愛に縛られ、愛に溺れる

箕田 悠

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 水瀬は休憩スペースに設置された自販機まで行くと、缶コーヒーを買い、久賀のデスクに置く。
 何時に終わるか分からないが、家に着いたら連絡してみようと水瀬は決めて事務所を後にした。
 エレベーターで一階に降りるとエントランスを通り、いつものように扉を開けて外に出る。
 夜の秋口らしい涼やかな風が頬を撫でる。

「理玖さん」

 声をかけられ、驚いて横を見る。すぐ近くに立っていた鳴河の姿に、途端に背筋が凍り付く。

「待ってました。もう終わったんですよね? 駅まで一緒に行きませんか?」
「ずっと……待ってたの?」

「待ってなかったら、いませんから」と言って、鳴河は面はゆそうに笑う。
 何時に終わるかなんて、教えたことは一度もないはずだった。それに接待などで、そのまま直帰することだってある。

「僕が……休みとか出張でいなかったら、どうするつもりだったの?」
「出てきた人に理玖さんがいるかどうか聞いてるんで、問題ないです」

 信じられない言葉に、水瀬はさすがに憤りを滲ませる。

「そこまでされるのは、さすがに困るよ。他の人だって、おかしいと思うはずだ」

 久賀にまで聞いたりでもしたらと思うとゾッとした。

「じゃあ、もし理玖さんに聞いたら、ちゃんと教えてくれましたか?」

 その一言に、水瀬は回答に窮する。

「メールだって、ちゃんと返してくれない癖に」

 追い打ちをかけるように、鳴河は拗ねたように吐き捨てる。

「長い時間をあの男に譲ってるんだから、これぐらい許してくれたって良いんじゃないんですか?」
「そう言う問題じゃあ――」

 水瀬が言いかけた所で、「どうしたんだ?」という声に、水瀬はそちらを向く。ちょうど帰社した所なのだろう。鞄を片手に立っている久賀の姿があった。
 久賀にどう説明しようかと狼狽えている水瀬に対し、鳴河は愛想の良い笑顔を浮かべて懐に手を入れる。
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