青空サークル

箕田 はる

文字の大きさ
上 下
12 / 67

12

しおりを挟む

 母からご飯だと起こされるまで、気付けば僕は寝てしまっていたようだった。下に降りると、トップの姿はなかった。代わりに父の姿がある。既に晩酌を始めているようで、グラスに注いだビールを片手にテレビを見ていた。
 夕飯は野菜炒めだった。トップは迎えに来たマネージャーと共に撮影現場に行ったらしく、母も食卓に座った。久しぶりの三人での食事だった。
 元々無口な父はひたすらビールを口につけ、テレビに目を向けている。テレビからは芸能人達の笑い声が響く。
「そうそう、七月からはじまる月九ドラマにトップが出るのよ。それも結構セリフのある役らしくてね」
 唐突に母が切り出す。嬉しそうな顔をする母に対して、父は「へーそうなのか」と言い、僕は黙って野菜炒めを箸で掴む。
「明日もその撮影があるらしくて――」
 守秘義務があるから、誰が出演するかはまだ分からないけれど、有名な俳優が集うことは間違いないのだと、母は嬉々として語る。
「ごちそうさま」
 僕は食器を重ねると立ち上がる。
 そこで母が口を止め、僕の方を見上げる。僕は目を合わせないようにしながら、背を向けた。
 自分の分の食器を洗い、自室へと戻る。
 息の詰まりそうな夕食が終わったことで、やっと僕は本当の意味での自由になった。
 静かな自室で何をしようかと考えながら、勉強机に座る。ライトもつけっぱなしで、読みかけの小説も投げたように置かれていた。トップは気付いていたかもしれない。そう思うも、もう遅いと溜息を吐いた。
 自分がトップを避けていることぐらい、本人はずっと前から気付いている。それでも近づいてくるのだから、それはもう僕にはどうすることも出来なかった。
 大学受験に向けて、勉強しようと参考書を開く。出来るだけ後ろめたくないように、奨学金でいこうと思っていた。
 大学に入ったらバイトをして、生活費を稼いで――でも、自分なんかが、なんのバイトが出来るのだろうか。コミュニケーションが取れない人間など、雇ってくれる人はいるのだろうか。
 そんな不安が込み上げ、僕は引き出しから通帳を取り出して開く。ずっと貯め続けていたお小遣いは、いつか自分が遠くに逃げるために貯めていたものだった。
 微々たるものではあったけれど、寮に入れば何とかなるはずだと自分を慰める。
 卒業まであと十ヶ月を切っている。
 僕は通帳をしまって、参考書と向き合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夏の終わりに

佐城竜信
ライト文芸
千葉彰久は完璧超人だ。 ほりが深くて鼻筋の通った美しい顔をしている。高校二年生ながらにして全国大会への進出を決めたほどの空手の達人でもある。子供の頃から憧れている幼馴染のお姉さん、鏑木真理の手伝いをしていたから料理や家事が得意であり、期末テストでは学年3位の成績を取ってしまったほどに頭がいい。 そんな完全無欠な彼にも悩みがあった。 自分は老舗の酒屋の息子であるが、空手を生かした生計を立てるためにプロの格闘家になりたい、という夢を持っているということだ。酒屋を継ぐという責任と、自分の夢。どちらを選択するのかということと。 そしてもう一つは、思春期の少年らしく恋の悩みだ。 彰久は鏑木空手道場に通っている。彰久の家である千葉酒店と鏑木空手道場はどちらも明治時代から続く老舗であり、家族同然の関係を築いている。彰久の幼馴染千里。彼女は幼いころに母親の死を間近で見ており、たまに精神不安を起こしてしまう。そのため彰久は千里を大切な妹分として面倒を見ているのだが、その姉である真理にあこがれを抱いている。 果たして彰久は本当の自分の気持ちに気が付いて、本当に自分が進むべき道を見つけられるのか。 将来への不安を抱えた少年少女の物語、開幕します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

処理中です...