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アレイスターと下町
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神礼祭で皆の目が凱旋パレードに集中し、そして高位貴族が祝宴の為に王城へ集まるこの機に乗じ、シャノンが下町の視察に向かうという話がバーナード伯からもたらされた。
そこで少し考え、私もそれに便乗することにした。
彼はいつも行動的だ。確かにこんな機会はそうそう無いだろう。
母の立場や王妃の顔色を窺い、息を潜めるばかりの自分を恥じ入るばかりだ。だからこそ今日という日がはじめの一歩になればいい。
シャノンという、力強い光を身にまとって。
そのシャノンは素性を誤魔化すために庶民の、それも女性ものの服に身を包んでいる。丸みを持たない男の彼、そこには令嬢たちでは出せない涼やかな魅力がある。
コンラッドが氷のようだと評したのは、この涼やかさのことだろうか?だとしたら彼の目はとんだ節穴だ。
見るがいい。通りすがる男どもが、みなシャノンの姿に見蕩れている。それがどれほど不快か。
忘れてはならない。彼はコンラッドの婚約者だ…。だが今目の前にいるのは「シャロン」という名の町娘。そして私は「アレク」。平民の恋人同士、それが今の私たちだ。
腕を組んで歩きながら、子供の玩具を借りて遊んだり、屋台の客と話したり。
二人で歩く花と笑顔に溢れた街。シャノンの慈愛から生まれた新たな下町。
春には一面を染めるという『愛の神託』。北部の民間薬と言われるタンポポに彼はどのような意味を乗せたのか。
下町を管轄するのはバーナード伯。彼は私の支援者で…、彼の息子は私の側近だ。
そして北部は母の故郷。ならばこのタンポポは私へのメッセージに違いない。
「起て!」恐らく彼はそう言いたいのだろう。だがそれには熟考が必要であり、決して軽率に動いてはならない。動くからには失敗など許されない。まだ早い、私はそう考えていた。
王家のパレードを尻目に、彼は行く先々で大量のものを買い入れていく。ああそうか。これもまた陰ながらの下町支援、そういう事か…。彼との街歩きは心躍るだけでなく、全てが勉強になる。
そうして立ち寄った最後の店ではその豪快な買い物によって、既知である女店主に、シャノンの正体は簡単に見破られてしまった。ところがシャノンときたら不思議そうな顔をして…、ふふ、可愛い人だ。
我々の意図に気付きその口をすぐに噤んだ女主人は、幸いなことに私の素性は気付いていない。
シャノンが美味しいと相好を崩す白いスープ。それは野菜片で作られた、下町特有の質素なスープだ。それらが屑だと分からないように長時間煮込まれたそれすら、シャノンは柔らかくて美味しいという…
その時私は、今まで食べたどれほど豪勢な食事も、この白いスープには敵わない、そう感じていた…。
スープを飲み干しながら、シャノンは未だ庶民の間では貴重な石鹸が、彼らの廃棄物から作れるのだと教えてくれる。何と博識な。さすがシャノンだ。
そこに現れた一人の少年。恐らく彼が善行を施されたという孤児院の子供なのだろう。彼はシャノンに何か言おうとして、だが紅潮した顔のまま、何も言えずに立ち呆けている。おやおや。シャノン…全く罪作りな人だ。
「シャノンさ」
「僕はただの町娘だから!」
シャノンはそう言うと子供に、石鹸造りに必要な灰と油を集めてくるよう言い渡した。
子供は躊躇っている。それはそうだろう。孤児院の子供を使う貴族など一人もいない。なのにシャノンは、子供にお礼まで渡すと言うのだ。
それを分っているからか、手伝いを言いつけられた騎士の一人も、どことなく誇らしげだ。
それにしても、正直、大鍋二つもどうするのかと思っていたのだが、初めから孤児院へ運ぶつもりだったのか?
