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2章 お爺ちゃんとクラン
046.お爺ちゃんと束の間のメンテナンス
しおりを挟むあの後目的のご近所さんとも無事巡り合えて、またこちらでもよろしくお願いしますとお願いしてログアウト。
家ではまだ孫が寛いでおり、娘ものんびりと暮らしている。
珍しいね。あのゲームジャンキーの家族がこうも揃って家にいるなんて。
「ただいま帰ったよ」
「あ、お父さんおかえりなさい」
「お爺ちゃんおかえりー」
「うん」
いつもなら孫は胸に飛び込んで来てくれるのに、今日は動じずに視線を下から上に何度も繰り返していた。
また掲示板か。このように集中している時は心ここにあらずの時が多く、基本空返事だ。
娘は鼻歌を歌いながら昼食の準備をしていた。
「今日は随分とのんびりだね」
「午前中いっぱいはメンテナンスだそうよ。朝方告知があって、じゃあそれまで時間を潰してようかしらとなったの。秋人さんはお仕事だし、私と美咲は情報収集を兼ねてブログや掲示板の閲覧というところね」
なるほどなぁ。ジキンさんが向こうで会うのはお昼以降にしましょうと言っていたのはこういうことか。肝心なところは伏せて言うんだから。
ログインするつもりだった私だったけど、逆に言えば事前にそれを知れて良かったと思うことにしようか。
「何かイベントでも来るのかね……と、ありがとう」
席に座ると娘から湯気の立つ湯飲みを手渡され、それを受け取った。
娘は無言で頷き、キッチンへと戻っていく。
湯飲みの中身を一口含み、口の中で巡らせる。
昨日自分で作ってみなければこれがインスタントだなんて思いもしないけど、確かにこれは昨日自分で作った抹茶味と相違ない。
ほろ苦さの中に程よい甘さが広がり、熱々の湯の中で茶葉が開くような芳醇さが口いっぱいに広がった。きっと良い茶葉を使っているんだろうね。是非そうあって欲しいもんだ。
「美咲はこれでよかったわよね?」
「うんー……」
から返事をしつつ、ホットココアを受け取る美咲。
一口含み、思っていたのと違うらしく先ほどまで集中させていた表情を曇らせた。
「うぇー、おかーさん、これいつものじゃないー」
「ちゃんと確認しないあなたがいけないのよ?」
ぶーぶーと唇を尖らせ抗議の姿勢で憤る美咲。
しかしそれが無駄な行為だと悟ると渋々ながら先ほどの作業に戻った。
あの子は猫舌だからね、熱い飲み物を苦手としているんだ。
だから手間がかかるけどタピオカミルクティーなんかをよく飲んでいるのだと知る。
「美咲、何か掲示板で動きはあった?」
探るような娘の声。孫の声はぶー垂れたままだ。
「なにもー。あってもお爺ちゃんの噂が飛び交ってるくらいだね。何者だって」
「何者もなにも私はただのカメラマンだよ?」
「プレイヤーはそうは思ってくれないものなのよ。特に情報をかき集めてるような検証班は自分たち以外の誰かが知らない情報を持ってることに焦りを覚えるみたい」
「いつぞやの君みたいにかな?」
「その節はご迷惑をおかけしました」
娘は反省していますと言う体で頭を深々と下げた。
「気にしてないよ。でもそうだね、今後私はそう言う人物と出会う頻度が高くなる。二人はそれを危惧してくれているんだね?」
「うん、お爺ちゃんは悪意には悪意で返すじゃない? だから特定の誰かに悪様に書かれちゃうと尾鰭がついて掲示板で拡散しちゃう恐れがあるの。掲示板に書かれてることを信じ込むような人はあまりいないけど、始めたての初心者ほど染まりやすいわ。ワールドアナウンスされるような人は否が応でも目立つ宿命なの」
なんだい、それは。
やはり掲示板は昔と変わらず無法地帯なのだろうね。
当時の知識は多少あるとは言え、多勢に無勢は避けたいところだ。
しかし検証班ね、気には留めておこうか。
