味を持たせたのかは分からない。
だけどその日から僕は、朝の登校前と帰宅後の双子詣でが日課になった。





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