「アレク?何笑ってるんですか?」
「いや。いいものを見せてもらったと思ってね」
下町に石鹸を普及させるのだろう。
恥ずかしそうに顔を背けるシャノン。こうしてまた一つ、彼の街が愛に包まれる…
そこで少し考え、私もそれに便乗することにした。
彼はいつも行動的だ。確かにこんな機会はそうそう無いだろう。
母の立場や王妃の顔色を窺い、息を潜めるばかりの自分を恥じ入るばかりだ。だからこそ今日という日がはじめの一歩になればいい。
シャノンという、力強い光を身にまとって。
そのシャノンは素性を誤魔化すために庶民の、それも女性ものの服に身を包んでいる。丸みを持たない男の彼、そこには令嬢たちでは出せない涼やかな魅力がある。
コンラッドが氷のようだと評したのは、この涼やかさのことだろうか?だとしたら彼の目はとんだ節穴だ。
見るがいい。通りすがる男どもが、みなシャノンの姿に見蕩れている。それがどれほど不快か。
忘れてはならない。彼はコンラッドの婚約者だ…。だが今目の前にいるのは「シャロン」という名の町娘。そして私は「アレク」。平民の恋人同士、それが今の私たちだ。
腕を組んで歩きながら、子供の玩具を借りて遊んだり、屋台の客と話したり。
二人で歩く花と笑顔に溢れた街。シャノンの慈愛から生まれた新たな下町。
春には一面を染めるという『愛の神託』。北部の民間薬と言われるタンポポに彼はどのような意味を乗せたのか。
下町を管轄するのはバーナード伯。彼は私の支援者で…、彼の息子は私の側近だ。
そして北部は母の故郷。ならばこのタンポポは私へのメッセージに違いない。
「起て!」恐らく彼はそう言いたいのだろう。だがそれには熟考が必要であり、決して軽率に動いてはならない。動くからには失敗など許されない。まだ早い、私はそう考えていた。
王家のパレードを尻目に、彼は行く先々で大量のものを買い入れていく。ああそうか。これもまた陰ながらの下町支援、そういう事か…。彼との街歩きは心躍るだけでなく、全てが勉強になる。
そうして立ち寄った最後の店ではその豪快な買い物によって、既知である女店主に、シャノンの正体は簡単に見破られてしまった。ところがシャノンときたら不思議そうな顔をして…、ふふ、可愛い人だ。
我々の意図に気付きその口をすぐに噤んだ女主人は、幸いなことに私の素性は気付いていない。
シャノンが美味しいと相好を崩す白いスープ。それは野菜片で作られた、下町特有の質素なスープだ。それらが屑だと分からないように長時間煮込まれたそれすら、シャノンは柔らかくて美味しいという…
その時私は、今まで食べたどれほど豪勢な食事も、この白いスープには敵わない、そう感じていた…。
スープを飲み干しながら、シャノンは未だ庶民の間では貴重な石鹸が、彼らの廃棄物から作れるのだと教えてくれる。何と博識な。さすがシャノンだ。
そこに現れた一人の少年。恐らく彼が善行を施されたという孤児院の子供なのだろう。彼はシャノンに何か言おうとして、だが紅潮した顔のまま、何も言えずに立ち呆けている。おやおや。シャノン…全く罪作りな人だ。
「シャノンさ」
「僕はただの町娘だから!」
シャノンはそう言うと子供に、石鹸造りに必要な灰と油を集めてくるよう言い渡した。
子供は躊躇っている。それはそうだろう。孤児院の子供を使う貴族など一人もいない。なのにシャノンは、子供にお礼まで渡すと言うのだ。
それを分っているからか、手伝いを言いつけられた騎士の一人も、どことなく誇らしげだ。
それにしても、正直、大鍋二つもどうするのかと思っていたのだが、初めから孤児院へ運ぶつもりだったのか?
「アレク?何笑ってるんですか?」
「いや。いいものを見せてもらったと思ってね」
下町に石鹸を普及させるのだろう。
恥ずかしそうに顔を背けるシャノン。こうしてまた一つ、彼の街が愛に包まれる…
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