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第三夜

俺のターン②

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「俺の基準はシンプルです。『昨日自分の意見を表明したかどうか』。その基準からすると御廻さんに同調した中では才商さん、しなかった中では美坂さんを怪しんでました」

 俺は言い終わる手前で美坂さんを視界の隅に捉えた。彼はぼやけた視界の中でも顔色が悪いのが分かる。

 「ただその基準からすると、2人の昨日の発言ではそこまで差はない。それで……」

「や、割り込んじゃうけどさ、ボク、そこのホスト君とは違ってちゃんと理由も言ってたと思うんだけど」

 才商さんは笑顔のままそう言って両手を机の上で合わせた。……ポーズといい彼の風貌といい、なんか商談を持ちかけられているような気分だ。

「『自分もビデオの中で名指しするのを聞いた』というのは、自分の意見というより周知の事実を述べただけですよ。俺の基準から比較すると、美坂さんの“感情論”と大した差はない」  

 「……あ、そう。で、それで?」

  才商さんは低く深くため息をついて背もたれに寄りかかった。対話ゲームだから仕方ないとはいえ、誰かの敵意は精神をすり減らす。俺は呼吸を落ち着かせようとメモ用紙に目を落とした。

残りは8人。今日昼と夜に二人退場して……。ん……?

「あー……、ちょっと待ってください」

「は?んだよ、早くしろ。時間意外とねーんだぞこれ」

 拳坂くんの苛立った声に俺はすみません、と付け足してメモ用紙に書かれた数字を計算した。

……ああ、やばい。これ今日狼当てないと……

「あー、すみません。才商さんっての撤回してもいいですか」

 俺は言ってる途中で周りからの注視に耐えられず、はにかんでしまった。

 「……何か理由があるんだろうな」

 海画さんが静かに続きを促す。この人が霊媒師で本当に良かった……。

「ええ、勿論です」

 俺はメモ用紙の切れ端にまとめた計算式を見て話し始めた。

「計算してみたんですが、今日狼、または狂人を処刑できなかった場合、明日には決着が着いてしまう可能性があるんですよ」

「どういうことだ?」

 話半分で聞いていたらしい競羽さんが興味無さそうに聞いてきた。……推理も放棄したため暇らしく、隣の薬師丸さんのウェーブがかった黒髪を三つ編みにして遊んでいる。薬師丸さんは気に止めた方が負けだとでも言わんばかりに神妙な顔をして腕を組んでいた。

「現時点では狼二人と狂人一人で狼陣営は3人。市民陣営は5人です。しかし今日処刑も襲撃時の狩人の守りも失敗すると、市民陣営は3人。つまり狼陣営と同数になってしまうんですよ」

 競羽さんはしばらくボーッと天井を見ていたが、結論に至ったらしく視線を寄越した。

「……あー、そっか。んで明日狼側が票を合わせちまえば、力技で市民陣営の誰かを落とせる。そしたら翌朝には3対1で俺らの負け確定っつー景気悪ィことになる訳ね。」

 彼はため息をついてまた薬師丸さんの髪を弄り始める。流石美容師と言ったところか、見るとお硬そうな薬師丸さんの黒髪は右半分が綺麗に編み込まれていた。

「ま、俺には関係ないんだけどさァ……はぁ。せめて優しくして欲しいよな、なぁ。医者のおっさん」

「……私はまだおっさんではない」

 競羽さんは手をとめず気の抜けた相槌を打った。茶化して誤魔化そうとしているが、彼の顔色はすこぶる悪くなっていた。

「投票で二人が同数だった場合、完全ランダムで処刑先が決定するとルール表には書いてありました。だから必ずしも負けるって訳では無いけど、リスクを承知の上で実力行使に出てくる可能性は充分ある。」

「そうだな。最悪のケースを想定すべきだ」

 海画さんはそう言って静かに頷いた。

「だから狼側としては、今日市民陣営の誰かしらを処刑出来てしまえば後は運次第で半分勝ちなんです。」

 どこからともなく息を飲む音が聞こえる。……負けたらどうなるのかなんて想像もしたくない。

 「ということは今日、狼は何がなんでも市民陣営を吊りたいはず。だから狼同士がラインを切ってくる……つまり、攻撃し合って味方ではないように見せることはメリットが少ない。少し不審に思われても市民を吊った方がよっぽど楽なんだ」  

 メモ用紙の名簿に目を落として慎重に喋る。ここで要らない間違えをして変に疑われたりしたらたまったもんじゃない。

「それを踏まえると、才商さんと美坂さん、雪話さんと才商さんの組み合わせの線は薄いように思えます。どちらも結構説得力のある指名でしたから」

「だがその考察を聞いたあとじゃ、狼同士でも逆に切り合ってくんじゃねぇの」

 拳坂君は円卓に肘をついてじっと目を見てくる。俺は彼に向き直って続けた。

「うん。だから後二人の指名した人同士に関しては、可能性が低いとは考えない。勿論内容や説得力によるけどね」

 そう言って薬師丸さんと美坂さんの方を見ると、2人は黙って考え込んでいるようだった。

「そう考えると俺目線では、才商さんと薬師丸さん。美坂さんと薬師丸さん。美坂さんと雪話さん。雪話さんと薬師丸さん。この四つの組み合わせの可能性が高い」

「ん、あれ?じゃあ美坂と雪話が狼の場合以外、山田の考察じゃ薬師丸は狼ってことになんじゃん。」

 そう言った競羽さんの声は異様に弾んでいた。……推理も冴えているところを聞くと、頭を働かせなければ今夜待ち受けている現実に耐えきれないのかもしれない。

「そうなりますね。四通りのうち、三通りが薬師丸さんを含んでいます」

「……山田はじめ、君は最初才商優氏を指名したのでは無かったのか」

 薬師丸さんは落ち着いたトーンだが少し語気が荒くなった声でそういった。

「ええそうです。正直言って、さっきはまだ迷ってる中で指名した。変えることは申し訳ないけど、今回はちゃんと根拠があって指名しますよ。」

 薬師丸さんは黙ってこちらを見ている。……彼の恨みを買うかもしれないが、ここで止まる訳にはいかない。

「美坂さんと雪話さんはお互いほとんど関わっていません。だから“この組み合わせ”は全然有り得るとは思います。……ただ、薬師丸さんと雪話さん、単体でどっちが狼がありそうかと言ったら、薬師丸さんだと俺は思う。」

 思案にバラけていたそれぞれの視線が集まる。俺は真っ直ぐに彼を見据えて言った。

「俺は薬師丸さんを指名します」
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