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金魚すくいの屋台の前で、「金魚すくいしたい」と言って、一が立ち止まる。
「飼えないから駄目」と僕が返したところで、一を呼ぶ声がした。
振り返ると一と同い年ぐらいの三人組の男子で、一も「おう」と返しているところか友達だと分かった。
こんなとき、気の利いた言葉が出ればいいが、その場に立っているだけが精一杯だった。僕は他人の振りをするように、桶の中を泳ぐ金魚を見下ろしていた。
「トップも来る? これから花火すんだけど」
談笑しているうちに、一人がそう切り出した。
行ってくればいい。もし一が、振り返ったらそう言おうと僕は思っていた。
「ごめん。今日は兄ちゃんと回るから」
そう言って、一は「兄ちゃんいこ」と僕の腕を引く。
友達も驚いた顔をしていたが、それ以上に僕も驚いていた。
その場を離れ、人混みに紛れたところで「行けば良かったのに」と僕は後ろを振り返っていった。今更遅いかもしれないけれど、僕なんかといるよりは、楽しいのは間違いないはずだ。
「なんでよ。行って欲しかった?」
一が足を止める。不服そうな顔で、声には怒りが滲んでいた。行き交う人が、一を迷惑そうな目で見ている。
「そうじゃなくて……」
とにかくずれようと促し、僕は一の腕を引いて屋台の列から外れた木々の間に連れ出す。
「今日は兄ちゃんと来たんだ。俺は兄ちゃんと来たくて来たんだ」
「分かったから……ごめん」
今にも地団駄を踏みそうな勢いの一に、僕は焦っていた。大人びたように振る舞っている一とは正反対な姿に、僕は狼狽えるばかりだった。
「兄ちゃんの気持ちが分からない。僕には分からないよ。なんも教えてくれないじゃん」
一が目を赤くする。その時僕は一がずっと我慢してきたのだと気付く。
僕に対して遠慮してきたのは同情でも、哀れみでもなくて、僕にどう接したら良いのか分からなかっただけなのだ。
「ごめん。一はなにも悪くないから」
僕はそこで初めて、一に本音を話した。自分がずっと、一に対して抱いていた感情。それは一からしてみれば、とんだ不名誉な話に違いない。偽善だと言われ、勝手に人の感情を決めつけていたのだから。
だけど今日、この場所に来て一と過ごしたことで、僕は本当の答えを知った。だからそのことも、僕は同時に伝えたかったのだ。
それはきっと単なる僻みであって、僕自身の心がすさんでいるからこその八つ当たりでもあることを。話しているうちにどんどんと、僕の本来の一に対する蟠りが姿を現していて、黙って聞いている一の反応が同時に怖くもあった。
僕は喉の奥が締め付けられるような苦しさを堪え、何度も言葉を詰まらせながら話した。
「じゃあ、もう俺のこと嫌いじゃなくなったってことなんだね?」
「えっ」
予想外の言葉に唖然とする僕に、「良かったぁー」と一が声を上げる。
「どうしたら良いか分からなかったんだもん。ずっとさぁ。でも、これからは普通に話しかけて良いんだよね」
一は「そうだよね」と念を押すように聞いてくる。僕は声を詰まらせながら、「うん」と首を縦に振る。
目が痛かった。やったーとはしゃぐ一に、僕は背を向けてこっそり涙を拭った。
「飼えないから駄目」と僕が返したところで、一を呼ぶ声がした。
振り返ると一と同い年ぐらいの三人組の男子で、一も「おう」と返しているところか友達だと分かった。
こんなとき、気の利いた言葉が出ればいいが、その場に立っているだけが精一杯だった。僕は他人の振りをするように、桶の中を泳ぐ金魚を見下ろしていた。
「トップも来る? これから花火すんだけど」
談笑しているうちに、一人がそう切り出した。
行ってくればいい。もし一が、振り返ったらそう言おうと僕は思っていた。
「ごめん。今日は兄ちゃんと回るから」
そう言って、一は「兄ちゃんいこ」と僕の腕を引く。
友達も驚いた顔をしていたが、それ以上に僕も驚いていた。
その場を離れ、人混みに紛れたところで「行けば良かったのに」と僕は後ろを振り返っていった。今更遅いかもしれないけれど、僕なんかといるよりは、楽しいのは間違いないはずだ。
「なんでよ。行って欲しかった?」
一が足を止める。不服そうな顔で、声には怒りが滲んでいた。行き交う人が、一を迷惑そうな目で見ている。
「そうじゃなくて……」
とにかくずれようと促し、僕は一の腕を引いて屋台の列から外れた木々の間に連れ出す。
「今日は兄ちゃんと来たんだ。俺は兄ちゃんと来たくて来たんだ」
「分かったから……ごめん」
今にも地団駄を踏みそうな勢いの一に、僕は焦っていた。大人びたように振る舞っている一とは正反対な姿に、僕は狼狽えるばかりだった。
「兄ちゃんの気持ちが分からない。僕には分からないよ。なんも教えてくれないじゃん」
一が目を赤くする。その時僕は一がずっと我慢してきたのだと気付く。
僕に対して遠慮してきたのは同情でも、哀れみでもなくて、僕にどう接したら良いのか分からなかっただけなのだ。
「ごめん。一はなにも悪くないから」
僕はそこで初めて、一に本音を話した。自分がずっと、一に対して抱いていた感情。それは一からしてみれば、とんだ不名誉な話に違いない。偽善だと言われ、勝手に人の感情を決めつけていたのだから。
だけど今日、この場所に来て一と過ごしたことで、僕は本当の答えを知った。だからそのことも、僕は同時に伝えたかったのだ。
それはきっと単なる僻みであって、僕自身の心がすさんでいるからこその八つ当たりでもあることを。話しているうちにどんどんと、僕の本来の一に対する蟠りが姿を現していて、黙って聞いている一の反応が同時に怖くもあった。
僕は喉の奥が締め付けられるような苦しさを堪え、何度も言葉を詰まらせながら話した。
「じゃあ、もう俺のこと嫌いじゃなくなったってことなんだね?」
「えっ」
予想外の言葉に唖然とする僕に、「良かったぁー」と一が声を上げる。
「どうしたら良いか分からなかったんだもん。ずっとさぁ。でも、これからは普通に話しかけて良いんだよね」
一は「そうだよね」と念を押すように聞いてくる。僕は声を詰まらせながら、「うん」と首を縦に振る。
目が痛かった。やったーとはしゃぐ一に、僕は背を向けてこっそり涙を拭った。
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