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2章 お爺ちゃんとクラン
064.お爺ちゃん、領主と交渉する
しおりを挟む目に見えて憤る領主様に対し、私は紅茶を一杯口にする。
すぐ横ではオクト君がいきなり仕掛けすぎですよと言いたげに狼狽えていた。
「それが本題か。ならん、この土地に関するものは全て我々の手で管理されてきた。何人たりともその手に触れさせるわけにはいかんのだ!」
強く、荒々しい否定の言葉。
だから私はそれに反応する。
「何故です?」
領主様は答えない。ただしはっきりとした怒りの形相がそこにあるだけだ。
「では言い方を変えましょう。私が求めるのは探索であり、そこに存在するであろう何かを取得するものではない。それでもダメでしょうか?」
「我々の敷地内をただ見て回るだけと言うのか? そこで手に入れたものを持ち帰るのではなく?」
「邪推し過ぎです。私は厳密にはあの上から見渡せる景色にしか興味がない。けれど貴方はそこに何かがあるような反応を示した。それじゃあ私以外の者にも見抜かれてしまいますよ。セカンドルナで銀以外の鉱石が算出していると」
「ぐっ、むぅ。貴殿はそこまで分かっていながらこちらの領地内をただ探索したい。それどころかただ山を登りたいだけと申すか」
「はい。もし何かが持ち出された形跡があったら、自ら出頭しますよ。私が欲しているのは風景のみです。例えばこのような」
ただの画像であれば取り出すことのできない画像も、意味のあるフレーバーアイテムと化せばNPCに見せることもできることは既に証明済。門番の兵士さんに画像を見せた事があるんだが、彼らの技術では到底考えられないと驚いていたっけ。
私が手渡したのは古代文字が羅列された深海に沈んだ海底宮殿。
それを手に取った領主様が真顔に戻り、ソファに腰を落とした。
先ほどよりも冷静さを取り戻したように思う。
こうやって接していればやけに人間臭い。
「素晴らしい景色だな。しかしこれは古代言語が記されている。どこで写したものか?」
「ファーストリアの用水路から地下水路をまっすぐ降りて遺跡のさらに下にある宮殿です」
「水路の奥底にまだこれほどの状態で我らが祖先の遺跡が残っていたか。残念ながらファストリアには我々の一族の生き残りがおらんのだ。とっくのとうに滅んでしまったと思っていたが、こうして遺品が残っているのを見るに、彼らはあの地を守りきれずに水の底に沈んだのだな」
「私は古代人ではないのでわかりません。だからこれらになんの意味があるかまでは深く考えていないのです」
「そんな、我々一族の歴史をどうでもいいと申すか!」
「興味を持つなと言ったり、持てと言ったり忙しいですね」
「ぐっ、むう。だがな、こればかりは捨て置けん。本来ならば我らが出張って管理したい所だが、生憎と信頼できるものの人手が足りんのだ」
「ならば交換条件と行きましょう」
「条件だと?」
「はい。私の提供する画像が領主様の興味に触れるものだったら私の探索範囲を少しづつ増やしていくというものです。一度に全て回らせてくれなんて自分でも都合が良すぎると思っていた所でした。オクト君、周囲一帯の地図はあるかな?」
「正確なものではありませんが」
そう言いつつもセカンドルナ近辺のマップを取り出し、それにペンを走らせる。
丸く括ったのはセカンドルナの領主邸の私有地。
街の最奥、森の一部、山脈に連なる部分をそれぞれ区画ごとに分けていく。
「まずは今回興味をひいていただいた画像に対し、領主様がどこまでなら許容できるかをお教えいただきたいのです。私はその地図を参考にして、それ以外には近づかないようにします」
「うむ、そう言うことなら」
「ただし鉱脈以外の何かを発見してしまったときは、素直にこちらへ向かわせていただきます。こうした記憶は私達来訪者が手にしているより貴方がた古代の子孫が手にしている方が落ち着くでしょう?」
「当たり前だ。敷地内のすべては我々一族の物だ」
「しかしそれらの情報伝達義務は私が意図せず発見してしまった場合に限ります。本来であれば私たちはそういったものに関心を抱きませんから」
「それは勿体無い。だが、そうだな。変に関心を持たないでくれるとありがたく思う。後になって権利を主張されても困るからな」
「話が纏まりましたね。では私達来訪者は古代文明に対して関心を抱かない前提で話を進めていきます」
「うむ」
「その上で敷地内を移動する許可をどうすればもらえるか取り決めを行いたいと思います。まずこの領主邸には商業ギルドで認められた許可証を持つ者しか来ることができない。ここまでは良いですか?」
「ああ」
「しかし今回呼んでない部外者の彼が来れてしまった。それは貴方に取っても非常に落ち着かない案件でしょう。
私も今回は非常に心苦しいのです。それが古代技術のザル警備についてです。まさかパーティを組んでいたら一纏めにして入れるだなんて思ってもいませんでした。
だから入ってしまった人の対処も一緒に含めて進めていきますね」
