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しおりを挟む母からご飯だと起こされるまで、気付けば僕は寝てしまっていたようだった。下に降りると、一の姿はなかった。代わりに父の姿がある。既に晩酌を始めているようで、グラスに注いだビールを片手にテレビを見ていた。
夕飯は野菜炒めだった。一は迎えに来たマネージャーと共に撮影現場に行ったらしく、母も食卓に座った。久しぶりの三人での食事だった。
元々無口な父はひたすらビールを口につけ、テレビに目を向けている。テレビからは芸能人達の笑い声が響く。
「そうそう、七月からはじまる月九ドラマに一が出るのよ。それも結構セリフのある役らしくてね」
唐突に母が切り出す。嬉しそうな顔をする母に対して、父は「へーそうなのか」と言い、僕は黙って野菜炒めを箸で掴む。
「明日もその撮影があるらしくて――」
守秘義務があるから、誰が出演するかはまだ分からないけれど、有名な俳優が集うことは間違いないのだと、母は嬉々として語る。
「ごちそうさま」
僕は食器を重ねると立ち上がる。
そこで母が口を止め、僕の方を見上げる。僕は目を合わせないようにしながら、背を向けた。
自分の分の食器を洗い、自室へと戻る。
息の詰まりそうな夕食が終わったことで、やっと僕は本当の意味での自由になった。
静かな自室で何をしようかと考えながら、勉強机に座る。ライトもつけっぱなしで、読みかけの小説も投げたように置かれていた。一は気付いていたかもしれない。そう思うも、もう遅いと溜息を吐いた。
自分が一を避けていることぐらい、本人はずっと前から気付いている。それでも近づいてくるのだから、それはもう僕にはどうすることも出来なかった。
大学受験に向けて、勉強しようと参考書を開く。出来るだけ後ろめたくないように、奨学金でいこうと思っていた。
大学に入ったらバイトをして、生活費を稼いで――でも、自分なんかが、なんのバイトが出来るのだろうか。コミュニケーションが取れない人間など、雇ってくれる人はいるのだろうか。
そんな不安が込み上げ、僕は引き出しから通帳を取り出して開く。ずっと貯め続けていたお小遣いは、いつか自分が遠くに逃げるために貯めていたものだった。
微々たるものではあったけれど、寮に入れば何とかなるはずだと自分を慰める。
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