「分かった。その手の人たちが来たら穏便に解決できるように努力しよう。由香里達は私ばかりをあまり気にしてくれなくて良いよ。ただ、手に負えなくなったら助けを呼ぶ。その時は力を貸して欲しい」
「うん」
「もちろん。お父さんに危害が加わるのならウチのクランからの物資は絶望的と言って良いほど冷たくあしらうから!」
「それはやめてくれ。そんなことをされようものなら要らぬ誤解を招くだけだ。私のことを思ってくれるのなら、説明をする時に同席して、証言してくれるだけで良いよ。それ以上はやりすぎだ」
「はーい」
由香里は不満そうに返事する。
目の前にいるのは良い年した大人の女性のはずなのに、美咲と変わらないくらいの少女を幻視してしまう程の不貞腐れ顔だった。
「お爺ちゃん」
「ん?」
「お爺ちゃんは午後から予定ある?」
「そうだなー」
孫の真っ直ぐな視線を見つめながら考える振りをし、目を合わせる。
「ジキンさんのスキルを伸ばすお手伝いをしにセカンドルナ周辺を散策しようかと約束をしたくらいだ。あとは自由だよ」
「分かった」
孫は何やらワクワクとした心地で誰かと連絡を取り合っている。きっとユーノ君のところだろう。
ちょっとコールしてくるねとカップを持って自室に閉じこ持ってしまった。それを一緒に見送りながら娘が私の言葉に反応した。
「もうファストリアでの探索はいいの?」
「そうだね。まだ見回りたいところはいっぱいあるけど、今は少し自分が悪目立ちし過ぎてるので自粛するよ。住民のみんなにもあまり迷惑をかけたくないし」
「住民って、NPCのこと?」
「うん。人を処理するNPCはどこかゲーム的な決められた言葉しか話さないんだが、今回のイベントで発覚したことだ。
特定のNPCにはその世界で生まれて育った背景を持ってるプレイヤーが居るんだ。
私とジキンさんはその人と会話をして、その人のリアルを感じ取った。まるで中に人がいるみたいな感情豊かな人だよ。
だからたかがNPC見下さずに、その世界で生きてる人間のように接すると案外今回のようなイベントとか出てくる可能性もあったりするんじゃないか?」
由香里は考えこむように唸った。
「そう、ね。これだけ高度なフルダイブが可能となった現代にしてはやたらと古臭い挙動をとるNPCだと思っていた。
けれどお父さんの情報を基にすれば可能性はあるわね。
彼らは私たちプレイヤーの前ではNPCの演技をしている。つまりはそう言うこと?」
「その可能性はあると思っている。ただフラグの類が本当に見えなくてさ、そこは手探りで地道にいくしかない感じだ。その時は偶然だったからね」
「分かったわ。情報提供感謝します、お父さん」
「謙虚なのは嫌いではないよ。けど謙虚過ぎて君らしくない。
私にはもっと遠慮せず甘えて欲しいんだがね?」
「うぅ、でもぉ秋人さんと約束したの。あんまり迷惑をかけないって」
「そうか、成長したね由香里。それでも私は今後優先的に君のクランに情報を回すよ。うまく取り扱ってくれ給え」
「とっても助かるけど、その、あまり大きすぎる爆弾発言は控えてね?」
「それをどう捉えるかはプレイヤー次第じゃないかな? 私はただありのままを伝えるだけだ」
「うぅ……なんだか急に胃がキリキリと痛み出してきたわ。あなたー早く帰ってきて~」
突然弱音を吐き出した娘をあやしていると、部屋から出てきた孫が声を上げる。
「おかーさん、お爺ちゃん、メンテ終わったってー」
「メンテナンス直後は接続が混み合うからまだゆっくりしてましょうか? お父さん、お替りいる?」
「頂こうか」
同時接続数による弊害が落ち着いたのはそれから一時間も後のことだった。ジキンさんと予め交換していたコールで回線を繋ぎ、連絡を取り合ってからログイン。
いつになく賑わう雑踏から、あの特徴的な犬獣人を探し出すクエストが始まりを告げるのだった。
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