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12.解呪

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部屋の中は、どんよりとした重々しい空気が漂っていた。
静まり返った部屋に響く、一定のリズムの呼吸音。その中に、時より苦しそうなうめき声が混じっていた。

シェイラは、部屋に置かれたベッドへと静かに近づいた。

身体中のあちこちには、まだ包帯が巻かれている。既に、治癒師によって治されているはずの傷にまで巻かれているのだ。
それはまるで、隠すように巻いた奴隷紋を目立たなくさせる為の様だった。
シェイラは、そっとベットの側に近寄ると横たわる騎士に向け手を掲げた。先程の部屋の中を探った時と同様に、今度はこの騎士の身体を確認する様に魔術を展開していく。
シェイラ程の魔術師であれば、少し見るだけで身体の中の血管の流れや臓器の様子まで把握できてしまう。
治癒師に治された場所も、一つ一つ丁寧に確認していく。
流石、王宮お抱えの治癒師達だ。損傷部分は、薄っすら跡が残る箇所もあるものの、殆どが綺麗に完治されていた。まずは一安心だと思いつつ、次にシェイラは、彼の手の中で握りしめられているペンダントを視た。握られたままの状態のペンダントを視ると細工が施されており、その中には女性の姿絵が描かれていた。

(あぁ、彼女がこの人の想い人かぁ…)

未だ、"恋"というものに無縁のシェイラは、一途に思い続けている彼のことも、その彼に想われ続けている彼女のことも、ただ漠然と凄いなと思った。
想う相手がいることも、その人のために命懸けで手柄を挙げようとしたその行動力、全てに。

そして、とても羨ましく感じた。

自分にもそんな風に思い思われる相手がいたら…
今頃は、もっと幸せな思いで楽しく暮らしていたのだろうか?

そう、考えずにはいられなかった。


シェイラは、一度目を瞑るとゆっくりと息を吐いた。
そして、己の思考を振り払うかのように頭を振ると、目の前に横たわる彼に向き直った。


「解呪を始めます」


そう、呟くと寝ている彼の胸元に手をかざし、巻かれていた包帯を取り去った。
彼の胸には、忌々しくその存在を主張するかのように赤黒い奴隷紋が刻まれていた。
シェイラは、再度胸元に手をかざすと奴隷紋を解く為の魔力を練り上げていく。
練り上がった魔力は、その刻まれた模様に添うようにして彼の胸の上に広がっていった。
ここまでは、シェイラ程の力のある魔術師でなくても何の問題もなく行える過程だ。

そう、問題はここからなのだ。
奴隷紋は、肌の上に薔薇の棘のような蔦が張り巡らせる模様が特徴なのだが、これはただの模様ではない。
この蔦は、肌の上だけでなく実際にその下にある心臓部分にまで根を下ろし張り巡らせるたちの悪い紋様なのだ。しかも、攻撃を受けると蔦は自らを守ろうとしてその範囲を広げていく。
その為、少しでも魔力の威力や場所のずれによっては、解呪どころか蔦が全身をおおい死に至らしめることだってある、大変危険なものなのだ。

だからこそ、奴隷紋の解呪に関しては昔から主に高位に位置する魔術師を中心として行われてきた。

そう考えると、今シェイラの目の前で横たわるこの騎士は、誰しもが認める幸運の持ち主だろう。何せこの国には、解呪できるほどの腕を持つ魔術師は在籍していないのだから…



手をかざしていたシェイラは、己の魔力が綺麗に紋様に浸透していったことを感じ取ると、すぐさま解呪の為の魔法陣を展開させていく。
部屋全体を覆うほどの、大きな魔法陣を1つ。
寝ている彼を包み込むように1つ。
そして、操作パネルようの魔法陣をシェイラの周りに3つ浮かせると、翳している手の上に1つ。
シェイラの手から胸元の奴隷紋の間に、胸元に近づくほど徐々に小さくなっていくようにして5つの魔法陣を展開させていく。

正直、一度にここまでの魔法陣を展開させることは、普通の魔術師では不可能に近い。
まず、このアルトニアで出来る者はいないだろう。

今、シェイラのしている事は、アルトニアの人々からすればの事なのだ。

しかし、魔術大国とされるディート国であれば、魔塔に入れる者ならば誰でも行えるレベルでもある。
そして、そんな国で日夜『役立たず』と言われ続けてきたシェイラ。

もちろん、これらの差異に関してシェイラは知る由もなかった。


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