領主様は相変わらず苦虫を噛み潰したような表情をしているが、ギリギリ納得しながら私の話に耳を向けている。
なんせ冒頭から古代技術に対して非難したからだ。
彼らが信じてやまない古代技術にケチをつけた。しかしそれらは同時にそんな抜け道があると知るきっかけにもなった筈だ。
後はその場合の対応も決めてしまえるので黙って聞いているのである。
「さて私は古代人ではないのでここにどんな技術や兵器があるのか詳しくは知りません。だから聞きませんし答えていただく必要もありません。なので敷地内を出入りする際に持ち物チェックをしてください。門の前でそういう検査がされているのは知ってます。しかし外に出る時までそれがされているのか私たちは知り得ません」
「そうだな。だが分かった。それらはこちらに任せて貰おう。しかし実際に持ち出しがあった場合はどうするのだ?」
「単純な話です。その者を敷地内に出さなければいい」
「それは野放しにしろと言うことか?」
「我々来訪者はこの世界に長期滞在できない存在です。そしてエリア内で入手したアイテムはエリア移動せずにログアウト……この場合は街に帰らずもう一つの世界に帰った場合ですが、取得不可になる場合があるのです。そうだったよな、オクト君」
「はい。街にまで持ち込んでしまえばその人物の取得物としてカウントされますが、街に持ち込ませなければ取得した事実がロスします。我々はそうなることを非常に恐れる。
だから敷地の切り替えに対して気を使うのです。そしてここは街の中でありながらダンジョン扱いになっている。
ここでログアウトしようものなら取得ロスが確定しますね」
「なるほど。我々と来訪者の違いはそこまであるか。いや、良い話を聞いた。そして対処法も見事なものだ。そこまでのリスクを冒して目的が風景写真のみで良いのか?」
「ええ、異論ありません。私はもとよりそれだけが望みなのです」
「欲のない男だ。けれどだからこそ信頼に値するか」
「ありがとうございます。欲に釣られて本質を見落とす事のないように邁進していく所存です」
「うむ」
「して、探索範囲の取り決めに参りましょう。流石に重要施設近辺には近づけないと理解してますが、私としてはこのくらいの範囲の許可が貰えると嬉しいです」
やや欲張った範囲に線を引く。
先ほどまで感心していた領主様がハッと我に帰り、それはならんと対抗してくる。
「そこはあまりにも我々の領土に入り過ぎている。こことここまでは許可しよう。撮影が目的ならこれぐらいでも十分だろう?」
これで大まかな領主が把握している領土が判明した。
後ろで覗き見ていたオクト君も頷き、私もあっさりと引き下がる。
「失礼しました。あまりにも話がとんとん拍子で進むもので欲をかきました」
「抜け目のない男よ。無欲かと思えば自分の興味のあることには貪欲になる。油断のならん奴だ」
「よく言われます。それでは私たちはこの辺で失礼致します」
「もう帰るのか?」
「先にも言ったでしょう? 我々は長い間この世界に滞在できないのです。そろそろ帰る頃合いなのです」
「そうか、私とした事がつい自分達と同じ基準で考えてしまっていた。来訪者と付き合っていくのなら覚えておかねばならんことよな」
「そうしていただければ幸いです。では私達はこれで」
ソファから腰を上げ、お辞儀をしてから玄関へと向かう。
扉の前まで行くと自動ドアの如く扉がきたときと同じように開いた。
これはきっと許可証の力だな。
扉が閉まるのを確認し、肩の力を抜く。
「ふぅ、緊張した」
「そうは見えませんでしたけど?」
「私だって初めての相手には緊張するさ。なにせ相手はプレイヤーの常識が通じないこの世界の住人。それも見るからにお偉いさんだ。どこまで攻め込んでいけるかとか、引き際をどこに設定するかは考えるだろう?」
「僕から見たら相当強気の交渉に見えましたけどね。やはりお義父さんはまだまだ僕よりも先にいるのだなと実感したほどです」
私は笑ってごまかした。
なにせ商談なんて何年ぶりにやった事か。
定年退職する前はそういった仕事から離れて久しかったし、今回は結構わがままを通したからなあ。
全部ぶっつけ本番の手探りなのを過剰に褒められても困ってしまうよ。
「けれどこれからは敷地に入る許可も得たし、散策する許可も得た。初めての取り決めにしては上々じゃないか?」
「これ以上の快挙を望んでたんですか?」
「狙うならもっと上に登ってみたいなとは思ってた。私の目的は山登りよりも、雲の上にあるんだ」
「ああ、妖精の国でしたっけ? ならば木を登れば良いのでは?」
「君は何も分かってないね。山から見る風景と木の上から見る風景は全然違うよ。私は場所に非常にこだわる。上に上がれれば良いって考え方はしないんだ」
「はい、僕はまだまだです」
会話は諦め気味のオクト君によって打ち切られた。
彼は私を特別視しすぎて話が盛り上がらないのが欠点だな。帰りの馬車は長い沈黙の中、風景を眺めて過ごすことになった。
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