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しおりを挟む尻餅を付いたはずなのに、腰が抜けていたようだ。
いつまでも立ち上がれない僕に、二人は「大丈夫?」と言って、心配そうな顔を向けてくる。
「驚くのも無理はない。だが、残念ながら彼女の言うことは本当だ」
真剣な顔でそう眼鏡くんが言ったことで、僕は彼女の発言が真実であることを思い知らされる。
「ちょっと待ってよぉ。なんかあたしじゃあ、しんぴょーせいないってカンジじゃん」
あからさまにふて腐れた声を無視して、眼鏡くんは「驚かせて悪かったな」と続けた。
「稀に俺たちの存在に気付いてしまう人もいると分かってからは、人が来ない場所を選んでいたんだが……ここも駄目だったのか」
腕を組み、眼鏡くんが険しい顔をする。
「他の場所を探すしかないな」
「えーせっかく、良い場所見つけたのに。他に思いつかないよぉ」
「……だがなぁ」
「立ち入り禁止だから、大丈夫だと思う……」
僕も言うつもりないしと、恐る恐る告げる。そもそも誰とも話さないのだから、言う相手がいなかった。
「マジで! なら大丈夫じゃん」
パァと浮かんだ笑顔に、僕は苦笑した。幽霊であると聞いた時は驚いたけれど、二人の会話や表情からは怖いという感情が湧かなかった。普通の人間となんら変わらないからだ。それどころか、こうして誰かの会話に混じったのは久しぶりだった。その方が何だかむずむずするような、落ち着かなさがあった。
「そういえば、名前聞いてなかったじゃん」
彼女の一言に僕は再び凍り付く。人生で一番、嫌な質問なだけに、僕の喉がぎゅっと締められたように苦しくなる。
「どうしたの?」
彼女が怪訝な顔をする。名乗るだけなのに、こんなにも躊躇と嫌悪がせめぎ合うのは、僕ぐらいだろう。
「……星河|《ほしかわ》」とかろうじて、小さな声が出る。マスク越しのくぐもった声なのに、彼女は「違う、違う。下の名前」と言った。
「……スター」
「へ?」と彼女が言うと、同時に「えっ?」と眼鏡くんも声を上げる。
当然の反応だった。誰に言っても驚いた顔をされ、それから笑われるか哀れんだ目で見られる。だから僕は自分の名前が嫌いだった。この名前をつけた親を恨めしくすら思っている。
「……星って書いてスター」
僕は二人を見据えた。手汗が酷い。マスクからもれる息が眼鏡を白く濁していた。
「へー、壮大な名前ってカンジじゃん。じゃあ、ホッシーって呼ぶね」
馬鹿にするわけでもなく、哀れんだ顔をするでもなく、彼女はそう言って手をパンッと叩いた。
「ホッシーか。俺のも何とかならないのか」
眼鏡くんが不服そうな顔を彼女に向ける。もっと何かリアクションがあると思っていただけに、僕は呆気に取られる。
「いいじゃん。眼鏡くんは眼鏡くんで。それともガリオの方がいいってわけ?」
ガリオは酷い。細見だからか、それともガリ勉という意味なのか。どちらにせよ嫌な響きだった。
眼鏡くんもそう思ったのか、不満そうではあるものの黙り込んでいた。
「そうそう、あたしのことはナミポヨか、なーこって呼んで」
腰に手を当て、おでこに横ピースを当てた彼女――なーこがはしゃぐように言った。
互いの呼び名が決まったところで、予鈴のチャイムが響き渡る。
「戻らないと」
昼休みが終わってしまう。僕は急いでドアへと向かう。
出席しているはずの僕がいないと分かれば、探されてしまう。普段から無断欠席しているなら、またかで済むけれど、僕は今まで真面目に出ている。親へ連絡されるかもしれない。それだけは、絶対に避けたかった。
「ホッシー!」
大声で呼ばれ、僕はドアに手をかけて振り返る。
「放課後ー、待ってるからー」
なーこがこちらに大きく両手を振る。その隣で眼鏡くんが「無理しなくて良いからな」と呆れた顔をしていた。
初めての状況に困惑するばかりで、僕は逃げるように屋上を後にする。
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