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従者カイルの回想

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あれ以来、シャノン様は人が変わったように穏やかになられた。

騒動の晩は不安の中でまんじりともせず翌朝を迎えたが、シャノン様は誰よりも早く目覚められ静かに庭に佇まれていた。その姿にどれ程安堵したことか。だが姿をお見掛けしてすぐさま駆け寄った私に、「カイルおはよう。生きてるって素晴らしいね」と深呼吸なさるシャノン様の胸中を思うと、私はうまく笑えなかった。そんな私を元気づけようと朝食を催促されるシャノン様がより一層健気で…あんな神子候補の男に入れあげる殿下もブラッド様も、私には愚かだとしか思えなかった。

その一方でシャノン様は実に精力的な慈善活動をご自分一人の力で始められた。
北部の修道院に大掛かりな寄進をお命じになると、今度は殿下への意地で買い求められたあの見事なルビーを売ると言い出したのだ。
宝石にお詳しいシャノン様が何故ニコール様に助言を求められるのかと訝しんだが、シャノン様がカサンドラ様の形見であるサファイアの指輪をニコール様に譲られた時にその理由が分かった気がした。自分亡き後父親をよろしく、そういう意味なのだろう…。形見分けの件もあり、私とルーシーはその晩涙が止まらなかった。

シャノン様は幾つかの宝石を処分されたが、それでも初めて買い求めた記念の小粒な宝石類は手元に残された。
あれはまだ10歳の時だっただろうか、旦那様からそろそろ良いだろうと、ご自分で自由に使えるご予算をいただいたとき、真っ先に私にお命じになられたのが宝石商を呼ぶことだった。
広げられた輝く宝石の中で、幼いシャノン様が手に取られたのは、加工前の、まだ形も整えられていない小さな裸石だった。
まるで砂糖菓子のように小さな裸石、思い入れがあるのだろう。キラキラと光に輝くその宝石粒のように、シャノン様の心にも希望の輝きが戻ることを私は願ってやまなかった。

新学期を目前に迎えたある日、王妃殿下はシャノン様をお茶の席に招待された。
長々とお妃教育を休まれているシャノン様とコンラッド様の仲を取り持たれるということだ。

王妃様とシャノン様のご関係は良好だったと思う。王妃様はコンラッド様に代わり、それを補うかのようにシャノン様の王宮での居心地が整うよう、常に取り計らってくださった。
ならば何故もっと早くにコンラッド様を嗜めてくださらなかったのか…、いや、今更何も言うまい。

王家に嫁ぐという重荷に、ひと時目を閉じられたシャノン様。何かを思いきられたシャノン様はかつてないほど楽しそうに過ごされている。まるで初めて世界を目にしたかのような、そんな無邪気な笑顔で。

私は一体何を今まで見ていたのだろう。シャノン様は今までどれほど多くのことを我慢なさっていたのか。

だからと言って王城から一人で帰られると思わなかったが。置き去りにされた事実に私は軽く衝撃を受けた。
だがあの時、奥庭から出て来られたシャノン様は今までに見たことのないような面持ちだった。
アレイスター殿下にまで「いいから早く!」と先を促され、その額に浮かんだ汗や目尻の涙が抜き差しならない事態を示していた。いったい茶会で何があったというのか…

従者の私ごときに狼狽した姿を見られたと羞恥をお感じだったのだろうか?だから私の顔を見るのが気まずく置いて行かれたのだろうか。きっとそうだ。

その証拠に屋敷へ戻ると、シャノン様はそれはもう私が、お止めください、と懇願するほど、何度も何度も頭を下げられた。あの場の私がどれほどいたたまれなかったことか。ルーシーにまで「シャノン様に頭を下げさせるなんて…何やったのよあんた!」と激怒されたほどだ。

そしてシャノン様は私に使いを言いつけられた。使いの内容は「貴族街の店でジンジャークッキーを買ってきて欲しい」という可愛らしいもので、そしてその言葉には「お釣りはカイルにあげる。好きなもの買っていいよ。置いてけぼりのお詫び」という続きがあり、自作の財布から一枚の金貨を手渡された。

ご自分の財布から買い物をする…、これは最近のシャノン様が見つけられた新しいお遊びだ。だからと言って金貨でジンジャークッキーを買った残りなどいくらになるか…、シャノン様は私にどれほど詫びていらっしゃるのか…。

ここ最近の行動全てに一抹の不安を感じないではおれないが、それでもシャノン様の奥底にこれほどの慈愛があったことを私は誇りに思う。

ああシャノン様、明日もシャノン様にとって平穏な一日でありますように…


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