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しおりを挟む家に着いた時には、時刻は十時を回っていた。
母からは小言を言われたが、僕たちは上の空でそれを聞き流していた。
お風呂に入って部屋に戻ると、僕はベッドに寝っ転がった。こんなにも一と話をしたのは始めてのことで、何だか落ち着かなかった。
気持ちが宙に浮いているような、何とも言い表しがたい感情を持て余していると、一が「兄ちゃん」と言って部屋に入ってきた。
頭にはタオルが乗っていて、風呂上がりの石鹸の匂いがした。
「さっきの話だけど……」
ベッドに腰掛けながら、一が頭を拭いている。僕は体を起こして、一の隣に腰掛ける。寝っ転がって話すようなことではないと思ったからだ。
眠気もあったけれど、僕はとことん聞くつもりでいた。二人の話をしたからには、僕にはそれなりの責任があるはずだ。
「その二人って、ずっとそこにいるんだよね」
「うん……詳しくは分からないけど」
本人達も分からないのだから、僕にはもっと見当がつかなかった。
「兄ちゃんもうすぐ卒業じゃん。そしたらまた、二人っきりになっちゃうんでしょ」
「……そうだね。僕みたいな人が現れるまでは」
「なんかさぁ……それって寂しい気がする」
僕も一と同じ気持ちだった。二人がずっとあの場所に居続けることは、良いことだと思えない。また僕のような人が現れて、止めることができたとしても、二人が辛い気持ちを繰り返すだけのような気がしていた。
「何とかしてあげられないのかなぁ」
「僕も何とかしてあげたいとは思う。だけど、どうしたらいいのか分からない」
僕が除霊出来れば話は別だけど、そういう力はない。そもそも、幽霊を見たのは今回が初めての事で、今までの人生で一度も見たことも感じたこともなかったのだ。
「未練があると成仏出来ないとかいうけど、二人から聞いてないの?」
「聞いてない。だって、どうして死んだの? なんて簡単に聞けるわけないから」
疑問には思っていても、本人に直接聞くのには勇気がいる。それに、聞かれて良い気持ちなどするはずがない。
「……そっか。そうだよね」
一が肩を落とす。だけど、僕としても二人には恩があるし、どうにかしてあげたいのは確かだった。
「僕としても、二人にはまた幸せになって欲しい。だから、僕が出来ることはしてあげたいって思ってる」
「それならさぁ、二人に聞いてみるのはどう? 成仏したいっていうなら、無念を晴らしてあげれば良いんだよ」
閃いたとばかりに一が目を輝かせる。
「でも、そう簡単にはいかないと思う。とくに眼鏡くんは、大正時代の人だし……なーこだって平成とはいえ、女の子だし……それに」
「兄ちゃんっ」
一が険しい顔で僕を見ていた。
「だって、でも、とかって、そんな風に言ってたら、何も進まないよ。二人だって幽霊の体で兄ちゃんを助けてくれたじゃん。触れられなくても、言葉で止めてくれたんでしょ?」
確かにそうだ。二人は二人なりに自分たちが出来ることで、僕を助けてくれたのだ。
僕はまたしても、逃げ腰になっていた事が恥ずかしかった。
「だったらさぁ、兄ちゃんだって、何か出来るはずだよ。もし上手くいかなかったらとしても、俺がいるじゃん」
「え」
「俺が兄ちゃんと同じ高校に入って、二人に会えば良いんだよ」
突拍子もない発言に僕は一瞬、口を開けたまま固まる。
「見えるか分からないのに?」
「大丈夫だよ。俺たち、兄弟だから」
全く根拠のないことなのに、一はさも当然のことのように胸を張る。
でも――と僕は言いかけて、それを呑み込んだ。否定するのは二人に聞いてからにしよう。
「……分かった。やってみる」
決めるのは二人自身だ。でも、もし二人がそれを願っているのなら、僕は僕の出来る事で二人を救いたかった。
「さすが俺の兄ちゃん。そうと決まれば、俺も勉強しないと」
一がベッドから立ち上がる。
「兄ちゃんの学校、偏差値高いからさぁ。勉強教えてよ」
「うん。いいよ」
前に言われた時には言えなかったことを僕は口にしたのだった。
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